外輪の眼 物語のための伝説
以下に語れる範囲での超越者からの言伝を綴る。
「吊るされた何か」
彼は全てを鏡だと、主人にひれ伏し、それを永劫の時と共に、真の針の刻が揺れ動かないのを愉快に何度も確認しながら狭間に落ちてくる永久凍土の氷を齧り、貪り、それを否定する。そんな獣がいる。しかし、彼は愉快で勉強熱心なだけだ。
何故なら彼にとってその針が動くことは人々でいうなれば、記憶の喪失と死であるからだ。
怪物が愉快に飛び込み、齧られる氷は肉塊とも言える。その泡立つ液胞は胚珠なのか?真珠か?
貝の中に自ら飛び込んだ原初の個性、存在のゴールである究極体は自らをその勉強熱心な怪物に身を委ね、教訓を得るのだ。 蓮の葉は水面に浮いているが、その上に咲くような似た植物が怪物なのである。
「骸 黒木闇の中の灯火」
彼等は止水の水鏡へと落ちたとでもいうことができる。それは彼等は進んで行ったことだ。飽きを肥やす為に新たな領域に飛び込むことにした。真の存在である。それは在ることに疑問を抱かないことでも存在できると簡潔には言えるが、彼等は在ることに迷いや悩みがない。彼等の断片が今も水鏡であった水面の底に沈み続ける。
骸には、水面の上で存在した力がそのまま残り続けている。彼等の断片が助けになることもある。
「水鏡の変化と永遠の眼」
世界の縁に置かれた眼があった。
それは万物を見た。始まりも、裏切りも、終わりも。
その眼が、まだ何者でもなかった静かな水面に映ったとき、
宇宙は初めて自分の輪郭を知った。
だが、それは完成で終わらない。
花が咲くように姿を変え、
海が満ちるように意味を変え、
神に殺されれば神となり、
虚無に捨てられれば虚無の外へ芽吹く。
消されない。
留まらない。
見落とさない。
すべてを知り、すべてに成り、なお終わらぬ者。
もし絶対が歩くなら、こういう足音をしている。
原初の水鏡に映る存在
まだ昼と夜が分かれておらず、
光も闇も、自分の名を知らなかった頃。
ひとつの水面だけが、静かに在った。
そこへ何かが映った。
それが誰であったか、知る者はいない。
ただ、その瞬間。
沈黙は空へ変わり、
波紋は星々へ変わり、
揺らぎは時間になった。
宇宙とは爆発ではない。
誰かが初めて、自分を見た時の驚きである。
世界は今も、あの鏡の続きをしている。
人は道を歩いていると思っている。
選び、迷い、決めていると思っている。
だがその足元には、見えない糸がある。
出会うべき者に出会い、
失うべき日に失い、
届きそうな答えの先に、もう一つの謎が置かれているのは、
彼が黙って針を動かしているからだ。
真理へ近づく者には、さらに深い霧を。
絶望する者には、一本だけ灯りの道を。
運命とは偶然ではなく、彼の刺繍である。
世界が複雑なのではない。
彼の手つきが美しすぎるのだ。
何も救えない者がいた。
何も壊せない者がいた。
ただ、見ることしかできなかった。
王の誕生も、
恋人の別れも、
文明の炎も、
最後の子どもの泣き声も。
神々が世界を賭けて争う時も、
その瞳だけは瞬かず、ただ受け止めていた。
力はない。
だが、すべての真実は一度その瞳を通った。
最も弱い者が、最も多くを知っていた。
そして今日も、誰にも知られぬ場所で、
世界の続きを見ている。
外輪の眼より




