3話
蒼ちゃんが告白して一週間が経ったけど、返事はまだ来ていない。
「はぁ……」
蒼ちゃんが窓の外を眺めながら、ため息を吐く。
題名をつけるなら恋に悩む乙女。
けど、机の上にある山盛りのおにぎりが台無しにしていた。
蒼ちゃんは無意識におにぎりを食べていた。
「……」
蒼ちゃんは大食いだけど、お腹に肉がついているわけではない。栄養は全て豊かな胸に入っているのだ。対する私は真っ平で、食べ過ぎれば、お腹に栄養が溜まる。
世の中、なんて不公平なんだ……!
「蒼ちゃん」
「……」
呼び掛けるが蒼ちゃんからの反応がない。これは重症……!
私は蒼ちゃんの肩を掴もうと手を伸ばした。
「え?」
途中で蒼ちゃんに手を掴まれる。そして、手は蒼ちゃんの口元に運ばれる。
嫌な予感がした。けど、時すでに遅く、蒼ちゃんは私の手に噛みついた。
「い、痛いっ……! 痛いよ! 蒼ちゃん……!」
「……ん? あ、ごめん」
蒼ちゃんが私の手を離した。
手を見ると、歯形がくっきりと残っている。
***
放課後、いつもなら、蒼ちゃんと一緒に帰る。けど、今日は蒼ちゃんはバスケ部の助っ人に行ってしまった。
私は一人廊下を歩いていると、後ろから声が掛かった。
「緑川先輩」
「っ……」
蒼ちゃん以外にあまり名前を呼ばれることが無いため、恐る恐る振り返る。
蒼ちゃんが告白した女の子が立っていた。
「すいません、少しお話ししたい事があって……今から大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫」
一体、何のようだろう。
私は彼女の後をついていく。そう言えば、名前も知らない。
連れてこられたのは空き教室。
知らない人と二人きり。正直、逃げ出したい気分。
「突然、すいません。私は一年の七瀬光です」
「私は……緑川文香です……話って……」
「はい……ご存知かと思いますけど、緑川先輩の友達の夏目先輩から告白されてまして……」
「……」
もしかして、私から断って欲しい、て話……!
む、無理……! 蒼ちゃん、絶対泣いちゃうもん……!
「その……夏目先輩のことを色々と教えていただきたくて」
「蒼ちゃんのことを……」
私は唇を噛み締めた。
蒼ちゃんのことを聞くってことは、興味があるってこと。これは脈ありと言っても良い……!
けど、私の説明次第じゃ、ダメになるかも。それでも、蒼ちゃんに日頃の恩を返すチャンスだ。
「えーと……蒼ちゃんは……とっても運動神経がいいです……! この前も……その三階から飛び降りても怪我しなかったし……後は、色々な部活から助っ人も頼まれてて……勉強はからしきだけど……必死に頑張る姿も……」
私は拙い言葉で、蒼ちゃんについて語る。
もし、蒼ちゃんと七瀬さんが付き合うことになったら、私と過ごす時間は減るだろう。寂しいけど、蒼ちゃんの幸せのために、私は我慢しよう。
「よく分かりました。緑川先輩にとって、夏目先輩てどんな存在ですか?」
「蒼ちゃんは……私の大切な友達」
「大切な友達……」
七瀬さんは口元に手を当てた後、口を開いた。
「緑川先輩、取引をしましょう」
「と、取引……?」
私が首を傾げていると、七瀬さんは近づいてきた。
思わず後退り、壁まで追い込まれた。
逃げ場がなくなり、視線を逸らすと、七瀬さんは壁に手をついて、私に顔を近づけた。
「夏目先輩と付き合うので、緑川先輩は私と付き合ってください」
「……ん?」
蒼ちゃんと付き合う?
そして、私とも付き合う?
「二股……?」
「そうなります」
「む、無理……」
私は首を横に振った。
そもそも、七瀬さんは何を言ってるんだ……?
「断っても良いですけど……その場合、私は夏目先輩の告白を断ります」
「っ……」
「もしかしたら、夏目先輩がショックを受けるかも……」
泣いている蒼ちゃんの姿を想像して、思わず唾を飲み込んだ。
「……どうして」
「はい?」
「どうして、私と付き合いたいの?」
正直言って、私には魅力はない。胸もないし、スタイルも良いわけではない。告白だってされた事は無いのだ。
「うーん……それは、秘密です」
「……秘密」
「さあ、どうします緑川先輩。あなたの決断次第で、夏目先輩は泣いちゃいますよ。でも、あなたが付き合う事を承諾してくれるなら、みんなハッピーです。誰も傷つくことはありません」
「……」
ど、どうしよう……!
ぎゅーと手を握り締める。
普段から私はこう言う決断から逃げてきた。いつもなら、蒼ちゃんが助けてくれるが、隣に蒼ちゃんはいない。
「十、九……」
「っ……ま、待って……」
「待ちません。ほら、チャンスが無くなっちゃいますよ」
七瀬さんはカウントダウンを続ける。
ダメ……! 私には決められない……!
悶々としていると、カウントダウンが三秒を切った。
ふと、脳裏に泣いている蒼ちゃんの顔が浮かび、気づいたら私は口を開いていた。
「……わかった……七瀬さんと付き合います……」
「そうですか……では、私のことは名前で呼んでください。私も文香先輩と呼ぶので」
「……うん、ひ、光ちゃん……っ!」
「よろしくです。文香先輩」
光ちゃんは私に手を差し出した。私が恐る恐る握ろうとすると、光ちゃんは私の手を掴み、抱き寄せてきた。
「ひゃっ……」
いつの間にか、腕を後ろに回されて、抱きしめられていた。
「恋人の挨拶て、ハグが相場なんですよ」
「そ、そうなんだ……」




