誘惑
ふと目を開けると、全く見知らぬ場所にいた。
ぼんやりとした意識のまま周りを見渡すと、どうやら自分はどこかの部屋の椅子に腰掛けているらしい。家具から壁紙までこれでもかというほど真っ黒な部屋だ。内装は洋風で統一されており、家具は素人目に見ても高価なものが使われているようで、昔の洋画でこんな部屋を見たことがあるかも、などと本城楓は思った。高い天井から無造作に巨大な空の鳥かごが吊るされており、風もないのに僅かに揺れているようだった。
「………ここ、どこだろ…?」
「ここは君の夢のなかさ!」
独り言に対して間髪入れずに飛んできた返答に、反射的にそちらを見やる。テーブルを挟んだ反対側には男が座っていた。艶やかな白銀の髪、ルビーを溶かしたような紅色の瞳。微笑みながらこちらを見つめるその姿。一度見たら忘れられないくらい、とても美しい人だ。ああ、どうしてこんなにも美しい人がいるのに今まで気づかなかったんだろう?
「ご機嫌いかがかな?お嬢さん」
「ごきげ…あの…ここ、わたしのゆめ…?」
「その通り!」
「あなたも…わたしのゆめ………?」
夢は記憶の断片、なんて話をどこかで目にしたけれど、こんなにも美しい人が私の夢だなんて信じられない。そんな疑念をなぞるように男は笑って否定を返す。
「いいや。僕は君の夢の一部じゃあないよ?僕は夢を通じて君を迎えに来たのさ!」
「むかえに…?」
「そう。君の望みを叶えるために」
男は笑いながら演技がかった仕草で両手を広げ、そのまま席を立ちこちらに歩み寄ってきた。私のすぐ隣まで来ると、そっとかがみ込んで目を合わせてくる。近距離で見つめられるだけで、顔が沸騰しそうになる。こんなに美しい人の眼前にいるのが、自分の醜さが際立つようで、呼吸が止まりそうなくらい恥ずかしい。するりと男に頬を撫でられて、思わず悲鳴が漏れそうになった。
「君の望む世界へ。君のあるべき世界へ」
思考がまとまらない。甘い香りがして、なんだか頭がくらくらしてくる。
「ねえ。君は何が欲しい?」
ほしいもの?
「そう。君の望みを叶えるのが僕の役目だからね!さあ、君の願いを教えて」
………………あ。
「あ?」
あいされ、たい。きらわれたくない。
「うんうん」
さげすまれたくない。うつくしくなりたい。
「それでそれで?」
おかねもちになりたい。ぜいたくしたい。
「お安い御用さ!他には?」
…………………ひろいんに。
「ん?なんて?」
みんなからあいされる、ひろいんにかって、ざまあみろってあざわらって、そしてわたしだけがしあわせになりたい。
「ふーん。…ああ、君の妹さんが天然型ヒロインだったの。出来の悪い姉と愛される妹。負け続ける人生。見返したい?勝ちたい?」
みかえしたい。かちたい。
「いいよ。その願い、僕が叶えてあげよう。王子様のキスで君は真実の愛を手に入れるだろう!」
思考が溶けていく。夢から醒めるように自分がバラバラになっていく気配がする。
「願いが叶った暁には君の■■■■を貰うよ。さあ、夢から醒める時間だ!いってらっしゃい」
最後に、吊るされた鳥かごがギシリと鳴ったような気がした。




