8話
目の前には、色っぽい光ちゃんがベッドに仰向けで寝ている。
「文香ちゃん、早く」
甘えるような声が響き、脳が痺れていく。
雰囲気に流される、てこういうこと?
私は光ちゃんに吸い寄せられ、顔を近づけていく。
「……」
悪戯……光ちゃんがやったように耳を食べてみよう、けど首も美味しそうだ。うん、首にしよう。
私は光ちゃんの首元に顔を近づけた。
後少しで、首元に唇が触れそうな時、アラーム音が鳴った。
「っ……」
ピクリと身体が強張った。
一体、何をしようとして……?
「文香ちゃん、残念。時間切れ」
アラーム音の正体は光ちゃんのスマホだった。
どうやら、ラブホテルを出る時間らしい。
「ほら、文香ちゃん。着替えないとダメだからどいて」
「………………あっ!」
自分の状態に気が付き、私は慌ててベッドから離れた。
部屋の隅で雰囲気に流された自分の行動を思い出し、頭を抱えていると、ポンポンと優しく頭を叩かれた。
「着替えないと時間過ぎちゃうよ」
「……うん」
私は立ち上がると、着替え始めた。
会計を済ませて、ラブホテルを出る。
「さて……では、姉妹ごっこも名残惜しいけど終了です、文香先輩」
「……うん」
名残惜しくはない。むしろ、羞恥プレイだった。
「あ、今日楽しませてくれたお礼しないとですね」
「お礼……」
光ちゃんがニコリと笑った。
「い、いら……っ!」
嫌な予感がして断ろうとした。言い切る前に光ちゃんが私の首筋に顔を埋める。
「っ……」
「ふふ、上手にできました」
突然の状況に動揺していると、光ちゃんが私を写真に撮り、スマホを見せてきた。スマホには真っ赤な顔をした私が映っていた。
「文香先輩、ここです」
光ちゃんが写真を拡大する。私の首筋には赤い印があった。
思わず首筋を触り、私は口を開いた。
「キ、キスマーク……!」
「正解です」
「っ……」
楽し気に笑う光ちゃんだけど、私にとっては深刻だ。誰かに見つかれば、あらぬ誤解をされてしまう。
「では、文香先輩。今日はありがとうございました。また、デートしてくださいね」
光ちゃんはそう言って、私に背を向けて歩き始めた。
命令でデートしたけど、楽しくなかったと言えば嘘になる。
「……」
それでも、このキスマークだけは許せん……!
***
休日が終わり、学校に向かう途中、蒼ちゃんの家に寄る。
蒼ちゃんの家は通学路の途中にあって、いつも一緒に登校している。
チャイムを鳴らすと、蒼ちゃんのお母さんが出迎えてくれた。
「おはよう、文香ちゃん」
「おはようございます……蒼ちゃんは?」
「蒼たら、まだ起きてこないのよ」
「……起こしてきますね」
「お願いするわ」
私は階段を上がり、二階へ。
蒼ちゃんの部屋の扉をノックする。
「蒼ちゃん、起きてる?」
声を掛けるが、返答なし。もう一度声を掛けてみるが、返答がないので、扉を開ける。
ベッドの横に座り、蒼ちゃんの顔を覗き込む。
「あ、蒼ちゃん……!」
私は蒼ちゃんの顔を見て、思わず尻をついた。
「あぁ……文香か」
声に覇気がない。目の下には隈が出来ていて、ゾンビが這い出すようにベッドから出て来る。
「……ど、どうしたの? 体調悪い? 病院行く?」
病気や怪我などとは無縁の蒼ちゃんが弱っている。緊急事態に違いない。
「大丈夫……寝れなかっただけだ……」
「寝れなかった……?」
「……デート、で……その……最低なことした」
蒼ちゃんは頭をかいて、私から目を逸らした。
デートの時、蒼ちゃんはホテル街で光ちゃんを置き去りにして逃げてしまったのだ。
光ちゃんは気にしている様子は無かったけど、私がそれを口にすることはできない。
「だ、大丈夫……! また、次のデートで頑張ろうよ……!」
「次か……次はあるのか……?」
「……」
蒼ちゃんが完全にグロッキーだ。
元気を出して欲しいけど、掛ける言葉が見つからない。
「蒼ちゃん、今日は学校休もう」
「学校休む? 風邪じゃないのに?」
「で、でも、そんな状態じゃ無理だよ……!」
「……大丈夫だ。このくらい」
蒼ちゃんはベッドから立ち上がる。フラフラとした足取りで歩き始めると、バランスを崩して、顔面から壁にダイブしていた。
「あ、蒼ちゃん……!」
「……」
打ち所が悪く、鼻血を出していた。
「すまん、今日は休む」
「うん、帰りにプリン買ってくるね」
「ありがとう」
蒼ちゃんはベッドに寝転がった。
「じゃあ、お大事に」
「ああ」
蒼ちゃんの部屋を出て、階段を降りると、リビングから蒼ちゃんのお母さんが出てきた。
「蒼ちゃん、体調悪いみたいで」
「蒼が、体調不良……そんな機能あったのね」
「……」
機能、て……蒼ちゃんは人間。
「文香ちゃん、ありがとう。学校には私から連絡するわ」
「お願いします」
私は蒼ちゃんの家を出て、学校に向かった。




