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鏡の迷路の中で

 鏡の中で、無数の通路が重なっている。

 

 どこが正しいのか。

 どこが行き止まりなのか。


 視線を逸らした瞬間に、位置の感覚がズレる。


 そのとき__


「……ねぇ」


 声がした。

 二人の足音が同時に止まる。


「……誰か、いる?」


 少しだけ高い声。

 緊張しているのが分かる。


 僕は反射的に視線を巡らせる。


 鏡の中に、いくつもの人影が映る。

 その中の一つが、わずかに動いた。


「……あ」


 少女だった。

 制服姿、長い髪をまとめている。


 鏡越しに、こちらを見ている。


「よかった……人いた……」


 安堵したように、小さく息を吐く。

 けれど、その足取りは不安定だった。

 一歩、こちらへ近づこうとして__

 鏡にぶつかる。


「っ、あ……」


 乾いた音が響く。


「あれ……?」


 困惑したように周囲を見回す。


「ちょ、これ何……?意味わかんないんだけど……」


 声が、少しだけ荒くなる。


 それでも、無理に明るさを保とうとしているのがわかる。

 

 僕は、一瞬だけ目を伏せ、そえれから顔を上げた。


「……大丈夫ですか」


 出来るだけ穏やかに、声をかける。

 少女はパッと顔を上げた。


「あ、いた……!」


 今度は、正しい方向に一歩踏み出す。

 数秒の迷いのあと、ようやく僕らの前まで辿り着いた。


「助かったぁ……マジでヤバくてさぁ……」


 息を整えながら、軽く笑う。

 その笑いは、少しだけ無理をしている。


「ここ、さっきからずっと同じとこぐるぐるしてて」


 肩をすくめる。


「親ともはぐれるし、ほんと最悪なんだけど……」


 言いながら、ちらりと僕らを見比べる。


「……あのさ」


 ほんの少しだけ、声のトーンを落とす。


「一緒に行ってもいい?」


 軽く言っているようで、その奥に、不安が滲んでいる。


「一人だと、ちょっと無理、かも」


 正直な言葉だった。

 

 僕は、すぐには答えずに、視線だけを隣へ向ける。

 言葉は使わない。ただ、”どうするべきか”を、静かに問いかける。


 榊原さんは、視線を受け止める。


 一瞬だけ、間が空く。


 鏡の中で、無数の自分たちが同じように立ち止まっている。


 それから__


 わずかに、頷いた。

 ほんの小さな動きだった。

 けれど、それで十分だった。


 僕は、少女へと視線を戻す。


「……構いません」


 穏やかに、そう答える。


「はぐれないように、近くにいてください」


 少女の表情が、ぱっと明るくなる。


「ほんと?ありがと」

 

 安堵したように笑う。


「あたし、鈴原梨乃」


 軽く名乗る。


「りのちゃん、とか気軽に呼んでね」


 気軽な調子だった。

 けれど、どこか距離の取り方が上手い。

 僕は小さく頷く。


「和泉湊です。お好きなように呼んでください」


 それから、隣を軽く示す。


「……こちらは、榊原累さん」


 梨乃さんはちらっと榊原さんを見る。


「へ~」


 軽く笑う。


「なんか、二人とも落ち着いてんね」


 僕らは、特に反応しなかった。

 ただ、ほんのわずかに視線を逸らす。


「……じゃ、行こっか」


 軽く言って、再び歩き出す。

 

 三人になる。

 足音が、一つ増える。

 

 鏡の中で、三人分の足音が重なる。

 規則的だったはずのリズムが、わずかに乱れる。


「ねぇ、これさ」


 梨乃さんが前を覗き込みながら言う。


「どこ行けばいいの、マジで」


 軽い調子を保ってはいるが、声に焦りが混じる。


「さっきから、全然出口っぽいとこなくない?」


 僕は、少しだけ考えるように視線を落とす。


「……そう、ですね」


 落ち着いた調子で返す。


「ただ、同じ場所には戻っていません」

「え、ほんと?」

「はい。少なくとも、先ほどよりは進んでいます」


 簡潔に説明する。


 梨乃さんは「ふーん」と頷きながらも、どこか納得し切れていない顔をする。


「でもさ、それってさ」


 ちら、と榊原さんの方を見る。


「この人がいるからじゃないの?


 無邪気な指摘だった。

 榊原さんは、答えない。

 代わりに、歩く速度をほんのわずかに調整する。


 __僕の歩幅に合わせるように。


 梨乃さんの方は見ない。


「……榊原さん」


 僕が静かに呼ぶと、彼は振り返る。


「なぁに」


 すぐに返事が来る。その距離は近い。

 袖をつかむ手の感触が、まだそこにある。


「この迷路は」


 言葉を選ぶ。


「ある程度、規則性はあるんでしょうか」

「……どうだろうね」


 榊原さんはあいまいに答える。


「あるようにも見えるし、ないようにも見える」


 それ以上は言わない。

 

 けれど、その言葉の後__


 わずかに進路を変える。


 迷ったようには見えない。

 ただ、”選びなおした”ような動きだった。


(……今のは)


 僕は何も言わない。

 けれど、見つめる。その選択の瞬間を。


 僕のその様子に、梨乃さんは気づいていないようだ。


「てかさぁ、出口ってほんとにあんの?」


 軽く言いながら、鏡を指で叩く。


「こういうのってさ、ずっと出れない系とかじゃないよね?」


 不安を冗談で包んだ声。

 榊原さんは、そこで初めて視線を向けた。

 ほんの一瞬だけ。


「あるよ」


 短く、そう言う。

 それだけだった。それ以上は続けない。


 梨乃さんは「ならいいけど」と軽く返す。

 けれど、その答えにどこか納得しきれない表情を浮かべる。


 __次の分岐。


 正面は行き止まりに見える。

 右は鏡が多く、複雑そうだ。

 左は、やや開けている。


 榊原さんは、一瞬だけ足を止める。

 

 ほんの一瞬だけ。


 それから、迷いなく__左を選んだ。


(……違う)


 僕はすぐに気づいた。

 さっきまでの”選び方”と、微妙に違う。

 正解を選んでいるのではない。


 ”調整している”。


 そんな感覚。

 けれど、その理由まではわからない。


 ただ一つ。


(……遠回りをしている)


 確信だけが、静かに積み重なっていく。


「……ねぇ」


 その時、梨乃さんが小さく声をかける。

 足を止める。


「さっきさ」


 少しだけ、声のトーンが変わる。


「……あたし、映ってなかった気がするんだけど」


 空気が、止まる。

 鏡の中に、三人が映っている。

 けれど、その配置が、どこか微妙にかみ合っていない。


「……気のせい、なのかな」


 梨乃さんは、自分でそう言って、笑う。

 けれど、その笑いはさっきよりも不安定だった。

 

 僕も、榊原さんも、何も言わない。

 ただ、視線をわずかに動かす。


 鏡の奥。


 そこに映る”二人”を、確認するように。


 榊原さんは__


 何も言わない。


 ただ、歩き出す。


「行こう」


 短く。ただそれだけ。

 そしてまた一つ、


 __最短ではない道を選んだ。

実は結末は決まってないんですよね。

こうしたい、はあっても、そうなるかどうかは別、みたいな。

長さもどれくらいのものになるかわからないし、途中で投げ出しちゃうかもしれないし。

これまで、最後まで描き続けられたことなんてないので。

だけど、これだけは続けられたらなって、思ってます。

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