57 剣士「嫌な夢だな」
~夜、宿~
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「はい」
勇者「あのさ……俺って、こんなに弱くていいのかな」
僧侶「どうなさいましたか、突然」
勇者「いや、なんていうか、皆と一緒に旅をしてここまでこれたけど、ここまでこれたのは皆の力があったからで、決して俺が役に立ってたわけじゃないし。出会う魔物も強くなっていくなかで、俺個人の戦闘力は弱いまま。……このままじゃ駄目だと思うんだ。皆の力に甘えてばかりで、俺は自分の非力さを誤魔化してる」
勇者「ずっと思ってたんだ。……風とフラマが奇襲をしかけてきたことがあっただろ。ほら、剣士が毒ガスにやられて倒れたときの」
僧侶「はい」
勇者「あのとき、僧侶とガンナーが宿に入っていった後のことなんだけど……」
~回想。宿屋の前~
フラマ「どうした? ほら、かかってこいよ」
勇者「……魔法使い、騎士、さがってろ」
魔法使い「ゆ、勇者、気を付けて……」
勇者は剣を抜くとフラマに向かって走り出した。フラマが投げ掛ける火の玉を避け、一気に間合いをつめると剣を振りかぶる。
はじめの一撃は軽く避けられた。続く横薙ぎの剣撃もポケットに手を突っ込んだまま上体を反らしてかわされ、直前の攻撃の勢いをそのままに刃を斜め上に泳がすが、これもまた空を斬った。
遊ばれている気がした。
刀身に炎を纏わせ、正面に突き出す。確実に狙いを定めていたはずの一撃もさらりと流される。
当たるどころか掠りもしない。
フラマが軽く人差し指を振ると、その指先から炎が噴き出した。放射された火炎を体を捻ってかわそうとするが、完全には避けきれなかった。焼けるというよりは斬られたときのような痛みだ。魔法使いが悲鳴のような声で勇者の名を叫ぶ。
フラマ「どうした、そんなもんかよ?」
余裕の笑みを浮かべるフラマに、勇者は背筋が凍るのを感じた。しかし、ここで退くわけにはいかない。この男は強い。恐ろしく強い。だが、それでも立ち向かわなければならない。
剣を持つ手に力を込め、再び男に向けて駆け出した。自分が出せるもっとも強い力で、もっとも速い速度で、何度も何度も剣を振るう。
全てが楽々とかわされる。
違う、もっとだ。もっと速く、もっと強く。全ての攻撃が風を切る。
駄目だ。もっと、もっと、もっと強く。速く。
当たらない。
この男はまだ武器をとってすらいないのに。
フラマ「あのなあ」
フラマが片足をあげ、勇者の腹部を蹴り飛ばした。
勇者「ぐぁっ……」
魔法使い「勇者!」
フラマ「期待外れだわ。あいつらはなんでこんなのに負けたんだか」
フラマが指先で炎を操る。魔法使いが対抗するように水の玉を出現させると、フラマは鼻で笑った。
フラマ「やめとけって。どうせお前の水じゃ俺の炎は消せねえ」
魔法使い「そ、そんなの、わからないじゃない!」
フラマ「わからない? ハハッ、ほう、まだわからないってのか。じゃあ試してみるか? 俺はこの村に火を放つ。お前の力で消せるならそれでいい。ただのボヤ騒ぎではいオシマイ。……だが、もし駄目だったらそのとき――お前はどうする? お前のせいでまたひとつの村が滅ぶことになるぜ」
魔法使い「っ……!」
勇者「なんで魔法使いのせいになるんだよ……全部お前が悪いんだろ!!」
フラマ「そこの魔術師の女が力不足だから村は滅んだんだろ。知ってるか? 水をかければ火は消えるんだぜ? なのになんでお前には俺の炎が消せないんだ? え?」
魔法使い「う……」
フラマ「……弱いな。弱いから消せないんだ、半端者が。悲しいなあ、あのときお前がもっと強くて立派な魔術師だったら、何人かは助かったやつがいたかもしれないのになあ。知ってるか? あのあと村の奥に行ってみたらな、きたねえ沼の傍で十何人かの村人が体に泥水塗りたくって腰抜かして震えてたんだぜ。たしかそのなかにはそこのへっぽこ勇者によく似た女もいたような気がするなあ」
魔法使い「!」
フラマ「わかるか? お前が逃げたから助からなかったんだ。隠れてた村人も、お前の母親も。もしあのときお前が俺に立ち向かっていれば、そいつらが逃げる時間くらいは稼げたかもなあ」
魔法使い「そ、そんな……」
勇者「いい加減にしろッ! 魔法使いは悪くない、デタラメなことを言うな!」
立ち上がり、怒鳴り声をあげながらフラマに斬りかかるが、フラマは上体を横に反らして避け、そのまま勇者の鳩尾に拳を叩き込んだ。勇者が苦痛に呻き、咳き込みながら地に膝をつくと、その髪を掴んで無理矢理に立たせる。
フラマ「弱すぎるんだよ、ゴミが」
フラマは勇者の体を乱暴に放り投げ、火を放とうと構えをとった。しかし、宿の二階の窓から外に飛び出してきたビエントを見て動きを止める。
フラマ「なんだ、もう済んだのか?」
風「いや、邪魔が入った。一時撤退だ」
フラマ「チッ、これからってときによお」
勇者「う、ぐ……」
フラマ「運がよかったな、お前ら。……おい、ヘボ勇者。今のままじゃつまんねえ。次に会うときまでにもっと強くなって、もっと俺を楽しませろよ。でなきゃ死ぬぜ」
~・・・~
勇者「あのときまで俺は、一人で戦ったことがなかった。いつも皆と一緒にいて、いつも皆に助けられてきた。このままじゃ駄目なんだ。もっと、俺個人が力をつけないと。強くならないと。今のままだとフラマには絶対に勝てない」
勇者「今の俺には、大事な誰かを守れるような力がない」
僧侶「勇者さん、勝ちを急いではなりません。焦りは禁物。雑念は心に隙を生みますよ」
勇者「でも……」
僧侶「そんな突発的に強くなるだなんて、ガンナーじゃないのですから無茶です。まずは落ち着いて深呼吸をしてください」
勇者「でも時間がないんだ。俺がゆっくり力をつけていくのをあいつらは待ってくれない。なんとか短期間で、少しでも強くならないと」
僧侶「急いては事を仕損じると言うでしょう。それに、なにも腕力だけが強さではありません。策を練り、頭脳で戦うことも強さ。罠を仕掛け、戦う前に勝つのも強さ。魔術を巧みに操るもまた別の強さです。真正面から剣を構えて立ち向かうことは、それはたしかにわかりやすく単純でしょう。しかし、それで勝てなかった相手なら、その人とは別の強さで対抗するのも手です。少しベクトルを変えてみるだけで十分に戦えるものではないでしょうか」
勇者「ベクトル……?」
僧侶「そうです。火力で敵わないなら体力で。筋力で敵わないなら技術で。剣術で敵わないのなら魔術で。方法はたくさんあります」
勇者「で、でも、俺は体力も筋力も技術もないし、扱える魔法はほんの少しだけ。剣術だって、きっとあいつの足元にも及ばない。火力なんてもってのほかだ。武器をとらせることもできなかった。何にかけても中途半端で……フラマに勝てる部分なんて何もないよ」
僧侶「はたして本当にそうでしょうか。勇者さん、あなたにとっての強さとは、あなたが持つ『強さ』とは一体どういうものですか?」
勇者「え……」
僧侶「……もう夜も遅いです。今日のところはこのくらいにして、お休みになられてはいかがでしょう。まずは休んで体調を万全に保たなくては。疲れていては考えごともままなりません」
勇者「あ……うん」
僧侶「それに、この話の相談に適しているのは、きっと私ではありません」
勇者「それってどういう……」
剣士「」ガバッ
勇者「うおっ!?」
剣士「ハッ――ハァ……ハァ」
勇者「け、剣士? すごい汗……どうかしたのか?」
剣士「え、あ、ああ……お前ら、まだ起きてたのか……」
僧侶「……また例の夢ですか?」
剣士「ああ……」
僧侶「すみません。気付いていれば、すぐにでも起こしたのですが……」
勇者「夢?」
剣士「……最近、よく嫌な夢を見るんだ」
勇者「嫌な夢――って、どんな夢?」
剣士「それは……。……いや、なんだっけな、忘れちまった」
僧侶「顔色がよろしくありませんよ。……どうぞ、お水です」
剣士「……ありがとう」
勇者「剣士、大丈夫か? 疲れてるんじゃ……」
剣士「ただの夢だ。気にしないでくれ」
勇者「でも……」
僧侶「……剣士さん、これを」
剣士「なんだ? これ。……石?」
僧侶「お守りのようなものです。どうか、しばらくの間はそれを肌身離さずに持ち歩くようにしてください。無論、眠るときもお傍に置いていただきますように。術式を組み込んだものですから、それがあれば少しは楽になるかと」
剣士「? ……よくわからんが、わかった」
僧侶「それから、あまり気を張りすぎないでください。あなたはあなたの悩みや不安を、全て自分一人で抱え込む必要はありません。年長者であるからといって、無理は禁物です。つらいことなどがありましたら、遠慮なさらずご相談ください。それが聖職者たる私の役目ですので」
勇者「そうだよ剣士。僧侶だっているんだし、俺じゃ頼りないかもしれないけど、何かあったら言ってくれよ」
剣士「……ああ。ありがとな」
僧侶「では、おやすみなさいませ」
剣士「……」




