無差別な愛の報復
結構真面目に、この調子ならあと本編3話とエピローグ1話で終われそうです。
あとこれからはタイトルの毛色が変わりますが深い意味はないです。『君のソナタ』が完結したらあっちで話すかも。
羅和と整井にこれからの目標を伝えてから3日後、つまりは生き残りが一カ所に集まる日、俺は一日早く例のホテルを抜け出し町中に紛れていた。目的地は地下アイドルが不定期にライブを行う小さなボックス。俺が白雪れむに、正確には『自己愛』の瑕疵付きとして倉見詩亜から遊離した存在に出会った場所。倉見が指定した──と思われる場所だ。不確定に書いたのは、自分が元は存在しないと知ったことで、あの出来事すらマヤカシだったのではと思っているからだ。どういう理由かここら一帯に人は見受けられなくて、いつの間にか俺は箱のなかに入っていた。警備も居なければ鍵もしまっていない。冷静に考えれば不自然なのだが、生憎この時の俺はそうじゃなかった。足が自然と客席へと向かい、一つだけ置かれていたペットボトルの側に立つ。彼女は3回した瞬きの合間にステージに立っていた。マイクを通さない事で何処か新鮮に思える聞き慣れた声が言う。
「久しぶりってとでいいのかな?」
「白雪がそうだったて事は、きっとそうなんだろうな。」
確かに目の前にいる少女には見覚えがある。それはこれが『認目綴』として彼女と会ったことが有るからではない。アイドルの衣装を着て、メイクをばっちり決めた目の前の人物が、白雪れむと瓜二つだったからだ。
「ここに呼ばれた理由を聞いてもいいかな?」
論理的に考えるなら殺すためだろう。蔵見詩亜の瑕疵『疒』、仲間がいるならまだしもタイマンに持ち込まれた場合命がけの鬼ごっこが始まる。整井の病状から察して自覚症状が出た時点でおそらく走るのは不可能だろう。そして何より、白雪の姿をした白雪の中身が体を腐敗させていく様を、俺は見たくない。切り札をポケットの中で握りしめ、彼女の言葉に傾聴する。
「私と逃げない?」
短く発せられた言葉は、思ってもみないものだった。脳みそに爆弾を落とされ目の前が真っ白になる。暫く何も考えることができず、口をわなわなと蠢かす俺の様を呆れたような微笑みで蔵見が追撃を放つ。
「なんとなく気づいてた、君が千里アミラの中身なんだよね?白雪れむにとっての私みたいな。」
「多分それは…違うと思う。」
視線の定まらない最中、まっさらなホワイトボードに次々と言葉と記憶が貼り付けられていき、必死にそれらを音にしていた。
「俺の中にある白雪との最後の記憶は、実際の出来事とは違った。君は千里アミラなんて人間と逃亡しなかったし、目の前で君が発現した能力は白雪れむの『白接吻夢』だった。君の言い草から察すると、見た目は似てないんだよな?それに──」
俺は言葉を飲み込んだ。今から口にすることを認めたく無かったからだ。あの記憶が、白雪れむが俺を救ってくれた事を偽物の記憶にしたくなかったから、アレが本当だと信じたかったから。
「羅和千里って奴が仲間にいる。多分そういう事だ、だから俺は君とは一緒にいけない。」
「それは知ってるよ、桜走から聞いてたからね。それでも私は君が千里アミラだと思ってる。何でかって言われたら分からないけど…」
「もし仮に俺が千里って奴だとしても、俺の結論は変わらない。」
漸く目線が焦点を取り戻し、ホワイトボードに貼られた紙を退かして埋もれていた殴り書きを掻き出した。
「君が元々居た世界への行き方を知りたいんだ、協力してくれ。」
これまでの会話で確信した。やはり倉見詩亜は俺たちとは別の存在と見ていいだろう。寧ろ彼女のみが存在で、俺たちがその他というわけだ。恐らく彼女をここに連れてきたのは桜走だろう。死んでしまった今、彼の手は借りることができない。しかし桜走が彼女をコッチ側に入れ替えたのだとしても、アッチの世界の倉見に触れる必要がある。つまりは居るという事だ、世界すら超えることができる桜走に能力を渡した上位存在が。ソイツへの手がかりを持っている可能性があるのは、今のところ倉見だけだった。無論彼女を引き入れたい理由はそれだけでは無いにしろ、それが最大でもあった。
「それは…無理かな。だって私帰りたくないもん。」
「っ!?帰りたくないって、どういう」
俺の言葉を遮ったのは、フラッシュバックした例のネットニュースってヤツだった。内容は『地下アイドル白雪れむの枕営業の発覚』。帰りたくないという言葉が次第に質量を高めていく。寂しそうな顔をした倉見は手に持っていたマイクを床に置く。電源は入っていないようで静かな物音が小さく反響した。故に、音に驚いた理由でもないだろうに倉見は一瞬驚いたような表情を浮かべ、直ぐに記号的な笑顔を浮かべた。
「君が思い出していたくれるように、少しだけ昔話をしようかな。長くなりすぎないように気をつけないとね。」
彼女はそれまでのやり取りがイントロだったかのように滑らかに話を始める。
地下アイドル白雪れむは、メジャーには及ばないもののネットにおける知名度は確かなものだった。現役高校生で以前まではコスプレイヤー兼歌い手として活動しており、アイドル活動はそれまでの助走を活かして中々の初速でスタートした。2回ユニットを組んで、人気の偏りにメンバーが納得いかず直ぐに解散した。活動開始から1年立つか立たないか、大学受験のシーズンになり倉見詩亜は倉見詩亜として生きるか、白雪れむとして生きるかを選択することになる。数カ月前まで後者で生きる筈だった。しかし白雪れむは突如として倉見詩亜として生きることを決める。それまでもともに勉強してこなかった倉見にとって、半年と少しでマトモな大学に受かるのは不可能であった。生来の勉強嫌いに加え、同性から嫌われた倉見には味方は居ない。家でも同じだった。再婚した母は倉見を放任し、父親を名乗る知らない男は倉見詩亜を付属品としか認識していなかった。ある日倉見詩亜は母親に言った。「このまま頑張れば(一般的私立大学名)に行けるかもしれない。」倉見詩亜は少し期待していた。もしかしたら数カ月で3年分の勉強を何とかした自分を労ってくれるんじゃないかと。アイドル活動に全く興味を持ってくれなかった母親にとって、マトモに生きる事を決めた事が喜ばしい事だと信じて。返答は期待したものとは全く違った。母親は倉見詩亜がアイドル活動を辞めたことも、大学に行くつもりだった事も知らなかった。『そんな事いきなり言われても、今のパパを捕まえる為に慰謝料も生活費も残ってない』そんなフザケた事を平気な顔して言ったのだ。アイドル時代と、ネット活動をしていた頃の収益を使えば入学は可能だった。ソレ以降は奨学金に頼ることになるのかもしれない。結果彼女は学校にも行かなくなり、密かにアイドル活動を復帰した。人気は1年近く経って落ち着いて、割のいいバイトくらいの儲けで彼女は暫くの生を掴んだ。2年惰性でアイドルをやり、かつての人気を追い越した頃、突然歌い手時代の動画が話題になった。ここに書くことを憚られる程下らない理由だ、とある素人物に出演した女優に顔が似ている。そんな下らない噂で彼女のライブを見に来る醜い輩が増え始めた。それと同時にコスプレの画像がかつてなく拡散され、如実に彼女に対してそういうイメージが憑きつつあった。それらの不発弾が破裂したのが、彼女が瑕疵付きになった原因でもある。少し大きめのイベントに出演することになり、白雪れむは今まで目にかかることもない、所謂上の人と会う機会があった。そこに居たのが彼女の元父親だった。頼れる大人の居なかった白雪は、その日以来元父親と頻繁に会うようになる。男も白雪も自分の仕事に誇りとプライドを確かに持っており、忖度こそ無かったものの、そこには確かに親子の愛が戻りつつあった。例えばそう、手を組んで歩くくらいには、倉見詩亜は父親という存在に依存していたのだ。その様子を偶々通りがかったフリーの記者が写真を撮ってしまった。それまでの下世話なイメージの積み重ねによって、彼女の枕を疑わない人は居なかった。親子だと言おうにも、戸籍上はもう他人で男は証拠を揃えるために暫く姿を見せなくなった。残された白雪を全員が取り囲み、とある男の同僚がこんな話を持ちかけた。『今度の夜私の部屋に来なさい、そうしたらこの一件をもみ消してやる』そんな内容だった。20に満たない彼女には、冷静な判断は出来ず唯一見えたドブ色の光に手を伸ばしてしまった。勿論罠だった。未遂で済んだのが不幸中の幸いで、彼女の行動が先の一件の疑いをより強めてしまった。男も白雪も彼らの反論は何処かの誰かの大声でかき消され、2人は表舞台から姿を降ろした。
「──みんな病気だよ。自覚症状のない病原体。」
「だから戻りたくないって言うのか…でもそれは嘘だよな?あの記事の内容は、君が枕営業で感染症を広め、千里アミラが君を連れて逃げた。そうだった筈だ。」
彼女の語りはあたかも自分は純潔だと言っているようだった。しかし現実はそうでない筈なのだ。指摘された彼女はまた少し寂しそうにする。
「嘘…じゃないよ。現実じゃないだけ。」
「それは同じ事なんじゃないのか?」
「違う。千里アミラも不思議な力を持ってた。本当に不思議な力だった。あの人は運命を変える事ができたの。」
漸く俺は彼女が自分のことを千里アミラだと信じている理由が分かった。能力が似ていたからだったのだ。倉見は倉見と、千里アミラだけが知っている無かったことにされた過去を語った。そして俺が何も思い出せないという現実を知ったのだ。だがここで彼女を逃がすわけにはいかない。ゲームの最終局面、ここで生きるしかない倉見にとって俺の条件は決して悪くないだろう。
「さっきも言ったが、俺の仲間に羅和千里って奴がいるんだ。そいつに話を聞いてみるってのはどうだ?何も今すぐ結論を出す必要はないだろ?」
勿論嘘だった。蔵見が桜走とつながりがあれば今日俺たちが拠点としていた場所、もしくはその近辺に生き残りが集うということも知っているだろうし、羅和は現在単独行動を取っている。俺としては今彼女が感情的にならないよう気をまわしたつもりだったが、それが今までで最も愚かな選択だった。
「そっか…じゃああーしはもう手を引くよ。気を付けてね綴君。遠くから応援してる、絶対生き残って。」
蔵見はアイドルの握手会のように短く、確かに俺の手を握り、目を少し濡らしてはにかんだ。
「ほら行った行った。仲間が待ってるんでしょ?」
彼女は俺の肩をつかんで体の向きを180°変えた。不思議と足が流れに任せて動き、出口が目と鼻の先に見えてから、栓が抜けたかのように湧き出したように思いが溢れてきた。
「今日で全部終わらせるから、ここで待っててくれ!絶対に──君を思い出す!」
ネズミや虫の死骸が敷き詰められた道を歩き、俺は気づけば外に出ていた。
蔵見詩亜は一人で彼の背中を見送った。咳が吐血に変わり薄れゆく意識でもし彼が戻ってきたときに伝えようと自業自得のくせに血文字を残した。
「また…ひとつ…かしだから…ね…」
ちこここ
↑覚えてましたか?『ちこっと小話のコーナー』です。説明をはさんだ時点で略称として機能してないんでただの二度手間です。
いつかに蔵見詩亜は短編で使う予定のキャラだって言いましたが、元はアイドルの予定ではありませんでした。この作品で供養すると決めたとき、同一人物として設定したのが白雪れむだったのでそれに合わせました。短編で扱う予定だったのはセックス依存症でした。恋と性欲の違いをテーマにするつもりでしたが、私童貞なんで説得力ないかってなって辞めました。そんなこんなで次回予告なんですが、そういえばタイトルコールしかしてこなかったことに気づいたので、今回のラストが次回の引きじゃないことにかこつけてちょっと次回の話をします。
次回『僕の手元にピストルがあったら』
なんとなくわかるでしょうが整井の話です。今回は三人称視点かつダイジェストの過去回想というあまり良くない手段を取りましたが、基本は整井目線のみで書くつもりです。整井の瑕疵はなんだったのか、誰と戦うことになるのか、そんな話になります。現在テスト前日なので少し投稿が遅れましたが次回はもう少し早くなります。




