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第13話「第三問」


 その夜、母親手製のきのこのシチューでお腹をいっぱいに膨らませたミュゼルは、実に満ち足りた気持ちでベッドへ飛び込んだ。

 窓から月明かりが差し込んでいる、今日は満月だ。 


「はあ、きょうは本当にたのしかったわ」


 ミュゼルは、他に誰もいない部屋で独り言ちた。


「ルードと森へいって、スケさんに会って、ルードったらあっというまにスケさんをばらばらにしちゃって……」


 くすり、と思わず笑みがこぼれる。


「それでスケさんったら、あたしに……」


 途端に笑みを消して、ミュゼルはぞわりと全身を震わせた。

 スケさんに手渡された野ネズミの骨の感触が手のひらに蘇ったからだ。


「……やっぱりスケさんはきらいよ、レディにあんなものわたすなんて、どんなしんけー(・・・・)してるのかしら……」 


 ミュゼルはひとりぶつくさと文句を言って、しかしすぐに満ち足りた笑みを取り戻す。

 なんだかんだあっても、楽しかった。


 ルードと一緒に「夜の森」を探検したこと。

 スケルトンのスケさんに出会ったこと。

 そして、なにより……


「……またいっしょにあそぶって、やくそくしてくれたわ」


 他ならぬルードが約束してくれたのだ。

 また遊んでくれる、すなわちまた今日のような冒険をともにしてくれると。

 そう考えるだけでたまらなくなって、ミュゼルはベッドの上で足をばたつかせた。


「こんなのねむれないわよ!」


 どうにもこうにも目が冴えてしまう。

 でも、眠らなければ明日にならない。

 明日になったら、ルードが遊んでくれるかもしれないのに……


「はあ、たのしみだわ」


 ミュゼルは枕を抱きしめながら、寝返りを打った。

 窓の外からは、どこまでも丸い月がこちらを覗いて――いない。

 満月は、何かの影に遮られている。


「……え?」


 窓の外には、いつからそこにあったのか、人影があった。

 人影は静かにそこに佇んで、微笑みながら(・・・・・・)こちらを見下ろしている。


「ぼくし、さま……?」


 いつも通り教典を携えたサマト牧師は、囁くように言う。


「いけない子だなぁミュゼルは、おやすみの前のお祈りがまだだよ」


 なにがですか。

 そう問いかけようとして、しかしミュゼルの口から言葉は出なかった。

 喉が引きつって、声があげられない。

 サマト牧師の微笑みに、言いようのない恐怖を感じている自分がいることに、ミュゼルはここでようやく気が付いた。


「第三問」


 サマト牧師が、窓枠に手をかける。

 ミュゼルはすかさず逃げ出そうとして――


「嘘を吐いた悪い子は、いったいどうなってしまうでしょうか?」


 突如視界が暗転し、ミュゼルは意識を失った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ミュゼルが目を覚ました時、そこは冷たい床の上であった。


「……あれ? あたし……」


 ミュゼルは反射的に起き上がろうとして、しかしそれが叶わないことを知る。


「なに、これぇ……っ!?」


 手足が荒縄で縛られている。

 ミュゼルのうすぼんやりとした思考は、ひどくかき乱された。

 パニックに陥り、呼吸が乱れる。


 ここは、ここはどこ?

 いえじゃない! おかあさんは? おとうさんは?

 つめたいゆか、いす、ステンドグラス(・・・・・・)

 くらくてきづかなかったけど、ここは教会だ!

 でも、なんで……!


「目が覚めたかい、ミュゼル」


 頭上から声、ミュゼルが咄嗟に声の聞こえたほうを見やる。

 そこには薄闇の中、窓から差し込む月明かりを頼りに、教典を読み込むサマト牧師の姿があった。

 心臓の鼓動が加速する、喉がからからに乾いていく。


「ぼ、ぼくしさま……どうして……」


「どうして? ミュゼルは賢いから分かるだろう? 君は僕に嘘を吐いたんだ」


 サマト牧師は教典を閉じ、ミュゼルの下へ歩み寄る。

 そして身を屈めて、彼女の顔を覗き込んだ。

 その表情には相変わらず、貼り付けたような微笑がある。


「森に入っては駄目だと言っただろう? それなのに君は言いつけを破って森へ入っただけでなくボクに嘘まで吐いた、神様はもうカンカンだとも」


「ご、ごめんなさい、でも、あたし……!」


「ミュゼル? 彼は言い訳が嫌いさ、知っているだろう?」


「だ、だれかたすけ――!」


「おっと叫んでも無駄だよ、ここは村の外れ、どれだけ叫んでも誰にも聞こえないさ、大体ボクがどうして君の目と口を塞いでいないのか、賢いミュゼルなら分かるんじゃないのかな?」


 サマト牧師はそう言って、懐から取り出した別の教典の1ページ目を開き、ミュゼルへと突き付ける。


「――唱えなさいミュゼル、一言一句間違えてはいけないよ」


「なにをいっているんですか、ぼくしさま……!? あたし、わかりません……!」


「鈍いなぁミュゼル、要するに」


 サマト牧師が、懐からある物を取り出す。

 ソレは、月明かりを鋭く返して煌めく――一本のナイフであった。


「ボクがこれからこのナイフで君を少しずつ刻んでいく、だからミュゼル、君は口が利けなくなる前に頑張って教典を読み終えるんだ、そしたら君みたいに罪深い子でも、もしかしたら天国へ行けるかもしれないだろう?」


 ミュゼルは絶句した。

 目の前の彼が、微笑みながら何を言っているのか、まるで理解できなかった。


 ただ一つ、混迷を極めた彼女の幼い頭でも理解できること。

 それは、自分が今から彼に殺されてしまうだろうということだけだ――


「たす……けて……!」


 自らの死を確信した途端、とうとう今まで必死の思いで堪えてきた涙が彼女の頬を濡らした。

 そんな彼女のさまを見て、サマト牧師は歪に口元を歪める。


「大丈夫、彼は必ずや君を助け、天国へと導いてくれるとも! だから読み上げるんだ! さあ1頁1行目!」


「だれか、だれかたすけ……!」


「読み上げろと言っているだろうミュゼル! それとも一緒に読もうか!? 一緒に読もっか! じゃあ行くぞ! せーの――!」


 サマト牧師が狂気に満ちた表情でナイフを振り上げる。

 掲げたナイフの切っ先がぎらりと輝き、そして――


 ――次の瞬間、彼の額にはやけに骨ばった指(・・・・・・・・)が添えられていた。


「ん?」


 突然のことに固まるサマル牧師。

 そしてその背後には、コツコツと顎骨を鳴らしながら喋る彼の姿――


『せーの、はいっ!』


「う、うおおおおおおおっ!!?」


 突然の闖入者があげた、どこか間の抜けた掛け声とともに、サマル牧師の身体が宙へ舞った。

 更にそのまま数メートルもすっ飛んで行って、壁に突っ込み、激しくその身体を打ちつける。


「がべえっ!?」


 牧師が悲痛な叫びをあげ、その場に崩れ落ちた。


 しかし、ミュゼルはもはやそんなもの眼中にない。

 彼女の瞳の中には、月明かりに照らされた彼の姿しか映っていなかったのだから。


『まったく、受け身の一つもロクにとれないのですか、坊ちゃんは吹っ飛ばされながら私の頭蓋骨まで外したというのに』


「あ、あなた……!」


 彼はその落ちくぼんだ眼窩で彼女を捉え、顎骨をかくかく鳴らしながらおどけた調子で言う。


『では、ここで骨身に染みるアドバイスをば……教典なんかより絵本の方が楽しいです、特に子どもにとってはね』


「スケさん!!」


 喋り動く愉快な骨ことスケさんは、牧師のものとは違う優しげな笑みを彼女へと向けた。


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