第72話 天使の「塩対応」と、運営への「クレーム申請」 〜平和はバグ扱いですか、そうですか〜
魔王城上空。
空の亀裂から降り注ぐ、無数の「白い人型」。
背中にポリゴンのような翼を生やしたそれらは、神話の天使というより、量産されたロボットのようだった。
「迎撃せよ! 我が城は一歩も踏ません!」
ヴォルカンが咆哮し、ドラゴン部隊と共に空へ舞い上がる。
彼らの口から、灼熱のブレスが一斉に放たれた。
ゴオオオオッ!!
炎が天使の群れを飲み込む。
勝ったか?
いや――。
「な、なんだと!?」
炎が晴れた後、天使たちは無傷だった。
いや、傷ついていないのではない。
彼らの身体の表面に、半透明のウィンドウが浮かんでいる。
【Damage: 0 (Reflected)】
【Effect: Nullified】
「無効化……だと?」
俺――魔王アルスは、瓦礫の山からその光景を見て、舌打ちをした。
「やっぱりか。あいつらは生物じゃない。システムの『管理プログラム』だ」
天使の一体が、ヴォルカンの目の前に瞬間移動する。
そして、事務的な合成音声を発した。
『対象:不正データ(魔族)。削除します』
天使が持っていた杖を振るう。
物理的な衝撃はない。
だが、触れられたドラゴンの兵士が、悲鳴を上げる間もなく「パシュン」と音を立てて消失した。
血も肉も残らない。最初から存在しなかったかのように、データごと消されたのだ。
「ひぃぃっ!? 俺の部下が……消えた!?」
ヴォルカンが恐怖に後ずさる。
無理もない。殺されるよりも恐ろしい、「存在の抹消」。
「魔王様! 攻撃が通りません! 魔法も物理も、全て『権限がありません』と弾かれます!」
セレスティアが悲鳴を上げる。
彼女の氷魔法も、シルフの風魔法も、天使たちには認識すらされない。
これは戦争ではない。
一方的な「データ整理」だ。
◇
「……そこまでだ、運営!!」
俺は声を張り上げ、拡声魔法で空へ叫んだ。
すると、天使たちの動きがピタリと止まる。
空の亀裂から、一際巨大な光の巨人が降りてきた。
顔には目鼻がなく、ツルリとした仮面のような顔をしている。
【個体名:システム管理者「ガブリエル」】
『……魔王アルス。貴方には発言権がありません』
脳内に直接響く声。
『貴方の管理下において、世界のエネルギー循環効率(争いによる負の感情)は0%になりました。
「平和」というバグを放置した責任を取り、世界ごと削除されます』
「バグだと? ふざけるな!」
俺は拳を握りしめた。
前世の記憶がフラッシュバックする。
現場の努力を無視して、数字だけで事業撤退を決める親会社の役員たち。
今の状況は、それと全く同じだ。
「俺たちは必死に働いた! 内乱を収め、経済を回し、民を笑顔にした!
それが『無駄』だと言うのか!」
『はい。本システムの目的は「幸福」ではなく「エネルギー回収」ですので』
ガブリエルは淡々と告げる。
『コストに見合わないサーバーは閉鎖する。それが宇宙の理です。
……さようなら。リセットまで、あと4日です』
ガブリエルが手を掲げると、空のカウントダウンが進む。
世界の端から、風景が白くモザイク状に崩壊し始めていた。
絶望が走る。
リルがへたり込む。
四天王たちが武器を落とす。
神には勝てない。この世界は、最初から消される運命だったのか。
「……いいや。まだだ」
俺だけは、目を死なせていなかった。
むしろ、社畜時代に培った「ド根性」と「悪知恵」がフル回転していた。
「おい、ガブリエル。お前はさっき『管理下』と言ったな?」
『……?』
「つまり、俺にはまだ『魔王としての管理者権限』が一部残っているはずだ。
そして、この世界にはもう一人、俺と同等の権限を持つ奴がいる」
俺は懐から通信機を取り出した。
ガブリエルが首を傾げる。
『無駄です。勇者エミリアのアカウントも、既に停止予告済みです』
「ああ、知ってるよ。だからこそ、協力してくれるんだ」
俺は通話ボタンを押した。
コール音は一回。即座に繋がる。
『……待ってたわよ、魔王!』
スピーカーから、元気な(そして激怒した)声が響く。
「話は早いな、勇者。空を見たか?」
『見たわよ! 「あと4日でサービス終了」ですって!?
ふざけないでよ! 私が課金した装備も、育てたレベルも、全部パァにるってことでしょ!?
絶対に許さない! 運営の本社にカチコミに行くわよ!』
頼もしすぎる。
やはり、自分の利益を侵害された時の人間は最強だ。
「商談成立だ。……今すぐ魔王城に来い。
俺とお前の権限(ID)を合わせれば、奴らの『シャットダウン命令』を上書きできるかもしれない」
『りょーかい! 転移魔法で5秒で行く!』
通話が切れる。
俺はガブリエルを見上げ、不敵に笑った。
「聞いたか、運営。
これより、魔王軍と勇者軍は『対・運営連合軍』を結成する」
『……理解不能。敵対ユニット同士の協力は、仕様にありません』
「仕様がないなら、アップデートしてやるよ。俺たちの手でな」
俺は四天王たちに振り返った。
「総員、聞け! これは戦争じゃない!
理不尽なリストラに対する、『労働争議』だ!!」
「「「オオオオオオッ!!」」」
絶望していた部下たちの目に、再び火が灯る。
魔王と勇者。
かつての宿敵が手を組み、神という名のブラック運営に反旗を翻す。
最後の戦いが、今始まる。
【ミッション:サービス終了を回避せよ】




