第二十話
山田みどりに会った次の日
僕は脳外科と精神科の病院を梯子してもう一度脳に異常がないか精密検査を受けた後、家に戻ってから途方に暮れてジュースを飲みながら塞ぎ込んでいた
「でも良かったじゃない、」
悠里は、僕の正体が「轟木哲也」とか訳の分からない空想上の男子高校生ではなく、あくまでも「東郷忠良」が一時的に記憶障害を来して自分の考えた小説の登場人物の人格に成り切っているだけ、と言う状況に比較的満足している様だった
「直ぐに良くなるわよ、」
「……、」
そう言われても、僕は未だに自分が「轟木哲也」ではない事を信じる事ができないでいた、だってこの僕が「轟木哲也」である事はこの僕が誰よりも一番理解しているからだ
「大体、魂の入れ替わりとか、異世界転生とか、現実にはあり得る訳がないんだもの、いい加減に観念したら?」
そう言って悠里は楽天的に笑う
それから0.5秒後、「ピンポン!」……と来客を知らせる玄関のベルが鳴る
「はーい、」
と悠里がドアを開けた向こう側には、神妙な顔をした小百合が立っていた
〜〜〜
「それで、どうだったの?」
「MRIの結果では特に脳に異常は無し、詳しい結果は一週間後だそうよ、」
悠里と小百合はいつの間にかタメ口で話をする様になっていたらしい
「それで、この先二人はどうするつもりなの?」
悠里がテーブルに立て肘をついて顎を乗せてジト目で僕と小百合を睨む
「どう、って?」
「本当に結婚するつもりなの?だったら色々ちゃんとしてよね、」
そう言えばそう言う設定だった事を今になって思い出す僕、
「そう言うのは、たっつぁんの記憶が戻ってからかな、」
「娘の私が言うのも何だけど、こんな中年オタクの何処が良い訳?」
と、呆れ顔でため息を吐く悠里
で、何故か顔を赤らめて目を伏せる小百合
「それでまさかこの歳になってから弟が出来るとかあったりする訳?」
「それは、……女の子かも知れないじゃない、」
この二人は一体何を話しているのだろう
「二人とも良い大人なんだから何も言わないけど、自分と三つ違いの小百合さんの事を「ママ」って呼ぶのだけは無理っぽいから勘弁してよね、」
「それは、別に良いけど、」
本当にこの二人は何の話をしているのだろうか?
〜〜〜
この先「東郷忠良」が戻ってきて悠里や小百合と以前の様な暮らしを再開する、と言う事はつまり、その時、今ここにいる僕=「轟木哲也」は一体どう言う事になってしまうのだろうか?
元々僕はこの世界には存在しないタダの空想の物語の登場人物なのだとして、「東郷忠良」の復活は僕の死を意味するのだろうか? いや、元々生きた人間ではないのだから死ではなくて単なる消滅か
それは悲しみではなく痛みでもなく、僕以外の者にとっては取るに足らない生化学的現象の一過程にすぎないのかも知れない、では僕にとっては?
これは考えてみれば「自分が夢を見ていると自覚している夢」の様な物なのかも知れない、だとしたらもう暫くの間、僕が消滅してしまうまでの間は、この禿げ親父の鍛え抜かれた身体と一億円の現金と美人の恋人と可愛い娘を、チビでメタボで何の取り柄もない高校2年生男子の「轟木哲也」が好きに使わせてもらう位の事は、許されて然るべきだと僕は思うのだ
完




