6―2 和也の話
和也と樹の出会いは中学の時だった。中学1年の4月の初め、まだクラスの仲間とも完全には打ち解けていないそんな時期の放課後、和也は教室にサッカーのスパイクを忘れたのを思い出し、取りに戻った。和也がだれもないであろう教室の扉を開けると中では樹とすでにクラスで一番の呼び名の高い女子が話しをしていた。思春期の真っ盛りのこの時期に女子と二人っきりで話しをする自信がなかった和也は、一体だれがそんなすごいことをやり遂げてるのか気になり、声の主に目をやった。それは和也が初めて樹を意識してみた瞬間だった。和也がちょうど目を向けた瞬間に樹とクラスンバーワンの女子もいきなり入ってきた和也の方を向き、三人の目線がぶつかった。二人の目にあぶりだされた和也はなんだか負けているような気持ちになってすぐに目をそむけたが、目をそむけた自分が情けなくなって顔を上げず適当に言葉を投げた。
「その本の表紙のやつさ、ほんとギター上手いよな」
そのころの和也はギターどころか、音楽自体にまだ興味もなく、本当はただ単に樹の手にしていた本をみて思いつきで言った一言だった。そんな一言が樹との出会いの言葉だった。しかし、樹はその言葉を聞いて
「なに~砂原は分かる人だったの?そうだよな。なあ、今日家来ない?」
となんだかうれしそうに答えた。横にいたクラスナンバーワンの女子が「私も行く」と言っているのを「駄目」と軽くあしらえながら、和也には「もちろんくるよな!」っと積極的に誘った。和也は彼女よりも上の扱いを受けたことも驚いたが、樹が自分の名前を覚えていたことも驚きだった、和也は樹の名前をこのときまだ覚えていなかったからだ。和也はなぜだか樹に自分を認められた気がした。
その日は結局部活があり、行くことはなかったが次の土曜日には和也は樹の家に遊びに行った。樹の家は入るのが気後れするほど大きかった、なんでも樹の親はどっかの会社の大株主らしい。樹の部屋には沢山のレコードやCD、音楽雑誌があふれていた。こうなることを覚悟していった和也だが、樹の部屋に入って10分もすると帰りたい気持ちでいっぱいだった。和也は普段音楽なんてまるで興味がなく、せいぜい聞いてもアニメの歌、洋楽なんて聞こうものなら頭が痛くなるしまつだったからだ。そんな和也に「ブルースの時代が終わってロックの幕開け…?」樹が本を片手にロック史について語り出した。暗記が苦手な和也は樹に横文字のロックバンド名を山ほど浴びせられ、英語の海に沈められた気分がした。このままでは本当に溺れる、そう思い立ち上がり
「と、トイレ借りていい?」
と慌てて樹の部屋から逃げ出した。トイレで一呼吸空けて、どうやって今度はこの家から抜け出すか考えながら部屋に戻ると、樹が本を片付けてレコードを掛け始めていた。
「これな、おれの特別なやつなんだぜ」
部屋にもどってきた和也に気付いて樹はそう言って聞かせてくれた。
「♪♪♪」
和也はいきなり冷水を浴びせられたかと思った。それは急激に心を痺れさせた。なんて音だ。全身に降り注ぐ音波は歌詞なんてわからなくてもいいほどに音がはずんでいる。高速で駆け抜けるようなギター、ズンズン地響きのように刻まれるベースのビート、アクション映画を想像させるようなアクロバティックなドラムの音、そしてなにより叫び声のような歌声。和也は今まで知らなかったすばらしいものの発見で身体が震えるように感じた。知らない間にその喜びが顔にでている和也を見て、樹は「やっぱり」そうつぶやき、もう一押しとばかりに本棚の裏に隠してあったギターを取り出した。
「見てろ!」
そう言うと樹は大げさなアクションを付けてギターを弾き始めた。
「ギュィ~ン」
「デケデケ ボヨーン…」
「・・・。」
「えっかっこいいのは始めだけ?」
思わず和也は口にしてしまった。樹のギターはその前座を務めたCDよりはるかに劣り、大げさなアクションが滑稽に見えるほどの代物だった。
「笑うなよ、まだ修行中なんだから、でもギターかっこいいだろ!」
恥ずかしそうにいう樹に和也は大きくうなづいた。この瞬間が間違いなく和也が音楽を始めた瞬間なのだ。
その後、二人は意気投合し、和也が帰る時には樹お勧めのCDとこの前教室で持っていた音楽の雑誌を借りて帰った。その晩、和也はさっそく雑誌を読み、表紙の人物がギタリストではなく有名バンドのボーカルと知った。和也は樹との出会いの言葉はデタラメだったが、それでも樹は和也を仲間として迎え入れてくれたのだとそっと思った。
それから二人は音楽に明け暮れた。中学を卒業し、高校になるころ同級生と初めてのバンドを作った。しかし、それはバンドと呼ぶにはあまりにお粗末なもので樹はいつもそれに不満を口にしていた。大学受験がはじめると和也はさすがにバンド活動を中止し、勉強に身をいれだした。普段から和也がバンド以外の事に集中するのを嫌う樹だったが、珍しくその時は文句を言わなかった。ただ、どこの学校をうけるのかを聞き、「そこならいいとこだ」っと保護者のような台詞を言うのだった。
大学に入ると当然のように樹が隣にいた。「樹は勉強をしないくせにやたら出来るくせに、なんでこの学校に、あいつならもっと上の大学に入れたはずなのに」という和也の疑問も大学に入ってすぐに解消された。大学で親元を離れる、それが樹のいういい大学なのだと和也は分かったからだ。お互い一人暮らしをはじめたと言うことで和也は樹から時間に関係なくしごかれた、本当に朝から晩まで音楽、音楽、音楽。ほとんど大学に行く暇がないほど音楽漬けの毎日が待っていた。大学中にももちろんバンドをやっていた。メンバーは何度も入れ替わったりして流動的だった。樹にいたっては掛け持ちで複数のバンドをやっていた。和也がそんな毎日にやっとなれたころ樹が言った。
「大体分かった、そろそろ本格始動するぞ!」
樹は昔からメジャーデビューするとしつこいぐらいに言っていたので和也は樹の言葉の意味は分かったが、正直これ以上なにをどうするのかは分からなかった。樹が始めにやったのはバンドの解散だった。和也も今のバンドに特に思い入れもなく馴れ合いの感じがあったのでなんの抵抗もなくバンドを辞めた。それから樹は和也を連れてライブハウスを回った。それがなにを意図しての行動か和也にはすぐに分かった。ライブハウス巡りを終えるとすぐに近くのスタンドカフェに入り樹は和也に和也の想像どおりの言葉をかけた。
「和也、どこの誰がいいと思った?」
バンドのメンバーの引抜きをして精鋭のグループを作ろうというのだ。
「まず、ホーネットの楠木静。あのベースは絶対欲しいね。」
「それは、俺も賛成。ドラムはスプーンズの平誠二はどうだ?」
「俺はバイソンの土屋圭吾の方が荒削りだけど、力強くて好きだけど」
和也の意見に樹が少し考えてから提案した。
「俺とお前のギターとあの楠木の正確無比なベース。これに会うのはやっぱ平の方じゃないか?土屋はまだ勢いで叩いてる」
二人の意見が珍しく分かれた。しかし相手のいる話上手く行くとはかぎらないのでとりあえず手堅そうな平に的をしぼり引抜きにかかることにした。平を押している樹が平に交渉に行き、楠木の交渉は和也が行くことにした。二人は手にしたカップコーヒーで乾杯をすると、善は急げと早速引抜きに分かれた。なにせ相手は名は知れてるとは言え、全くの他人。ライブのとき以外どこでなにをしてるかなんて分からないのだから。和也は歩きながらコーヒーを飲み何をとっかかりに交渉するか考えた。しかし、なにも思い浮かばなかった。勢いで向かっているが、このまま楠木にあっても何といって口説くけばいいのだろうか?バンドに入ってくれと言うのにこちらのバンドはすでになく、こちらの腕前さえみせる機会がない。頭にはマイナス要素しか浮かばない。和也は段々と沈んでいく気持ちをコーヒーを飲み干しカップと一緒に強引に引き上げた。目線をあげたその時調度すれ違いに楠木が歩いてくるのが見えた。ライブの時にははずしていたのか今は緑のプラスチック縁の眼鏡をかけている。黒いパンツに白いワイシャツという服装と眼鏡が楠木を気難しそうに見せて和也の決心を一層にぶらせる。しかしなんとか和也が声をかけようとすると、楠木のほうから
「砂原和也、今日はライブに来てくれてましたね」
と声をかけてきた。「俺を知っている」和也は光明が見えた気がした。「でもなんでフルネーム?」と少々気になったがこの機会を逃すわけにはいかないと和也は答えた。
「今日も最高のベースでした。」
残念ながらバンドとしては今一つだなと和也は思っていたのでこれが正直な感想だった。
「そうですか、もう解散したそうですが、グールスのライブのギターも最高でしたよ」
グールスと言うのは和也と樹のいたバンドのことだ。これは脈ありと和也が誘いの言葉を口にしようとすると先に楠木が口にした。
「単刀直入にいきましょうよ。ベースの引抜きに来た、そうですね。」
どこかの数学の教師のように眼鏡を人差し指で押し上げながら喋る楠木に圧倒されながら和也はただ
「ああ」
とだけ答えると。
「こちらはその予定で先ほどホーネットのメンバーに抜ける旨話してきたとこです。そちらの顔合わせの日時が決まったら携帯に連絡をください」
と楠木は早口でしゃべり、前もって書かれた携帯番号の書かれたメモを和也に渡すとすたすたと去っていった。あまりに急展開にその場で立ち尽くす和也の横をホーネットのほかのメンバーが楠木を探している様子で駆け抜けて行った。きっと彼等も和也と同じく楠木のテンポに置いてかれたのだろう。
「引抜き成功って事だよな?」
和也はなんとく実感して、携帯電話を手に取った。楠木の番号の登録とこのことを樹に報告するためだ。しかし、樹は電話に出なかった、まだ交渉中か?とも思ったがなんだか胸騒ぎを感じて和也は樹の向かったライブハウスへ向かった。ライブハウスに辿り着いたとき和也は自分の胸騒ぎが正しかったことを直感した。ライブハウスでは乱闘が起きていた。ステージにはなぜか樹の姿が見える。樹にあとから聞いた話では、最初、平に交渉に行ったところ「お前らの腕前も分からないのに無理だと」と断られ一度諦めようとしたそうだ。ところが運良く平がその次のバンドのヘルプで、ステージに再びあがったのでそれならばと乱入しこちらの腕前を披露しようとしたところ伴奏中の正式ギターと乱闘になったとのこと。こんなことになったのでは平の獲得は諦めたほうがよさそうだった。和也は一応、樹のすぎたやり方に注意をしたが、まったく反省をしていない樹を見て「やれやれ、土屋の勧誘も自分でやろうと」心に決めた。
次の日の昼過ぎ、さっそく和也は土屋の元に向かった。樹も連れて行こうかと思ったが、バイトがあるというので諦めた。樹がいない方がうまくいくかもしれないっと言う考えがあったからだ。和也はもちろん土屋とも面識はなかったがうわさ話を聞いたことがあった「さすらいの八百屋のドラマー」それが土屋の別名だ。和也は昨晩のうち仲間を使いどこの八百屋か目星をつけておりそこへ向かっているのだ。和也は「八百六」が目に入るとたちどまり深呼吸をした。「八百六」そこが土屋の実家の八百屋だ、なんでも土屋の父親「六輔」の名前にちなんだ店名らしい。店には腕っ節の強そうな親父がねじりはちまきに白Tシャツ、白い前掛けという八百屋らしいいでたちで店番をしている、恐らくあれが店主の六輔に違いない。「できれば直接土屋圭吾と会いたかったが、よりによってあんな硬そうな親父を通さなくてはいけないのか」和也は思わず愚痴をこぼした。しかし覚悟を決め和也はキャベツの陳列に納得がいかないようで路肩に背を向け並び替えをしている六輔に背後から声をかけた。
「あの、すいません…」
「へい、らっしゃい」
愛想のいい声と明らかに作り笑いの六輔の顔が和也を出迎える。しかしそれもほんの数秒、和也の姿を見た六輔は明らかに損したような顔になり、低い地声で
「なにか入用で?うちは八百屋だ」
といい、またキャベツの陳列に集中した。六輔は和也の想像した通りの硬い親父のようだ。あまりのあからさまな対応に少々たじろいだ和也だが、自分達が保護者達にいい印象を与えないのはいつものことだと気を取り直して続けた。
「砂原と申しますが、息子さん、圭吾さんはいらっしゃいますか?」
「うちは八百屋だって言ってんだろ?注文はなんだい?」
六輔は和也の問いに背を向けたまま答えた。客でないなら帰れと言う事だろう。
「あの~」
「だから言ってんだろう」
なんとか食い下がろうとする和也に六輔は怒りをあらわにし、うんち座りのまま振り返り言った。その形相を見て和也はおもわず
「あれください」
と適当な方向を指差した。「今日はこれで引き上げよう」と和也は諦めることにした。しかし和也が諦めたというのに急に六輔の表情がほころびだした。六輔は怒りの形相から一転、始めに見せた福笑いのお面のような顔になり、すばやい動きで和也の指差した商品を袋に詰めながら
「旦那、他に御用はありませんか?」
と聞いてくる。あまりの変貌に気持ち悪ささえ覚えた和也は六輔の詰めた商品を確認した。やけに大きなきのこである。
「まっ、先にお会計をお願いしましょうかね?」
愛想のいい六輔の声に目線を戻すと和也は驚いた。六輔の打つレジの金額に1万2千円と表示されている。
「ま、…」
間違えた、そう叫びたい和也だったが、六輔の鋭い眼光がそれを許さなかった。
「まいどあり」
気付いたら和也はそうつぶやいていた。和也が泣きそうな顔で1万2千円を財布から差し出すと、六輔は満面の笑みで
「いやだな。まいどあり~はこちらの台詞ですよ、旦那。」
と言い、もぎりとるように代金を受け取った。安っぽいビニール袋の中で桐の箱に詰められたきのこが六輔から和也の手に渡された。和也はやけに立派な箱を見つめて朦朧とする意識の中でもう一度覚悟をきめて言ってみた。
「あの、息子さんをはいますか?」
「なんだい家の馬鹿息子に用事で?はじめに言ってくれればいいのに、圭吾なら今配達に行ってますがなにか用ですかい?」
「そうですか、ちょっとお願いごとがありまして、また出直します」
そういい立ち去ろうとする和也に六輔が声をかけた。
「旦那の依頼なら息子に無理にでもやらせますよ、それで、どんな用件で?」
おかしな展開になってきたそう思いながらも和也は土屋圭吾をバンドに引き抜きたい旨を説明した。それを聞いた六輔は自信ありげにありげに微笑み
「じゃ、来週からでいいですかい?圭吾のやつには良く言っときますんでまかせてください」
そう言い携帯電話番号を教えるように和也に言った。なにがどうなってるのかさっぱり分からなかったが和也は早くここを立ち去りたくて言われるままに携帯電話を教え、作り笑いをしてそそくさとその場から逃げ出した。後ろから六輔の
「またのお越しをおまちしてます」
との声に和也の足は加速した。「二度と来るものか」和也は路地を曲がり八百六が見えなくなるとはき棄てるよう言いそして立ち止まった。「さてどうしよう、土屋の引き抜きはやっぱり樹とふたりでやるか?」再び大きなきのこを見つめながら和也は呟いた。
その晩、和也は樹を家に招き夕食を取ることとした。どうにか1万2千円の負担を樹にも取らせようというのが和也の目論見だったが、樹は立派過ぎるマツタケをみて笑い転げるだけだった。
「どわはっは!和也はドラムを引き抜きにいって、マツタケ引き抜いてきたの?さすが!」
樹は何度も笑っている。笑うだけ笑い、お金の話をすると「マツタケはあくまで和也が勝手に買って、ご馳走してくれる、バンドの必要経費ではない」と言われてしまった。樹は金持ちの割りにお金には厳しい。親の金は親の金、自分の金は自分で稼ぐというのが彼の持論らしい。和也は樹に話た自分が馬鹿だったと思った。一通り笑われたあと、和也たちはマツタケを食べることとしたが料理の仕方を知らない二人は悩んだ末にトースターでマツタケを焼くことにした。最初はどうなることかと思ったが、数分すると小さな和也の部屋に不釣合いな芳しい香りがしだした。そろそろか?そう思いトースタを開けて中をマツタケの様子を見ようとしたら和也の携帯がなった。知らない番号だ。大事な8千円の晩餐会のを邪魔する電話に不機嫌な声で和也はでた。
「もしもし」
「あんたがマツタケの和也か?」
「…」
「俺は土屋、土屋圭吾だが、親父に次はお前のバンドに入れと言われたが、いつ行けばいい?」
電話の主は土屋だった。和也は慌ててトースターの扉を閉めて叫んだ。
「土屋圭吾。本当に電話くれたの?」
樹も和也の電話に耳を傾けた。和也は受話器を手で覆い樹に「いつメンバーの顔合わせをする」と聞いた。「今週末、3時。スタジオ エリック」との樹の答を和也は繰り返した。
「今週末、3時、スタジオ エリックで」
「わかった」
土屋はあっさりと答え電話を切ろうとした。慌てて和也は
「本当にくるよね?」
と聞いた。だって納得がいかない、親に言われてバンドを換える奴がいるのだろうか?そう和也は思ったからだ。しかし土屋の回答は
「ああ、当たり前だ。マツタケは今まで一番高い、前はメロンだったけかな。とにかく新記録だ。じゃ、金曜に」
というものだった。これは事後談だが、土屋は今までに何度も野菜でトレードを行っていたようだ、本人の話では自分の気に入ったバンドに出会えるまでのこととの事だが。とにかくこれでバンドのメンバーが決まった、その日の晩餐会はそのままメンバーの引き抜き成功を祝う会となった。和也、樹の二人は黒こげになったマツタケを食べながら朝まで騒いだ。
顔合わせの当日、和也と樹はスタジオに20分前に行くことにした。二人はスタジオに着くと受け付け前の丸椅子にギターを背負ったまま腰掛けた。樹はポケットに手をつ込んだまま座り、足をぷらぷらさせながら時間をつぶしている。和也は携帯電話とガラス越しに見える店前の通路を交互に見つめていた。メンバーが現れるまで二人は無言で待っていた。約束の5分前になりやっと店の自動ドアが開いた。二人が目を向けるとそこには楠木の姿があった。いつかと同じく黒いパンツに白いシャツ、それに緑縁の眼鏡といった格好だ。楠木は二人を見つけると黙ったまま空いている丸イスにベースをしょったまま腰掛けた。楠木のその気難しいそうな哲学者のような雰囲気に二人が声をかけあえいでいると、一台のが入り口に横付けされた。カブから降りてきたのは土屋だった。土屋はタンクトップにアーミー柄のカーゴパンツと言ういでたちで父親譲りのごつい体がより一層いかつく見える。しかしヘルメットをとって見えた顔は、ライブの時には暗くて感じなかったがあどけなさが見える。「想像より若いな」そう思いながら和也は立ちあがり手を上げた。土屋は和也の名前しか知らないはずだからだ。和也に気付いた土屋が頭を下げながらやって来た。
「グールスの砂原さんじゃないっすか、始めまして。なにしてるんですか?え?俺ですか?俺はそのマツタケを探しに・・・。えっまさか砂原さんて下の名前和也っていうんじゃ?」
想像していたよりグールスは有名らしい、そう思いながら和也は答えた。
「始めまして、砂原=マツタケ=和也です」
「ギター兼ボーカルの森樹だ」
「ベースの楠木静」
「おお、ドラムで呼ばれた土屋圭吾っす、よろしく」
和也の冗談を軽く流して始めての自己紹介が進められた。
「じゃ、話ししてても始まらないからさっそく中でやるか?」
樹のこの一言で本当の意味での自己紹介が始まった。なんの打ち合わせもなく樹が「ワイルドロード」という洋楽の曲を引き始めた。恐らくこの4人ならみんな知っているだろうという選曲である。和也はそれに気付きギターでついていく。皆が入るまで前奏部分をリピートしようそう考えていたが、すぐに楠木も土屋も気付き伴奏についてくる。まずまずの出だしだ、和也はそう思い樹の方をみると、樹はいつになく真剣な表情でギターを弾き、原曲を無視してテンポアップし始めた。ギターの暴走にベースがすぐに軌道修正をいれる。ドラムのリズム感もいい、全体のビートアップが即座に行なわれた。しかし樹の暴走はまだまだ止まらない、ブルース色の残るロックの名曲にラップで声を入れた。樹は真顔のままだったが和也は今まで見たことがないほど樹がはしゃいでるように見えた。和也もこのバンドの予想以上の出来にギターを唸らせながら、メインボーカルを務めようと声をいれた。
「we should get Alcohol and Cigarette♪」
和也の声が入るとますますこのバンドの色が鮮やかに見えてきた。樹の顔は遂に笑顔に変わっている。楠木は目を閉じこの音に酔いしれている。土屋にいたっては感極まってかなにか叫び声をあげている。暴走に暴走を続けたこの演奏を最後は樹のギターソロで締められた、やはり樹のギターの腕前は特別だと皆が感じただろう。
「ようこそ、バンド「ハイオク」へ、ハイグレードなガソリンでがんがん行こうぜ!」
演奏を終えた樹が和也を含め3人に向かって言った。ハイオクこれがこのバンドの名前らしい、和也自体も始めて聞いたが、なかなかいいと気に入った。この特別なエネルギーならきっと出来ないことがないだろうとそう和也は感じた。
次の月には「ハイオク」はライブデビューをした。全曲カバー曲であったが、そのパワフルな演奏に観客の反応は良かった。乗りのいい樹のギターに繊細な楠木のベース、パワフルな土屋のドラム、それに和也の声が良くあった。なによりもよかったのが4人の音楽の趣味がかなり似ていた。だからライブの曲の選曲はスムーズだった。次の段階に進むため樹はオリジナル曲を作成した。曲名は「ガススタ」最高にアップテンポの曲に樹のマシンガンのようなラップとギターが特に良くあう曲ですぐにハイオクには欠かせない曲となった。それからオリジナルの曲も何曲か作り順調にライブでの動員数を伸ばしていった。樹の提案の度に順調に次の段階へと「ハイオク」は動いていった。4人の目指す音楽は間違いなく同じ物だとハイオクの全員が疑わなくなったころそれは起きた。
ハイオク結成から1年が過ぎたころだった。ハイオクがメインでライブをやっているライブハウスに来週芸能プロダクション事務所の人がやってくるとのうわさが流れた。もちろんそのうわさを聞き4人は多いに盛り上がった。ライブ3日前に和也の家で緊急ミーティングが開かれた。ミーティングといっても前祝の飲み会のつもりで和也は酒の準備等していたが実際はそんな雰囲気とは全く違うものとなった。原因はいつもの樹の提案だった。
「さて次の段階だ。次のライブでは皆の服装を統一する。今はビジュアルから行くのが売れる基本だ。」
「ハイオク」メンバーのライブ時の服装はいつもバラバラだった。樹自体いつもジーパンにTシャツという普段着と変わらない服装でやっていた。
「服装は黒、上下ともだ。あとライブまでに頭をこれで染めてくるように」
樹はそう言うと、カバンから真っ赤なヘアカラー剤を食卓に載せた。それを聞き楠木が一言だがすぐに反応した。
「嫌だ、断る。」
それに続き土屋も
「髪はちょっと勘弁っス、仕事にひびっくすよ」
断りの反応を示した。その反応をある程度は予想していたのだろう樹が説明した。
「今度のライブに事務所の人がくるのは知ってるよな?もちろん俺らのうわさを聞いて来たと思いたいが、このチャンスを物にするために出来ることはやらなきゃ駄目だろ。今の仕事も大事だろうが、もっと先をみようぜ」
そして和也に同意を求める目を向けた。しかし、和也はその提案に乗り気ではなかった。
「流行にのるってのは俺達のやり方じゃない気がするが」
そういって和也は目を伏せた。結局その日はその会話を最後に自然と解散となった。嫌なムードが流れてきたがきっと時間がたてばまた元の空気に戻るだろうとその時の和也は思っていた。
ライブ当日、和也はやはり髪を染めるのに抵抗を感じ黒髪のままだったが、服装だけはせめて黒に統一させた。そのことがあり樹に会うのに気が惹けた和也は楽屋に入るのをできるだけ遅らせた。しかしそろそろ準備をしなくてはいけないと言う時間に楽屋に入ろうとすると中からすさまじい音が聞こえてきた。慌てて楽屋の扉を空けると樹と楠木が殴り合っている。落ち着いて皆をみると樹と土屋の髪は真っ赤に染められていたが、楠木は髪も服装もいつもと同じだった。乱闘の原因は恐らくそれだろう。黒髪の和也は止めに入るわけにいかず、ただ見つめていると楠木を殴り飛ばした樹と視線があった。樹はすぐに視線をそらし、背を向け楽屋の壁を蹴飛ばし
「もういい、とにかくやるぞ。」
そう言い楽屋を出て行き舞台袖の椅子に腰掛けた。
その日の演奏は散々だった。気の乗らないベースに引き気味のドラム、罪悪感に引きずられたギター。その中で樹だけがどうにか世の中に認められようと必死に叫んでいた。もちろんその後どこの事務所からも連絡はこなかった。
メンバーに解散の意識が出始めたが、和也がそれをどうにか塞き止めた。樹の行きすぎた提案についていけないが、樹の提案はバンド思ってのものと言うのは分かりそれを和也は必死で皆に説明し解散にはいたらなかった。しかし、その後も樹のおかしな提案は止まらなかった。その後は外見だけでなく曲調にすらおかしな提案をもちだし始めた。売れる歌とはなにか?最後には今までのハイオクはもう古いとさえ言い出した。樹は和也にとってはロックの教師だった。しかし、今はたんなるプロモータになっていた、しかもロックをまるで知らない売り出されるほうとしては最悪のプロモーターに。離れていくメンバーの気持ちとは反対に樹はがむしゃらにハイオクの安売りを始めた。いろんなところにデモテープを送り、バックバンドのオーデションにも応募した。加速していく樹の暴走にハイオクのメンバーが限界を感じたころ、樹からの久々の召集がかかった。いつもの溜まり場である和也の部屋に皆時間ぎりぎりに集まった。誰もが居心地の悪さを感じているからだろう。一番最後に樹が現れ玄関で靴を脱ぐと部屋の入り口で立ったまま言った。
「頼む、ハイオクを売れるバンドにしてくれ。次がラストチャンスなんだ」
「売れるバンド」その言葉に皆拒絶を感じた。それこそが樹とメンバーとの溝を作っているのだから。楠木が立ち上がろうとする気配を横で感じ和也はあわてて口をひらいた。そうしなければ楠木はバンドを抜けただろうと和也は思ったからだ。
「なぜ、そんなに売れることにこだわる?良質なガソリン、良質な音楽でガンガンいくのが俺たちじゃないのかよ?」
こんなになるまでほっとくべき疑問ではなかったのだが、樹のあまりの変貌に今まで聞けなかった質問を和也は口にした。
「今、今やらなければ駄目なんだ。そうじゃなきゃ、俺はこのまま音楽の世界から押し出されてしまう」
樹は下向きながら返した。どういう意味か和也が尋ねる前に樹が続けた。
「お前たちだってそうだろう?もう半年もすれば就職活動でもするつもりだろ?でも、もしハイオクが今すぐ軌道に乗ればこのまま音楽を続けられる。音楽性の違いも売れてから修正すればいいじゃないか?」
樹の言うとおり、和也は半年後には就職活動を始める気だった。音楽で行けるとこまで行ってみたいという気持ちはあったが、その一方現実問題として音楽に人生をかけることができるか不安でありとりあえず就職するつもりだった。樹にはそのいい加減な気持ちがたまらなく嫌だったのだろう?そう和也は思った。
「音に嘘をついてまで続ける意味があるのか?俺は嘘つきミュージシャンより、ロック好きな親父になるほうがましだな」
楠木が腰をおろしたまま言った。どうやら楠木もまだ解散したくはないらしい。
「自分も、客寄せのパンダみたいなことはしたくないっす、昔のハイオクみたいな音楽なら例え売れなくても続けていけるけど、ピエロを演じるなら八百屋を継ぐっす。」
土屋も楠木の意見に賛成だった。
「俺も、音楽に嘘はつきたくない。」
和也は考えながらゆっくりと意見を口にした。
「でも、樹の言う意味も皆もっと考えるべきだと思う。ここは個人にとってもハイオクにとっても大きな分岐点だと思う。」
一度それぞれが口にした意見をもう一度見つめなおすように和也は提案した。それぞれが自分の意見を考えなおし、再び樹が始めに口を開いた。
「ここが分岐点なら俺は迷わず音楽の道を選ぶ、音楽のことだけを考えていける世界はほかにない。それにどんなプロだって売れるために自分の信念を曲げることなんて少なからずどこかでしてるんだ。それが出だしか、途中かの違いだ。おれは武道館でライブもしたいし、全国ツアーだってしてみたい。音楽以外の仕事をしている自分を想像したことあるか?それこそお金のために働く奴隷のような日々だぞ」
楠木が続いて口を開いた。
「俺はしたくないことはしたくない」
土屋は押し黙っている。ハイオクの終わりを覚悟しながら和也は自分の意見を口にした。
「樹の言うとおりプロには信念を曲げなくてはいけない局面があると思う。そして俺はプロになりたいって自分でそう思っていた。けど勘違いかもしれない。たしかに武道館で何千人の前でライブしたいと思うけど、根本は違う。観客の多い少ないでなく、会場の大きい小さいじゃなくて自分の納得したものを演奏したい。自分の分身と思える音楽で皆に感動を起こしたい。音楽でお金を儲ける、それこそお金の奴隷のような気がする。」
土屋は意見を言う代わりに和也の話を聞き大きくうなずいてる。樹は皆の反応をみて口を横一文字にし、歯をすりつぶしていたが、すぐに口から怒りを吐き出し、肩の力を抜き穏やかな声で提案した。
「みんなの回答は分かった。ハイオクはここまでだな。今まで変な提案ばかりして悪かった。でも最後にもう一つだけお願いを聞いてくれ、来週末、7時からまたライブの予定を入れた。そこに事務所の人間がまた来るって話なんだが、そこでハイオクの解散ライブをしよう。選曲はお前らにまかせる。だから最後に楽しくみんなでやろう」
それだけ言い樹は和也の部屋を後にした。
実際にそのライブがハイオクの解散ライブとなった。樹に任された選曲はメンバー総意でハイオクの初期、そして樹の言う売れる曲の後期の半々で構成した。これが最後だとよい具合に吹っ切れたメンバーの演奏でライブハウスは過去最高とも思える盛り上がりを見せた。和也は最後の演奏にして自分達の目指していた姿を垣間見ることができた。この気の置けないメンバーでこの雰囲気を作り出すそれが和也の目指していた夢のような日々なのだ。しかし、それももう終わりなんだ和也はそう思い、メンバー全員を見渡すと、他のメンバーも同じような面持ちで互いの顔を見ていた。樹も間違いなく同じ事を考えている、そう和也は感じた。しかし次の瞬間樹の口からハイオクの解散が観客に伝えられた。
そのライブのあと樹は個人として引抜きを受け、ドミノの結成をした。数ヶ月後、和也は樹の予想どおり就職活動をしていた。そんな頃楠木からある話しを聞いた。「半年前の紛争決算でつぶれたレノックって会社の大株主に森亮二ってのがいるが、樹の親父らしい。今ごろ気付いても遅いがな」その話しを聞いて和也の頭に樹の言葉が思い出された。「今、今やらなければ駄目なんだ。そうじゃなきゃ、俺はこのまま音楽の世界から押し出されてしまう」売れることにひたすらこだわったのは、売れなくては音楽を続けていくことが出来ない状態にすでに追いやられていたからだったのだ。樹の急激な変貌にはそんな訳があったのだ。
その後、樹はドミノのボーカルとして活動を続けた。和也は就職をして会社員として働いた。就職してすぐに樹を除くハイオクのメンバーが自然と集まりGSと言う今、和也の所属するバンドが結成された。仕事とバンド活動の傍ら和也は自分の本当にやりたいものについて考えるようになった、そしてハイオク解散時に自分で言ったプロになりたくないのかも知れないと言う言葉に悩まされた。音楽を趣味として楽しむには樹とすごした数年間はあまりに濃いものだったからだ。和也は樹の活躍を雑誌なので見るたびに自分のことのように喜び、そしていつも最後は置いてかれたような寂しい気持ちになった。あの時の樹についていっていれば、和也はそう何度も考えたがやはり今でもついていけなかったそう思った。樹がもし和也の立場でもやはりついてこなかっただろう。「樹は樹、自分は自分の道を行かなくてはいけない。」和也はそう思いながら悩みを押し殺し必死で働いた。
5年ほど働いたころ、和也は学生時代から延長のような今の生活に終止符をうった。なにも考えずただ流れの中で就職したままでは自分の道を見つけられないとやっと気付いたからだった。新しい世界を求めて海外へと渡った。そして帰国後に智美と出会ったのだった。




