二人の朝食
窓から光が差そうとしていた。俺は瞼の裏を刺激され目が覚めた。ここの住人はカーテンの類いをつけなかったらしい。
日の浮き沈みに身を委ねる実に原始的な生活を堪能させられる羽目になった。
窓を見るがまだ、日は完全に昇りきっておらず、素晴らしき目覚めとしては、些か早すぎる。
しかし、俺にとって早すぎる目覚めは少し幸運だった。
俺は床に敷いていたバスタオルを適当に丸め、放り投げた。
これで少しはこの部屋にも生活感というものが出てきただろう。純愛を汚された部屋は一気にふしだらな女に成り果てた。
俺は女の部屋からでると元、俺の部屋の前に立った。
昨日の話では俺は彼女の眠りを守る、騎士を演じてなければならなかった。
別に義理堅く約束を守るきもないが、問い詰めらるれたら、面倒で癪なので起きるまで待つことした。
なにより、自分からドアを開けるきは起こらない。かつての自分の女が別の女に犯される所をみたい奴はいないだろう。
まぁ、先ほど俺自身同じ事をしていたのだが。
朝の光はまだまだカーテン越しに光を伝えるには弱すぎた。
しかし、外にある建物はかつてとは違い芯の奥まで受けていた。
朝日を受けた世界はまた、夕暮れとは違う魅力を持っていた。
崩れたコンクリートの中に色のない光が差し込む。潰れた雑草達は光を奪い合っていた。
もし、世界が滅んでていなかったら彼らは生まれることも、争うこともなかっただろう。
世界は滅んでよかったのだ。
「朝日が綺麗ですね」
気がつくと彼女がドアをゆっくりと開けて立っていた。
俺は彼女を見ると、ちらりと後ろの部屋をみた。
そこには、昨日と変わらずゴミが散乱していると思ったが、美しく整理されていた。俺の部屋は一皮剥けた女の様に優雅に佇んでいた。
「いつから、起きてたんだ」
「ついさっきです。足音が聴こえたので、玄関から覗いたらあなたが立っていたので」
俺がゆっくりと惰眠を貪っていた事は、ばれずに済んだらしい。
一晩過ぎた彼女は少し落ち着きを取り戻していた。
改めて表情を見ると顔つきは俺よりは幼いが、礼儀正しい喋りをする辺り見た目よりしっかりしているんだろう。
「なぁ、朝飯一緒に食べるか?」
「え、いいんですか?」
「部屋の中に缶詰があるから適当に取ってきてくれ」
誰かと朝食を取る。いつ以来だろうか。それも自分から食事に誘うなんて。別に朝日について語りたかったわけじゃない。自分一人だけ、食事にありつくのが嫌だった。
彼女は缶詰を取ってくると、俺の横にきた。柵に手を掛け、ぼんやりとしている俺に缶詰を渡してきた。
どちらも旨いものだとは思わないが、二人で食う時点で俺にとっては最低にまずい事は確定していた。いや、今日はきっと不味い飯を食いたい気分だったんだ。
俺たちは缶詰を開けると素手でそれを掬い込んだ。
二人で缶詰を食べる。やっぱりまずかった。彼女は美味しそうに食べている。でも不味かったのでよかった。
彼女の食事風景は缶詰一つでも、丁寧さがあった。決してかつて空に近いところに住んでいた奴らみたいな、気取り切った食事ではなく、至って普通な食事だが、仕草に気品が現れていた。
お互い食事が終わると、つい無言になってしまった。俺は食事が終わった後、部屋に戻ろうと立ち上がったが、部屋がすでに俺の物ではない事を思い出し急いで座りなおした。
無言の彼女と向い合せになってしまう。彼女もこちらを見ているが今度は見た目通りの幼さがある気まずさを醸し出している。
思わず、声が出た。
「あんたこれからどうするわけ?」
いや、どの道聞かなければいけない話だったんだろう。その切掛けが見つめ合った気まずさだけだ。過去の話ができない彼女に対して尋ねることができるのは未来の事だけだ。
そして彼女の未来は俺の未来にも関わる話だ。
彼女に付いた嘘で俺はクッソたれた重荷を背負う羽目になった。噓つき野郎に相応しい末路だ。
俺がまた安心を積み重ねるには、彼女にどうにか死んでもらう。必要がある。それも俺が納得する形でだ。嘘がばれた場合どうなるのだろうか。それは俺の未来へ絶望が広がることになる。嘘がばれた瞬間まだ不安定で俺の罪悪感だけで、形を保っているものが完全にこの世界に現れるという事だ。
そうすれば、俺はそいつと一緒に歩いていかなければならない。それだけは避けるべき事態だった。
最も俺にとって都合のいい展開は、彼女がここに居続けることだ。そして素早く自殺してもらう事。少なくとも俺の目が届く範囲にいれば、嘘の件については少なくとも手の施しようがないわけではない。
「ずっと、ここにいるわけ?それでも俺は構わないけど」
出来ることなら今すぐ彼女から離れてしまいたい。この先も居続けるなど考えただけで反吐が出そうになる。
しかし、耐えねば取返しの付かないことになってしまう。
ここに留まれば衣食住が保証される。こんな状況でこれ以上の好条件があるはずがない。帰る場所がない彼女にとって、喉から手が出るほどに欲しいものはずだ。
「…そのことでお話がありまして」
来た。食いつけ。これ以上にない釣り餌だ。お前の欲しいものはなんだってくれてやる。だから頼む。ここにいてくれ!
「私、ここを離れて、世界中を回ってみようかなて思ってます」
俺の釣り針はきっちし折られた。折られた先から餌が離れていく。幸いなのはその餌にくいつ他の魚が存在しないことだけだった。
「なんで、そんなことを…」
動揺が隠せなかった。彼女が生きていく上で、必要なものはここに全て揃っている。それを断ってまで、するべき事が今の彼女にあるのだろうか?
「私、見てみたいんです。自分が壊したものを」
「記憶はなくても、自分がやったことなんだから。それが一体どうなってしまったか確かめる責任があると思うんです。あ、もちろんそれで記憶が戻れば一番なんですけどね」
たった一つの嘘が俺をひたすらに惑わしていく。嘘をついた報いにしてもこうまでも都合の悪いことばかりおこるものなのだろうか。それほどにまで、世界を滅ぼした罪は重いのだろうか。
「そ…で、でもそんな事出来るわけないだろ!?世界がどんだけ広いと思ってるんだ!」
そんな事すれば嘘がばれてしまう。この世のどこにも彼女が世界を滅ぼした証拠などどこにも存在しないのだ。
「はい、確かにきっと世界の全てを見ることのは不可能かもしれません。でもここに留まってもきっと、ここにいても何も分からないままですから。それに、あなたに迷惑ばっかりかけるわけにもいきません」
ここから離れられることが、一番の迷惑だ。どうにかして彼女をここに留めておかなければならない。
「食料は…どうするんだよ。ここを離れれば食料や寝る場所があるなんて保証は一つもないぜ。このままいけば、あんたは野垂れ死ぬぜ」
「そうなるかもしれません。でももしそうなったら、それはきっとそれでいいんです。自分の意志で決めた事で死ぬんですから。今の私には一番自分らしい最後だとおもうんです」
死ぬのは構わない。だがそれは俺が目につく場所で死んでくれ。そしてなにより、自分らしい死に方?外の世界で野垂れ死にしたらそれは自分の意志で死んだことになるかもしれない。だが、その裏には俺の嘘が隠れているんだ。どうあがいてもあんたはその嘘にすがって生きている限り自分の意志なんてもんで死ぬことはできないんだよ。
一体どうすれば彼女をここに留まらせる事が出来る?彼女の今の意志は俺の嘘によって生じている物だ。嘘だとばらせば踏みとどまるかもしれないが、それでは本末転倒過ぎる。
力づくで?そんなのもってのほかだ。これ以上罪を重ねていられるか。
空っぽの人間が死を覚悟している時が一番厄介だ。それを俺は知っていた。空っぽの人間は止まることを知らない。それにすがり続けるために、水を継ぎ足し続ける。それで埋まるのならまだましだ。今回の場合、穴の開いたコップにひたすら注ぎ続けるようなもんだ。
本当に止まる事ができない。
俺に残された選択肢がおのずと一つになった。
予定の前倒しだとも考えればいい。
彼女が死んでからか。その前かの違いだ。
「そうかよ。なら俺もあんたについていくぜ」
昨日から、自分にとって場違いな言葉を吐いてばっかりだ。なぜ俺は紳士ではないのだろうか。きっとこの言葉もまた別の奴だったらに合うだろうに。
「え…」
「そんな悪いですよ!だって本当にどうなってしまうか分からないんですよ!それこそ二人とも共倒れてことも…」
共倒れも、先に俺が死ぬのもごめんだ。最後に世界に立っているのは俺一人でいい。そのための旅路だ。神は試練を与えるとはこのことだろうか。
もし世界が滅んだのが、人類にとっての試練あらば、人類は無事試練に敗れたという事になる。
そして最後の希望として俺に試練を渡したわけだ。いや、もしかしたら彼女の放火も知れない。
俺自身が彼女にとっての試練だというわけだ。
「別に、構いやしないさ。もともと昨日はここから出ようとして探索をしていたんだ。ちょっと予定が前倒しになったてだけだぜ」
「それに、あんたのことが気がかりだしな。世界を救った男として目を離しとくわけにはいかない」
世界を救った人間。これも彼女にとってはある種の補強材として機能しているはずだ。世界を救った男が居なければ世界を滅ぼした女は破綻してしまうからだ。こうやって揺さぶっていけば断るのは難しくなるだろう。
「それでも、これ私が寄らなきゃいけない責任で…」
責任なんて俺にしか存在しないのだ。とる奴がいたら俺だ。
「なら、きっと俺にも責任があるはずだ。世界を救ったものとして、どう世界が救われたのかさ」
責任があるのは嘘じゃない。俺はありのままの表情で喋った。下手に取り繕うと後者の嘘に感づかれてしまってもいけないのだ。
「だからさ、一緒に確認していこうぜ。今の世界ってやつを」
俺の試練は一つの嘘とそれを塗りたくる嘘で始まってしまった。




