29.婚約式
「ねぇね、やー!」
「やーの!」
朝食後にソフィアとアンドレアスと遊んでいたら、王宮に出かける時間になった。わたくしが出かけようとすると、ソフィアとアンドレアスがわたくしの足にしがみ付いてくる。
「ソフィア、アンドレアス、わたくしは王宮でお勉強をしなければいけないのよ」
「やー!」
「あとぶー!」
少しずつ話せるようになってきたソフィアとアンドレアスは、わたくしが出かける時間になると足止めをして泣くようになってしまった。
なんとか乳母に預けて王宮に向かうと、わたくしは午前中の授業を受けて、昼食を王子様と一緒に食べた。
王子様にソフィアとアンドレアスのことを話す。
「最近、ソフィアとアンドレアスが、出かけようとすると泣いて止めてくるの。かわいそうでわたくし、王宮に行くのを躊躇ってしまうときがあるわ」
「あんなにかわいい姪と甥に縋って泣かれたら、心が痛くなってしまうでしょうね」
「そうなの。お喋りも上手になってきて、お話ししてくれるのがかわいくて」
ため息をつきながら昼食を食べていると、同席しているコンラッドお義兄様も沈痛な面持ちをしていた。
「わたしもソフィアとアンドレアスがかわいくて、護衛騎士の仕事を投げ出してしまいたくなることがあります」
「コンラッド兄様もですか。コンラッド兄様がいないとわたしは困るので、来てくださって嬉しいですが、コンラッド兄様は結婚後もずっとわたしについていて、新婚旅行も行けていないのではないですか? わたしの婚約式のころにはまた忙しくなりますから、今のうちに休んで、新婚旅行……には少し遅いかもしれませんが、家族旅行に出かけては?」
「いいのですか、レオ殿下?」
「わたしのそばにはフィーネ嬢もいますから、安心して出かけてください」
家族旅行の許可をもらったコンラッドお義兄様はさっそく計画を立てているようだった。
翌日から、お姉様とコンラッドお義兄様とソフィアとアンドレアスは家族旅行に出かけた。王都のタウンハウスに普段住んでいるお姉様とコンラッドお義兄様とソフィアとアンドレアスだが、ベルトラン公爵家の領地にある別荘に行くのだそうだ。
ちょっとうらやましかったが、家族水入らずで楽しんできてほしいとわたくしは見送った。
コンラッドお義兄様がいない間、わたくしは久しぶりに王子様と同室で勉強することになった。わたくしは肉体強化の魔法が使えるし、肩から下げている子豚の刺繍のポシェットにはわたくしの身長よりも長い魔法のかかった剣が入っている。
コンラッドお義兄様がいない間は、わたくしが王子様の護衛代わりになるようだった。
昼食を終えて、午後は王子様とダンスをしたり、剣術の稽古をしたり、久しぶりにしっかりと王子様と過ごせる時間ができてわたくしは嬉しかった。
「王子様と長時間一緒にいられて嬉しいの」
「コンラッド兄様に家族旅行を提案したときに、フィーネ嬢と過ごす時間が長く取れるという思惑がなかったわけではありません」
「王子様も寂しかったの?」
「それはそうですよ。学園に入学すると、ますます会う時間が限られて来るし、その前にゆっくり二人で過ごす時間を持ちたかったのです」
こんなところまで王子様は策士だった。
コンラッドお義兄様たちが家族旅行から帰ってくると、わたくしは婚約式のドレスの仕上げに入った。
ほとんど出来上がっているのだが、最終的にわたくしが成長しているので、婚約式の日のわたくしにぴったりになるように調整していく。
ドレスが出来上がって数日後、わたくしと王子様の婚約式が開かれた。
わたくしはショートケーキのようなドレスで、王子様はテイルコートで婚約式に臨んだ。
大広間に絨毯が敷かれ、王子様とわたくしは国王陛下の前に歩み出た。
「レオンハルト・アストリッド、そなたはフィーネ・ベルトランと婚約し、フィーネが成人した暁には結婚することを誓うか?」
「はい、誓います」
「フィーネ・ベルトラン、そなたはレオンハルト・アストリッドと婚約し、成人した暁には結婚することを誓うか?」
「はい、誓います」
国王陛下の前で誓いを立てると、わたくしと王子様の前に婚約証書が持って来られる。王子様が先にサインをして、わたくしは続いてサインをした。胸がどきどきして字が少し震えてしまったが、それは仕方がないだろう。
サインが終わって、わたくしの震えていた手を取って、王子様は恭しくわたくしの手の甲に口付けをした。
あまりにも格好よくて、わたくしはのけ反って悶えそうになるのを必死に我慢していた。
王子様がものすごく王子様だ!
感動していたわたくしに、王子様が耳元でそっと囁く。
「そうですよ、フィーネ嬢の王子です。これからもずっと」
「わたくし、口に出ていましたか!?」
「えぇ、しっかりと」
心に思ったことが口に出てしまうのはどうしようもないが、これが婚約前で、婚約のことをぽろりと口にしたのではなくてよかったと、わたくしはそっと胸を撫で下ろした。
わたくしは誕生日を目前にしていたが、まだ十歳なので、晩餐会は時間的に厳しいだろうと判断されて、昼食会が開かれた。それも王子様が配慮してくれたのだというのだから、王子様にますます心惹かれてしまう。
昼食会では王子様とわたくしは同じテーブルで二人並んで座った。
美味しそうな料理が運ばれて来るのに、たくさんの貴族たちがやってきて挨拶をするので、わたくしは昼食会の料理を全く食べられずにいた。なんとかお茶は飲むことができたが、次々と来るお祝いの言葉を述べる貴族たちに対応するのが精一杯で、料理が食べられない。
美味しそうな肉団子入りのスープも、お口直しのレモンのシャーベットも、白身魚のソテーも、鴨肉のコンフィも、デザートまで一口も食べずに下げられてしまう。
あまりのことにショックを受けているわたくしに、王子様はわたくしのことを気にしてはくれていたが、貴族たちの対応に追われて声をかけることもままならなかった。
「フィーネ嬢はレオンハルト殿下の婚約者となられたのですね……。おめでとうございます」
お祝いの言葉を述べてくれたアラミス侯爵家のミシェル様がなんだか悲しそうな顔をしていたが、わたくしはそれよりも下げられてしまう料理のことで頭がいっぱいだった。
「フィーネ、いや、フィーネ様と呼ばなければいけませんね。おめでとうございます」
「お父様、様なんていりません」
「いいえ、フィーネ様は王太子殿下の婚約者となられたのです」
「おめでとうございます、フィーネ様」
エルネスト子爵家の両親に「フィーネ様」と呼ばれるのは慣れなかったが、わたくしも王子様の婚約者となったのだから仕方がないのかもしれない。
「どうか、私的な場所では、今まで通り『フィーネ』と呼んでくださいね」
わたくしの願いに、両親は小さく頷いてくれた。
昼食会の最後には、王子様とわたくしで挨拶をした。
「本日は、わたしたちの婚約式にお越しくださいまして誠にありがとうございます。フィーネ嬢とはわたしが六歳、フィーネ嬢が五歳のときからの付き合いです。フィーネ嬢はその類まれな肉体強化の魔法で、何度となくわたしのことを助けてくれました。そして、わたしの心の支えにもなってくれたのです。フィーネ嬢と婚約できたこと、本当に嬉しく思います。今後ともフィーネ嬢共々よろしくお願いします」
「わたくし、レオ様に初めてお会いしたときに、なんて素敵な方なのだろうと思っていました。レオ様が国立病院で奉仕活動をされているときに、こんな素晴らしい方はいないと思いました。これからもレオ様を守り、支えていきたいと思います。よろしくお願いいたします」
王子様とわたくしの言葉に、会場から拍手が上がった。
わたくしは王子様を見つめて、胸がいっぱいで、嬉しいのに泣きたいような気持になっていた。
「フィーネ嬢、今日はわたしにとって最良の日です」
「わたくしも」
手を繋ぎ、わたくしは王子様に囁いた。
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