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58 勇者「緊急事態」

~翌日~


勇者「これが飛行船……」


魔法使い「わー、思ってたより小さいんだね」


僧侶「空を飛ぶため、無駄を省き軽量化を図った結果がこのタイプなのです。ひとつの船に乗れる人数はあまり多くないのですが、乗り場には常にいくつかの飛行船が待機していますので、時間をずらして一機ずつ飛行するのです。私たち八人と、操縦士の方が二人で十人……この人数なら一機で十分ですね」


魔法使い「そうなんだ」


勇者「本当にこんなので空を飛べるのか?」


男「アンタらか! 商人の嬢ちゃんの友達ってのは! 話は聞いてるぜ、『勇者様ご一行』なんだってな!」


勇者「あー、はい。まあ……」


操縦士「俺はこの船の操縦士だ。見ての通り何十年も飛行船を操ってきたベテランよォ! 空の旅は俺に任せな! しばらくよろしくなァ勇者様よ!!」


剣士「えっ俺?」


商人「そ、操縦士殿。そちらは剣士殿です。勇者様はこちらの……」


操縦士「おっとこいつぁすまねえ! がっはっはっ。いつまでも突っ立ってねえで乗りな! もうすぐ出発時間だぜ」


勇者「あ、はあ、はい……」



魔法使い「わあ、テーブルとか色々置いてあるんだね、もっと殺風景なの想像してた」


僧侶「客商売のうちですから、最低限の備品は備わっています。ただ、やはり軽量化を重要視しているため寝具は……」


操縦士の声「寝るのは床になっちまうが勘弁してくれな!!」


魔法使い「あそこに積まれてる毛布を使えばいいのかな」


商人「はい。しかし乗客のなかにはお子を連れた女人や、それがしのような旅人の娘もおります故、毛布の他に寝袋もございます。毛布を被り地べたで横になるよりは安眠できましょう。女性方はそちらでお休みになるがよいかと」


剣士「そうだな。俺は床で寝るのも慣れてるし、なんだったら座ったままでも寝れる。女性陣はそれぞれ楽なようにしてろ。もちろん、商人も含めてな」


商人「えっ!? い、いえ、アッシは飛行船での就寝にも慣れておりますゆえ……そ、それに寝袋は大抵、一機につき三つほどしか……」


操縦士の声「ちと古いのもあるが今日は四つ積んであるぜ!!」


剣士「……だってさ、よかったな」


商人「し、しかし……それは、勇者様が使われてはどうでしょう」


勇者「えっなんで俺」


ガンナー「お前女に寝袋勧められるほど貧弱な体してんの? ウケる」


勇者「流石に平気だよ……って、剣士何笑ってんだよ!」


剣士「い、いや笑ってないし」


勇者「笑ってんじゃん! 俺よりどっちかっていうとガンナーのほうが勧められるべきなんじゃないの?」


ガンナー「はあ? 俺は剣士の分の毛布を下に敷いて寝るからいいし」


剣士「俺のかよ」


魔法使い「っていうか剣士も剣士で床で寝るの慣れてるとか座ったまま寝れるとか、育ちの良さにあるまじき発言だよね」


剣士「仕事柄よく野宿とかするから……おい待て、話が逸れてるぞ」


勇者「と――とにかくさ、商人。そんなに俺たちに遠慮しなくていいからな?」


商人「う……は、はい」


~・・・~


魔法使い「それにしても、飛行船の中ってすることなくて海の上より暇だね」


吟遊詩人「そうね……でも、ゆっくりできていいじゃない。休めるときに休んでおかないと」


騎士「……」


魔法使い「あれ、騎士なにしてるの?」


騎士「メモ」


魔法使い「何の、……日記?」


騎士「それに近い。旅に出たころからつけてる」


魔法使い「へえ、そうだったんだ。マメだねー」


吟遊詩人「どんなことを書いてるの?」


騎士「その日あったことを簡潔に」


吟遊詩人「じゃあ、旅をはじめて何日経ったかもわかるの?」


騎士「書いてない日もある。でも、日付は書いているから、日数の計算はできる」


吟遊詩人「それじゃあ旅が終わったときは、それまでに何日かかったか教えてちょうだい」


魔法使い「あ、いいねそれ!」


騎士「わかった」


魔法使い「大きいケーキを焼いて日数の分だけロウソクをたてるとか!」


吟遊詩人「ケ、ケーキに? すごいことになるわよ……」


魔法使い「ダメ?」


吟遊詩人「大きいケーキを用意するのはいいけど……お祝いするなら、かかった日数の分だけ花火を打ち上げるとか、そういうのにしない?」


魔法使い「あ、それもいいね! 騎士はどう思う?」


騎士「ケーキを食べながら花火」


吟遊詩人「騎士らしいわね」


勇者「……」ざわ、


勇者「? なんだ……?」


魔法使い「勇者、どうかした?」


勇者「いや、今何か……」


ガコンッ!


勇者「!?」


突然、大きな障害物にでもぶつかったかのような衝撃。


船内の荷物や小物が宙を舞う。地面に落ちたカップが割れ、中の水が飛沫を飛ばす。


勇者「うわあっ!?」


魔法使い「きゃあっ!?」


剣士「な、なんだ、何が起きたんだ!?」


僧侶「みなさん、何かに掴まってください!」


立っていた者も座っていた者もバランスを崩して床に倒れ込む。二度、三度と大きな音と共に船内が大きく揺れた。飛行船の故障か、あるいは何処からか攻撃を受けているのか――船の中にいる状態ではわからないが、とにかく非常事態であることだけは十二分にわかる。


船が大きく揺れる。傾く地面と重力に流され、勇者の体が向かいの壁に叩きつけられた。


商人「これは一体何事ですか!?」


操縦士「わからねえ! 船の何処にも異常はないんだ! これは故障じゃねえ!!」


吟遊詩人「魔物か何かに攻撃を受けているの?」


剣士「窓から見える範囲には何もいないぞ。くそっ、どうなってんだ!」


船が大きく傾いた。


いや、傾く――などという生易しいものではない。まるでこのまま一回転でもするかのような勢いで、飛行船が横倒れの状態になろうとしていたのだ。これまで地面だった部分が壁になり、これまで壁だった部分が天井に、地面になる。地面となった壁の側にいた騎士、勇者、僧侶は無事であったが、天井となってしまった側にいた剣士、魔法使い、吟遊詩人、商人、ガンナーは、傍の手すりに掴まったままぶらさがるようなかたちとなった。


ガンナー「そっちが地面なら全員あっちに移ったほうがいいんじゃないか? 俺が持ってる手すり、壊れかけなんだけど」


剣士「飛行船は地面と天井は比較的頑丈だが、本来壁となっている部分は薄くて脆い。全員があっちに飛び降りたらその衝撃や重量で装甲が剥がれるリスクもある。現時点で障害物の全てが向こうに流れ落ちてんだ。それに、着地点を誤れば窓に脚を突っ込むことになるぞ」


魔法使い「どうするの? 原因を突き止めないとずっとこのまま!? わ、私、腕そろそろきつ――あッ」ツルッ


剣士「魔法使い!」ガシッ


魔法使い「あ――危ない、真下窓だよ……ありがとう、剣士」


商人「勇者様! もはや現状維持とはいきますまい。ご判断を!」


勇者「え――い、いきなりそんなこと言われても! ……わ、わからない。どうすれば……そ、外に何かいるのか?」


剣士「さっきも言った通り、俺から見える範囲には何もいない!」


吟遊詩人「私からも何も」


僧侶「飛行船の故障ではない。魔物の仕業でもないとなれば……」


ガンナー「魔王の刺客か? 一体何処から何をどうやって船を襲っているのか知らないが、このまま放っておいたらいつか船を落とされかねないぜ」


ガタン、と船が揺れる。さながら、幼い子どもが持つカゴのなかに入れられた虫の気分である。しばらく小さな揺れが続いた後、また大きな揺れが訪れた。


その時、ガンナーが掴まっていた手すりの接着具が金具から抜けた。そのまま勇者たちのいる壁に向かって落ちていく。ガンナーの隣にいた剣士は既に魔法使いを支えているので、その落下を食い止めることはできなかった。


剣士「ガンナー、駄目だ! その位置は――!!」


ガンナーの細見の体が、薄い鉄製の壁に叩きつけられる。


その瞬間、大きな音をたてて、ガンナーの背後の壁が裂けた。


ガンナーが落ちた先は――船の出入り口となる扉だった。


本来なら事故防止のために施錠されているはずの、開くはずがない扉が開いた。刹那、僅かに砂の混じった乾いた風が飛行船の中になだれ込む。


剣士「ガンナー!!」


魔法使い「嘘ッ?!」


騎士「!」


騎士が扉の方に身を乗り出す。勇者は咄嗟にその手を掴んだ。


勇者「騎士危ない!」


騎士「――離してッ!!」


騎士が勇者の手を振り払い、外に飛び出す。そして宙に投げ出されたガンナーの体をしかと抱きしめると、二人はそのまま下方に広がる森へと落ちて行った。


商人「騎士殿!?」


吟遊詩人「騎士! ガンナー!」


僧侶「ああもう、まったくあの人たちは……!」タッ


勇者「そ、僧侶、どこ行くんだ!」


僧侶「皆さんはこのままリエイドへ向かってください! 我々も後から追いつきます!」


魔法使い「ま、待って僧侶、まさか――」


仲間の制止の声も聞かず、騎士に続いて僧侶までもが飛行船から飛び降りて行った。


勇者「僧侶!!」

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