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第12話「子どもが眠る場所」


 実に丁重に、ミュゼル嬢を村長宅まで送り届けた俺は、そのまま来た道を引き返した。

 クロエはきっと未だ帰らない俺を怒っているだろう。

 グルカスだって、しこたま俺を怒鳴りつけるはずだ。


 お前がいなくなったら誰がアルシーナの面倒を見る? お前はアルシーナの面倒を見るために家を置いているのだぞ――と。

 しかしそれが分かった上でも、俺には確かめなければならないことがある。


 俺は一人、夜の森の暗闇をかき分け、彼の下へと向かった。


『……おや坊ちゃん、案外お早い再会となりましたね』


 俺の放った蛍(ほたる)――ヒルアンドンが照らす薄明りの中、地べたに胡坐をかいた彼はゆっくりとこちらへ振り返った。

 スケルトンのスケさん、その人である。


「驚かないのだな」


『まぁ、近いうちに戻ってくることは分かり切っておりましたゆえ……お嬢さんはちゃんと家に帰りましたか?』


「丁重にエスコートしてきたよ」


 間抜けにも、とも言う。


「どうしてもスケさんに一つ聞いておきたいことがあってな」


『このような老骨に答えられることなら、なんなりと』


「……どうして、わざとミュゼルばかり怖がらせるような真似をした?」


 しばしの静寂。

 スケさんはいかにもバツが悪そうに、白い指先で頬骨をかりかりとやっている。

 そしておもむろに言った。


『坊ちゃん、人間のフリをしていますが本当はモンスターでしょう?』


「……気付いていたか」


『この身体になってから、やけにそういった気配に敏感になりましてね……もう目も耳も鼻もないのに、おかしな話です』


「スケルトンになるような個体はその身……いや骨に大量の魔力を宿している場合が多い、そのせいだろう」


『勉強になります、先輩殿』


 こつこつこつ、と力なく笑うスケルトン。

 それから彼は一つ小さな溜息を吐いて立ち上がり、足元を指した。


『……坊ちゃんはともかく、お嬢さんにはこれを見せたくなかったのです』


 俺はゆっくりと彼の下へ歩み寄り、かがむと、手頃な石で地面を削り始めた。

 俺はこの土の下に何が埋まっているのかを知っている。

 彼がその骨で俺の魔族としての気配を感じ取ったように、俺の全身を形作る虫たちもまたソレを感じ取っていたのだ。


「夜の森……とりわけこの場所は異様に魔力密度が高い、地面そのものが帯びている魔力量が高すぎるのだ、それも不自然にこの場所だけ……」


 そしてしばらく地面を削っていくと、やがてソレと対面した。

 湿った腐葉土の中にうずもれた、白い塊。


「……やっぱりな」


 どんな生き物でも身体には僅かに魔力を宿しており、とりわけ人間はその割合が高い。

 ゆえに人が死ぬと、その身体に宿った魔力は大地へ溶ける。


 すなわち俺の掘り当てたソレは頭蓋骨――しかも子どものものであった。


「周辺の魔力反応から見るに、これ一体だけではないな」


『……ええ』


 スケさんが手にかけた人間か、とは毛ほども思わなかった。

 もしも彼がそうであったなら、骨だけになってなお、そんなにも悲壮感に満ちた表情をするはずがないのだから――


『……坊ちゃん』


「なんだスケさん」


『私はもうモンスターになってしまったんですよね』


「……少なくとも、人間ではないな」


『おっしゃる通り……実に不思議ですね』


 スケさんはゆっくりと屈んで、地面にうずもれたその頭蓋骨を撫でさすった。

 まるで親が子に対してやるように、優しげに。

 しかし彼の骨の指は、かしゃかしゃと虚しい音を立てるだけだ。


『人間の子どもがこんなうら寂しい森の奥で人知れず眠っていると思うと、ひどく悲しくなるんですよ、もう痛む胸も、流す涙もないと言うのに』


「……そうか」


『はは、これでは私モンスター失格ですね、魔王様はこんなセンチな骨を雇ってくれるでしょうか』


「……直接聞いてみろ、俺は知らん」


『そうですよねえ、そりゃそうですよねえ、うっかりしておりました』


 かしゃん、とわざとらしく額を叩くスケさん。

 俺は何も言わなかった。

 今の彼にかける言葉などなく、下手な言葉をかけることは彼の魂に対する侮辱だと、知っていたからだ。


『魔力に寄せられてこの森へ訪れてから、私は森へ迷い込んだ人たちを脅かし続けました、もう二度とこの森へ近寄らないように、来る日も来る日も……』


 そこで、スケさんはふう、と一つ溜息を吐き出した。

 そこにはあるのは、意思なきアンデッドの姿ではない。


『……私はただ、子どもを静かに寝かせておいてあげたいだけなのです、そしてもう誰もこんな冷たい土の下で眠らせたくはない、子どもはみな、温かいベッドで眠るべきです』


 彼の憂いに満ちた横顔は、確かに、どこかで生きていた人間(・・)の面影を感じさせた――


「……俺は魔族だ」


 思わず目を伏せた。

 その時、地面にうずもれた骨の隣で、鈍く光を放つソレを発見する。

 俺は土に汚れたソレを拾い上げて、


「人間どもがどうなろうと、俺の知ったことじゃない」


 自らに言い聞かせるように言い、夜の森をあとにする。

 スケさんは、なにも言わなかった。


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