ドキッ!男だらけの学園生活(ポロリなどない)
廊下から聞こえる生徒達の落ち着きのない声に、夏伐勇人は深く深く溜息を吐いた。
「…まあ、気持ちはわかんねんけど…もうちっと落ち着かんかなぁ。割れた窓ガラスの後始末や喧嘩の仲裁で休む暇もあらへんわ」
「もう暫くは無理でしょうね。なんてったって念願の女の子ですから、浮かれるのも致し方ありません」
そう、女の子。
この由緒正しき不良共の掃き溜めである、我が九重東学園に、なんと女子生徒がやってくるのだ。
元々既に三年ほど前には共学になっていたにも関わらず、今まで一度たりとも入学希望の女子生徒など皆無だったこの学園に。
その情報が職員室から漏れた直後から校内はお祭り騒ぎになり、そのせいで風紀委員が校舎の端から端まで駆け回る羽目になっている。そして、風紀委員の長たる夏伐は積み上がった書類の山に押し潰されそうな現状だ。どうしてこうなった。
「そないな事言うてー…ユズりんも、実はコーッソリ浮かれとんのちゃう?」
「僕、あんまりそういうの興味ないんで」
「なんや、まさかユズりんホモだったんか!?オレのケツが掘られたらどないしよー!」
「シャーペンを舌に突き刺されたくなかったら、口じゃなくて手を動かして下さいね。あと次に僕をホモ野郎呼ばわりしたらぶん殴ります」
「いやあ、すまんすまん。せやかていっくらなんでもユズりんに大人しく殴られるほど、オレは弱ないで?」
ヒラヒラ手を振りながら夏伐は口端を上げるが、目は全く笑っていない。飄々とした態度の割にはどこか危険な香りのする男だ。
近くの机に向かって同じように書類を処理していたユズりんこと狩野譲は、シャーペンをくるりと回すと無表情のまま冷ややかな眼差しを夏伐に向ける。
「僕みたいなモヤシが委員長に正面から向かうわけないじゃないですか。寝てる時にでも鉄パイプ後頭部に全力で振りかぶりますよ」
「…オレ、今度からユズりんの前では居眠りせんようにするわ」
「ぜひそうして下さい」
淡々と言葉を返してまた書類に向き直る狩野を見てようやく諦めがついたのか、夏伐もうんざりしながら改めて書類に向き直った。処理しても処理しても一向に終わらない。減らした次の瞬間には新しい書類を積まれる。減らす。増える。減らす。増える。減らす。増える。増える。増える。
「ってユズりんんん!!何さり気なく必要以上に増やしてんねん!それ絶対オレの分ちゃうやろっ!!」
「僕、話題の転校生迎えに行かなくちゃいけないので。後よろしくお願いします」
「ズルい!ズルすぎる!人に仕事押し付けて一人で女の子に会いに行くなんてお父さん許しません!」
夏伐が大袈裟に机を叩いて抗議を示すと、その勢いで書類がいくつか床に落ちた。それに些か眉を寄せながらも特に文句を言うでもなく、狩野は屈んで書類を拾って戻すと机越しに夏伐と向かい合う。
「そんなに言うなら委員長も一緒にいらっしゃいますか?」
「!」
夏伐は目を輝かせて勢い良く頷く。そして素早く書類を纏めると、立ち上がって一目散に風紀室の出口へ向かった。よっぽど書類地獄が辛かったのだろう。その後ろを狩野が浅く溜息を吐きながら追いかける。途中、風紀室に鍵をかけるのも忘れずに。
「…で、何処に居るん?その転校生」
「目的地知らずに飛び出したんですか。アホじゃないですか」
「アホちゃうわ。先輩に向かって口の聞き方がなっとらんぞユズりーん」
ペシリと生意気な後輩の頭を叩くと、そのまま先導するよう促す。狩野はもの言いたげな眼差しを向けたものの、言葉を飲み込み歩き出した。
校内は誰も彼もが落ち着かない様子で、女子生徒を今か今かと待ち侘びているのだろう。しきりに服装を気にしていたり鏡に向かっていたりと、わかりやすすぎていっそ微笑ましい連中だ。
理事長室前に辿り着くと、先導していた狩野が軽くノックをする。返事が聞こえたのを確かめ、後ろの夏伐に目線で合図を送るとゆっくりとその扉を開けた。
「やあ、狩野君。面倒をかけてすまないね」
「いえ」
理事長の言葉に返事を返しながらも、狩野は後ろで小さく夏伐が息を呑んだのに気付いた。理事長室のソファーに座っていた女子生徒が振り向いたのが原因だろう。わからないでもない。目が合った瞬間にドキッとする程可愛らしい少女だった。
奥に座っていた理事長が立ち上がり、少女の傍らまで歩み寄るとそっと彼女の肩に手を添え狩野達に向き直る。
「彼女は、私の姪の樹原真由だ。我が校初の女子生徒ということで色々迷惑をかけるかもしれないが、宜しく頼むよ」
「はい。お任せ下さい。樹原さん?」
「は、はい!」
「二年の狩野譲です。風紀委員会に所属してます。これから貴女の学園生活のサポートをする事になります。どうぞ、宜しく」
「あ、よ、よろしくお願いします!二年の樹原真由です」
狩野が深くお辞儀をすると、少女も慌てて立ち上がりお辞儀を返した。狩野は頭を上げるとそのまま一歩引いて脇にずれ、後ろの夏伐を少女に紹介する。
「それとこっちが風紀委員長の夏伐先輩です」
「オレは三年の夏伐勇人や!仲良うしてな、真由ちゃん?」
「よろしくお願いしますっ!えっと…夏伐先輩?」
「あー、すまんなあ。オレ、あんまり名字で呼ばれるの好きやないねん。真由ちゃんさえ良ければ、勇人って呼んでくれへん?」
「あ、はい…えっと、勇人、先輩」
「おおきに!」
『名字で呼ばれるのが嫌いだなんて、今初めて聞きましたが』と言わんばかりの狩野の冷たい眼差しを受けるも、夏伐は少しも怯まず『黙ってろ』と少女にバレないよう強く睨み返した。そしてそのまま楽しげに少女と会話を続ける。
狩野はそれを興味なさげに眺めながら退屈そうな表情で欠伸を一つ噛み殺した。紅一点がお望みなら、去年くらいから貴方の傍らに居りましたよ。なんて戯言も一緒に飲み込んで。あいにく男装するのにサラシすら必要ない絶壁ゾンビですが。




