第19話「どんな大人に」
「なぁ、ま」
「ねえルード! アルシーナが、いまあたしのことおねーさんって言ったわ!」
「言うわけ……」
言うわけないですよ。
そう答えるのは簡単だったが、瞬間虫の知らせが働く。
「……言ったかもしれないですね」
「うんうん、アルシーナはかしこいわね」
ミュゼル嬢はすっかり気を良くされたご様子。
……最近になって、彼女の扱いに慣れてきた自分がいる。
こちらとしてはやりやすくて助かるが、しかしその一方で、魔王軍四天王の一人である俺が、人間の幼児の顔色を窺うのに慣れるというのもまた、なんというか……
いや、深く考えるのはよそう、これは精神衛生上よろしくない……
ところでミュゼル嬢は、かれこれ一時間ほどアルシーナにつきっきりだ。
自らの指を握らせてみたり、時折見つめ合ったり、まるで赤ん坊が二人に増えたようである。
「赤ちゃんってふしぎね、こんなに小さくて、なにもできないのに、いつかあたしたちみたいに大きくなるなんて」
「……楽しいですか? ミュゼル嬢」
「それなりだわ」
などとすました風に言いながらも、夢中で指を握り合っている。
アルシーナはべつだん嫌がる風ではないので、好きにさせているが……毎度のことながら、よくもまあ飽きないものだ。
「ねえルード」
「なんでしょうかミュゼル嬢」
「あたし、ずっといもうとがほしかったの」
ミュゼルはアルシーナの頬を指でつつきながら、しみじみ言った。
「だっていもうとができれば、まいにちお話ができるわ」
「……そうですね」
「おしゃれのお話とか、まだ見たことのないとかいのお話とか……きになる男の子のお話とか、あたしのいもうとだもの、きっと話があうわ……でもおんなじ男の子をすきになったりしたら」
そこまで言ってから、ミュゼルはおもむろにこちらへ振り返った。
そしてそのまま、値踏みでもするように俺のことを見つめると
「……ゆゆしきじたいね」
なにやら神妙な顔で呟いた。
想像力豊かなお嬢さんである。
「でも、やっぱりすてきだと思うわ、いもうとがいたら」
「ミュゼル嬢が思っているほどいいものじゃないかもしれませんよ、大変なことも……」
「――アルシーナは、どんな大人になるのかしら」
ミュゼルが何気なく言った言葉に、俺はぴたりと固まってしまう。
当のアルシーナはミュゼルの指を繰り返し、確かめるように握り、そしてミュゼルは、どこか夢見心地にそんなアルシーナを眺めていた。
「びじんさんかしら、おしゃれさんかしら、それともあたまがよくなる? クロエおばさまににて、とってもスリムでやさしいおかあさんになるのかもね」
「……もしそうなら、俺も助かるんだけどな」
「? ルード、いまなにかいった?」
「いいえ、なにも」
俺はかぶりを振った。
魔王ギルティア様の言っていたことが正しければ、アルシーナは勇者である。
世界の意志、通称「勇者システム」によって選出された、世界で唯一勇者としての資格を持つ者。
勇者としての能力に覚醒するのがいつになるかは分からない。
十年後か、二十年後か……まるで見当もつかないが、確実に資格は与えられているのだ。
――そして勇者は、必ずや魔族の脅威となる。
それはすなわち、いずれ魔王軍四天王の一人である俺と対立するであろうということ。
(……方針を固めなくてはいけないな、今後アルシーナをどうするべきか)
俺は横目でアルシーナを見やる。
アルシーナは実に呑気なことに、ミュゼルの指を握ったまますうすうと寝息を立てていた。
「あら、ねちゃったわ」
「……きっと遊び疲れてしまったのでしょう」
ミュゼルはそのまましばらくの間、アルシーナに指を貸していたが、やがてその手の力が緩んだのを見るなり、ゆっくりと手を引き、そして――
「じゃ、つぎはあたしたちがあそぶばんね!」
ああ、そうくると思っていたよ、ちくしょう。
「あ、遊ぶと言っても、ほら、アルシーナの面倒を見る人が……」
「――あら、アルシーナなら私に任せて、行ってきなさい」
振り返ると、いつの間にかクロエが後ろに佇んでいて、にっこりと微笑みかけてきていた。
毎度毎度、彼女は間が悪すぎる!
「というわけでいくわよルード!」
逃げる暇も、せめて考慮する暇もなかった。
問答無用である。
俺はミュゼルに強引に腕を引かれながら「せめて今日は何事も起こらず、早々に解放されますように」と願った。
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願った、願ったはずなのだが、よくよく考えなおしてみれば、虫たちに神はいない。
これは先日俺自身が言ったことである。
そのせいだろうか、そのせいなのだろうか。
家を飛び出し、いつも通り「夜の森」へと立ち入った俺たちが、早々に木立の陰に隠れた彼女を発見してしまったのは。
「る、ルード……これって、まさか……し、しし……!」
慌てふためくミュゼル。
その視線の先には、木々の根元で力なく身体を横たえた一人の女性の姿がある。
世にも珍しい銀髪とコントラストをなす茶褐色の肌、近くには彼女のものとおぼしき長剣が転がっている。
先述の、浮世離れした見てくれもさることながら、目を見張るような美貌の持ち主だが――しかし、なによりも目を惹くのは、つんと尖った耳である。
「……これは珍しいですね」
俺は横たわる彼女のすぐそばに腰を下ろして、彼女の顔を覗き込んだ。
かすかだが、呼吸はしている。
そして、虫たちのいやにはしゃぐような振る舞いを見て、確信した。
「彼女、ハーフエルフです」
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