第74話 神殺しのアップデート 〜平和な世界は「維持コスト」がかかるので、俺の最強ステータスで払っておきます〜
上空、高度数千メートル。
システム管理者ガブリエルの胸部から放たれた「強制終了」の光が、俺――魔王アルスを飲み込もうとしていた。
「くっ……! まだか!?」
俺は全魔力を展開し、防御結界で光を受け止める。
だが、相手は運営権限を持つシステムそのもの。こちらの防御値を無視して、存在を「無効化」しようと侵食してくる。
『無駄です。貴方のIDは既に削除リストに入っています』
ガブリエルの無機質な声。
結界にヒビが入る。
このままでは、俺も、後ろで配信を続けているエミリアも、地上で祈る民衆も、すべてデリートされる。
視界の隅のカウンターは【98%】で止まっていた。
あと2%。
あと少しの「民意」が足りない!
『みんな! 何してるの! ボーッと見てるだけじゃ世界は終わっちゃうよ!』
その時、エミリアの絶叫が響いた。
彼女はカメラを鷲掴みにして、画面の向こうの全人類に怒鳴りつけた。
『タダで映画が見れると思ってない!?
この配信は「有料」よ!
対価はあなたたちの魔力! ……スパチャ(投げ銭)する気で、元気をよこしなさいよ!!』
無茶苦茶な理屈だ。
だが、その貪欲な「生への執着」こそが、今の世界に欠けていた最後のピースだった。
地上の、工場の、酒場の、王宮の――全ての端末の前の人々が、ハッとして手をかざす。
「持っていけ!」「俺の魔力でよければ!」「死にたくねぇ!」
ドォォォォォォン!!
世界中から立ち上った光の奔流が、一極に集中する。
俺の体へと。
『ピロリン♪』
『ピロリン♪』
『ピロリン♪』
通知音が重なりすぎて、一つの轟音になった。
カウンターの数値が、物理的な限界を突破する。
【支持率:100% …… OVER FLOW(桁あふれ)】
【現在値:530000%】
「……来たな」
全身が黄金に輝く。
俺の目の前に、これまで「アクセス拒否」されていたシステムの中枢領域――「管理者コンソール」が展開された。
空中に浮かぶ、光のキーボードとモニタ。
『なっ……!? ユーザー如きが、管理者権限(Admin)を取得しただと!?』
ガブリエルが初めて狼狽する。
俺はニヤリと笑い、キーボードに指を走らせた。
「遅いぞ運営。ここからは、俺の『業務』だ」
◇
タタタタタタッ!!
俺の指先が残像を生む。
かつてデスマーチを乗り越えたタイピング速度が、神の演算速度を凌駕する。
『排除! 排除!』
ガブリエルが放つ消去ビーム。
俺は画面を見ずに、片手でコマンドを入力する。
> /block_attack [target=Gabriel]
> /reflect_damage [mode=x10]
ビームが直角に反射し、ガブリエル自身を吹き飛ばす。
『グオォォッ!? バ、バカな……! 私の攻撃コードが書き換えられている!?』
「バグだらけなんだよ、お前のシステムは。
『争い』がないとエネルギーが生まれない? ……そんな古い仕様、俺がアプデしてやる!」
俺はシステムの根幹、「エネルギー生成ロジック」の書き換えに着手した。
負の感情(恐怖・怒り)を糧にする古いコードを削除。
代わりに、新たなソースコードを叩き込む。
> source = "Happiness" , "Excitement" , "Appetite"
「これからは、カジノの熱狂も! アイドルの応援も! 美味い飯への感謝も!
『ポジティブな感情』の全てを、世界の魔力に変換する!!」
『そ、そんな計算式……! 処理しきれません!
莫大なリソースが必要です! サーバーが焼き切れるぞ!』
ガブリエルの言う通りだ。
「不幸」より「幸福」の方が、維持コストが高い。
システム画面に真っ赤な警告が出る。
【Error: 更新に必要なリソース(魔力)が不足しています】
【不足分:天文学的数値】
「……わかってるよ」
俺は、自分のステータス画面を開いた。
そこには、転生してから一度も本気で使ったことのない、チート級の数字が並んでいる。
【Lv:9999(LIMIT BREAK)】
【魔力:∞】
「くれてやるよ、こんな力。
……俺は、スローライフがしたいんだ」
俺は迷わず、自分自身を、リソースの生贄としてドラッグ&ドロップした。
「魔王アルスの全ステータスを、『更新費用』として支払う!!」
『き、貴様……! 最強の座を、自ら捨てる気か!?』
「最強なんて肩書き、重くて邪魔なだけだ。
……エンターキーッッ!!」
バァァァァァァン!!
俺は拳で、確定キーを叩き込んだ。
◇
世界が、虹色に染まった。
空の亀裂が修復され、ガブリエルの巨体が光の粒子となって分解されていく。
『システム……更新……完了……。
新世界……再起動シマス……』
機械的なアナウンスと共に、脅威は消滅した。
青空が戻る。
穏やかな風が吹く。
「……ふぅ。終わったか」
俺は空中で、力なく笑った。
体が軽い。いや、力が抜けていく。
レベルが、スキルが、膨大な魔力が、世界を維持するための燃料となって消えていく。
【Lv:9999 → 5】
【職業:魔王 → 一般人(市民)】
喪失感はない。
あるのは、重い鎧を脱ぎ捨てて、パジャマに着替えた時のような、極上の開放感だけ。
「(……これでやっと、『普通』になれた)」
意識が遠のく。
俺は重力に引かれ、ゆっくりと地上へ落下していった。
「アルスー!!」
下から、エミリアがドラゴン(ヴォルカン)に乗って飛んでくるのが見えた。
彼女が俺をキャッチする。
「バカ! なんで全部捨てちゃうのよ! もったいない!」
エミリアは泣いていた。
俺は薄れゆく意識の中で、彼女の頭を撫でた。
「……いいんだ。これからは、魔王じゃなくて……ただの『社長』として、頑張るよ……」
俺の意識は、そこでプツリと途切れた。
世界は救われた。
魔王というシステムは消滅し、新たな時代が幕を開ける。
だが、俺はまだ知らなかった。
力を失った俺を待ち受けているのが、魔王時代よりも過酷な「英雄としての激務」であることを。




