落としてから上げるのが基本
夢を見るのは女の子の特権だ。
理想の王子様が欲しい?うんうん、私に任せてくれ。
何と言ってもその夢を叶えるのが、私の仕事だからね。
陽の光が入りづらい体育倉庫には、既に暗視ビデオカメラと盗聴器を仕込んである。流石に中で待機する訳にはいかないので、窓から体育倉庫が見える空き教室で煙草を吸いながらモニターをぼんやりと眺めていた。
体育倉庫の中は昼間なのにかなり薄暗く、埃が舞っていてモニター画面が見づらいのが難点だ。だがしかし健全な校内では残念ながら、人の寄り付かない密室の候補が他になかったのである。なんせ今私が居るような空き教室だと、些かリスクが大きすぎる。
『…***!』
安物を選んだせいか音声もノイズ混じりで非常に聞き取りづらい。金は潤沢に持ち合わせているというのに、どうにも価格で選んでしまう癖がついているようだ。貧乏性はどうやら死んでも治らないものらしい。
『…け…て!だれか…っ!』
イヤホンから聞こえてくる声は聞き覚えのある声だ。可愛らしく砂糖菓子みたいに甘ったるい声。ああ全く、男の興奮を煽るような事をするなと、あれほど教えたというのに。
『…ゃぁっ!』
漏れ出る音は悲鳴混じりだ。胡桃はとてもとてもか弱い女の子だ。この状況で悲鳴を上げたくなるのも当然だろう。
薄暗い体育倉庫に閉じ込められ、見知らぬ男子生徒に囲まれ、無理矢理押さえ付けられ、今まさに服を剥がれようとしているんだから。か弱い女の子じゃなくても泣きたくなるシチュエーションだ。
「…お、来た来た。頑張れ佐伯ー」
そろそろか、と窓からそっと倉庫付近を伺うと、ほぼ計算通り手遅れになる前のタイミングでヒーローの登場だ。どうやら様子をうかがえる限り、扉に鍵がかかっていて思うように開けられず苦戦しているようだ。私がここで颯爽と窓から飛び降りてフォローに入ってもいいんだが、佐伯一人で助ける事に意味があるので泣く泣く見守る事にする。
「お」
ガシャンと大きな音を立てて体育倉庫の扉が蹴破られる。これが文系男子の本気…!
『…ここで…にを…ている…だ!!』
『…うわっ…やば……げるぞ…!』
佐伯の怒号が響くと蜘蛛を散らすように男達がわらわらと体育倉庫から飛び出てくる。佐伯は追い掛けたそうに視線でそちらを追っていたものの、中の少女を優先してそのまま体育倉庫の中に入っていった。
『おい…しっか…しろ…』
『ぃゃ…あ…やめ……おと…さん…!』
モニター画面は暴れる胡桃のせいで物凄く埃が舞っており、シルエット程度しか確認出来ない。かなり見づらいが…恐らく佐伯が胡桃を抱き締めたところだろうか。
『落ち…け…もう怖…奴等は…ない…』
『…はぁっ…はぁっ…は……………さ、えきくん?』
胡桃の呼吸は酷く荒い。抱き締められながらもまだ少し暴れていたが、少しずつ落ち着いてきたようだ。錯乱したような声ではなく、きちんとした言葉を発した事からそれがわかる。うん、良かった良かった。
最後まで観察しても良かったんだが、廊下から足音が聞こえて来たのでひとまずイヤホンを切り、急いでモニターやケーブルを鞄に仕舞う。煙草を咥えたままの状態で窓枠に足をかけると、下に人が居ない事を確認して勢い良く飛び降りた。
飛び降りるのも慣れてきたおかげか、3階程度ならそれ程足首に損傷もないようだ。チラッと校舎を確認し窓からこちらを見ている顔がないかを確かめると足早にそこから立ち去った。
ひとまず錯乱も落ち着いたようだし、あの二人は心配ないだろう。どう転んだかは明日胡桃にそれとなく確認するとして、今日はこのまま帰ろうかな。盗聴器とカメラの回収も明日で問題ないだろうし。…あ、やべ。
『…もしもし?』
「もしもーし、おつかれー」
『ちょっとちょっと悠さーんさっきのアレなんなんすかー?俺ら聞いてないっすよー!』
「言ってないからな」
『ひでー!』
ゲラゲラと笑う相手に金の受け渡し場所を報告すると一方的に電話を切った。彼らが何かごねるようなら交渉(物理)でカタを付けるとしよう。
トラウマが本気で抉れるような地獄に現れたたった一人の王子様だ。嬉しいだろう?お姫様。彼がお前の、お気に召すと良いんだけど。




