56 吟遊詩人「これからの予定?」
~深夜、甲板~
剣士「……」
僧侶「みなさんここで悩んでおられます。どうやらここは考え事をするにはもってこいの場所のようですね」
剣士「! 僧侶、どうしたんだこんな時間に」
僧侶「それはこちらの台詞というものです。剣士さんこそ、どうなさいましたか?」
剣士「いや……ちょっと外の風を浴びたくなっただけだ」
僧侶「そうですか」
剣士「……ああ」
僧侶「……」
剣士「……」
僧侶「何か……あるのですね」
剣士「……お前は鋭いな」ハァ、
僧侶「表情を見ればわかります。どうなさいました?」
剣士「いや……大したことじゃないんだ。ちょっと嫌な夢を見ただけで……」
僧侶「夢――ですか」
剣士「……昨日の夜も同じ夢を見たんだ。別に、似たような内容の夢を見ることくらいそこまで珍しいことでもないし、俺が気にしすぎるからまた見ちまっただけなんだろうけどな。流石に気分が悪いっつうか……だから少し時間を空けてから寝ることにしたんだ。部屋でただボーっとしてんのもなんだかなあ、って思って」
僧侶「なるほど、そうでしたか」
剣士「ああ。だから気にしないでくれ」
僧侶「……わかりました」
~翌日~
商人「時に勇者様。西大陸到着後はいかがなさるおつもりで?」
勇者「え、ああ、どうしようかな」
商人「む、無計画であられましたか……」
勇者「西大陸に行くことが決まったのが定期船が出る前日で、慌てて飛び出してきたから……何も考えてなかったな」
剣士「いつも何も考えてなかっただろ」
勇者「う」ギク、
魔法使い「吟遊詩人、西大陸ってどんなところなの?」
吟遊詩人「えっと、そうね……大陸の三分の一は砂漠よ。気候の問題もあるけど、西大陸の人口は他の大陸と比べると極端に少ないから、発展してる街もあまりなくて……うーん、言葉で説明すると難しいわね。直接行って見ればわかるわ。でも、船を降りたらまずは『セブレア』をこえることになると思う」
僧侶「セブレア砂漠――ですね」
勇者「砂漠? どうすんだよそれ、何も準備とかしてないぞ」
商人「心配には及ばず。西大陸には砂漠を越えるための飛行船があちこちにあるので、……敢えて徒歩で砂漠を渡る猛者もおられるようですが……それを使えば安全に砂漠をこえられるでしょう」
剣士「なら、考えるべきなのはその後のことだな」
僧侶「たしかセブレアの飛行船乗り場から一番近い街は、壁に囲まれた都『リエイド』ですね」
魔法使い「壁?」
商人「街の周囲の森には曲者共が跋扈しており、壁で街を囲っておかねば危険なのです。とくにリエイドは砂漠に最も近い位置にあります故……」
魔法使い「曲者て」
ガンナー「あそこはあんまり良いところじゃねえぞ。治安悪いし」ゴロッ、
勇者「ガンナー、起きてたのか」
商人「悪魔の目覚め……」ボソッ
ガンナー「あ?」
商人「ひぃ」
吟遊詩人「ま、まあ、あまりいい噂は聞かないわね」
魔法使い「そうなの?」
ガンナー「小金持ちが多くていけ好かないところだ」
商人「全体的に金くさい街ですね。儲かるという点に限れば、商売人としてはよいのですが……個人的には、好こうにも好けぬ街です」
吟遊詩人「貧富の差が激しくて、いろいろと極端なのよね。物価も高くて、お金がない人には厳しい街よ」
勇者「な、なんか凄まじいな。今まで巡ってきた街や村は平和だったんだ……」
魔法使い「マイナス要素しかないじゃん……なんか、あんまり行きたくないね」
僧侶「しかし飛行船を降りるころには日が傾き始めます。日暮れまでにリエイド以外で宿を探すというのはあまり現実的ではありません。商人さんも仰いましたが、あのあたりの魔物は昼間でも狂暴で手強いものが多いです。もし夜に間に合わなければ……野宿などしようものなら魔物たちの格好の餌食になりますよ」
勇者「ただでさえ夜は魔物が活発化して危ないのに、昼間ですら狂暴なのか? 野宿なんてしたらひとたまりもないな……」
ガンナー「なら嫌でもリエイドに一泊することになるだろ。まあ、大通りのほうは問題ないだろうけどな、あんまり出歩かないようにしろよ。……っつっても、夕方ごろにこの船を降りて港の宿に一泊して、それから飛行船に乗るから……だいたいリエイドに着くのはニ、三日後なんだけどな」
魔法使い「じゃあ忘れないようにちゃんと覚えておかないと」
吟遊詩人「もしその忠告を忘れてても、少し街を歩いてみればすぐに嫌になるはずよ。ガンナーですら敬遠するような場所ですもの」
ガンナー「おい、それは嫌味か?」
吟遊詩人「あ、いえ、そういうつもりじゃ……」
剣士「ま――まあとにかく、長居するつもりはねえんだから、なんとかなるだろうよ」
勇者「西大陸に着いたら商人はどうするんだ?」
商人「アッシも砂漠を越えた先に用があるので、リエイドまでは供をいたします」
魔法使い「そうなんだ! じゃあ、これからもしばらくよろしくねー」
商人「は――はい!」
~西大陸、港~
魔法使い「上陸ー!」
勇者「もうすっかり夕方だなあ。……お、あれが飛行船かな? 僧侶、飛行船の出発はいつごろかわかるか?」
僧侶「飛行船の出向時刻は天候や乗客の数などにも左右されますので、流石にそこまでは」
商人「ではアッシが伺って参ります! 今しばらくお待ちを!」
勇者「えっ、いや俺が行……って、行っちゃったよ。足速いなあいつ」
魔法使い「忍者に向いてるね」
ガンナー「女をパシリに使うとか俺でもしないわ」
勇者「パ、パシリって人聞き悪いな! 別にそういうんじゃないだろ今のは」
剣士「しっかし……見事に砂漠だな。こんな装備で大丈夫だったのか?」
ガンナー「大丈夫なんじゃないか?」
僧侶「セブレアだけでなく、砂漠のある地域には必ず飛行船がございます。何か砂漠に用がある場合を除けば、私たちが砂漠を徒歩で横断する必要はありません」
剣士「そうか。今立ってるだけで大分暑苦しいが」
僧侶「脱水症や熱中症にはご注意ください」
商人「勇者様ー!」
勇者「商人、どうだった?」
商人「は。出航は明日の朝になる様子、今日のところは港の宿屋にて待つがよいとのこと」
魔法使い「夕方や夜には出発しないんだね」
吟遊詩人「出る日もあるけど……今日は風が強いみたいね。砂が舞って視界が悪くなるから、そういう日は飛行できないのよ」
魔法使い「そっかあ。まあ、落ちたら確実に遭難するだろうしね」
勇者「その前に落ちた時点で死ぬと思う」
僧侶「砂漠はタチの悪い魔物が多く生息していますから、リスクは最小限に抑えなければなりません」
吟遊詩人「そう簡単に落ちないわよ……これから乗るってときにそういう話はやめましょ……」
魔法使い「ごめーん」
ガンナー「で、もし落ちたらどうする?」
吟遊詩人「あなた私の話聞いてた?」
勇者「皆、このまま立ち話っていうのも何だし、ひとまず宿に行こうか」




