後始末
爽やかな秋晴れの昼下がり、お洒落なBGMの流れる喫茶店内に居るのは大半はカップル達だ。
こちらも傍から見ると同じように見えているだろうが、この場には甘い空気など微塵も漂ってはいない。
「ほら、約束のブツだ」
「ははっヤクザみてー!」
「確かに。今自分で言っててビックリする程悪役の台詞だと思ったわ」
「いやいや悠さん完全に悪役じゃないっすか」
「え?どっからどう見ても恋のキューピッドだろ?」
「真顔とか!」
ブラックコーヒーを飲みながらつまらない冗談を交わす。向かいに座っているのは今回限りの共犯者、池上真人だ。派手な金髪とだらしない服装でどっからどう見てもモブだが、一般人の割にはそこそこ顔面偏差値は高い。爆ぜろ。
「…今なんかすげー寒気したんすけど」
「気の所為気の所為」
「絶対なんか恐い事考えましたよね!?」
察しのいい奴。
「そうそう、言うまでもないが今回の件は他言無用でな」
「わざわざ釘刺さなくても俺ら誰も喋りませんよ…前にどんだけアンタに酷い目にあわされたと思ってんすか」
「喉元過ぎればなんとやらだ。口を縫いつける訳にもいかないしなあ」
便宜上共犯者、と呼んだが実際の上下関係は完全にこちらが上だ。下僕と呼んでも良かったかもしれない。池上を含めた四人の男子生徒達はいずれも胡桃に恋をし、私に排除…もとい交渉(物理)で大人しくさせられた連中だ。いつでもデータはバラ撒ける状態にしてあるし、そもそも仕事が終わるまでの短期間だけ黙っててくれれば後はどうにでもなるので、今回はちょっと試しにイベントに使ってみた。
「つーかわざわざ金くれなくても俺ら脅せば済む話じゃないっすか?」
「脅される側の台詞かそれ」
「だって悠さんと話してるとなーんか気ぃ抜けるっつーか」
…常々感じている事なんだが、他の男子生徒達はまだしも池上には根本的な緊張感が足りていない気がする。以前あれだけ自分を嬲り辱めた挙句にその場面を写真に撮って脅す相手に対して、どうしてこうもフレンドリーに接するんだろう。マゾ?マゾなの?
「…あの、その可哀想な目ぇやめてくれませんか」
「顔に出てた?」
「ちょー出てたっす」
しまった。コイツの察しがいい訳じゃなくて顔に出てただけか。いやーうっかりうっかり。わざと?いえいえまさか。
「それにしても悠さんマジ鬼畜っすよねー。あんなに胡桃ちゃんと仲良かったってのに」
「ん?別に今でも仲良いけど?」
現に今日待ち合わせに来る前にも一緒に買い物してから来ている。
「は?…いやいや悠さん。あんな酷い仕打ちするくらいですから何か壮絶な恨みとかあるんじゃないんすか?」
「え、そんな酷かった?」
「当たり前じゃないっすか!いくら寸止めだからって女の子にはトラウマもんでしょ!」
「実行犯のお前が言うか」
うぐ、と池上は言葉に詰まる。黙らせてみたはいいが、一般的に考えて池上の主張は何ら間違っていない。助けるよう手を回していたとはいえ、友人に行う仕打ちとしては非道極まりないだろう。胡桃に恨みはない。それどころか、好意を抱いているくらいだ。なんたって可愛い。それに尽きる。
だがしかし、好意を抱いている相手を地獄に叩き落とすのは、私の中ではなんら矛盾していない。というより、その事に関して何の感情も動きはしないのだ。好意も哀れみも寂しさも、抱いたところで仕事が終わる頃には跡形もなく消えていると知っている。
生きてる人間に混ざって、正常な人間の振りをしたところで、人間らしい感情が私のどこに残っているっていうんだろう。結局死体は動いたところで生者として生き返りなんかしないのだ。
「…愛だよ愛。ラブアンドピース」
「こわっ!絶対、死んでも悠さんには気に入られたくないっすわ」
「人をヤンデレみたく言わない」
話が一段落したので伝票を持って席を立つ。まだ何か池上がブツブツ呟いていたが、それに付き合う義理もない。そのまま立ち去ろうかと思ったが、一つ言い忘れた事を思い出して振り返り軽く声をかける。
「顔は見られてないと思うが、何かあったら連絡してくれ。なんとかするから」
「…わーい、悠さん頼りになりすぎて鳥肌がヤバイっす」
「失敬な。そんなに恐がられる謂われはないよ?」
「どの口が言うんすか!」
「この口」
ヒラヒラと手を振りながら今度こそその場を去る。
いやそれにしても、池上はモブにしとくには惜しいツッコミスキルだなあ。




