第576話 まぁ邪魔なんだよな、コレ。
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地上への帰路について10分程、21階層の階段前広場までもう少しといった所で俺達は2体のミノタウロスと遭遇した。既にこちらを認識しており、2体とも威嚇の咆哮を上げ戦闘は避けられない状況だ。
そして俺達としても美佳と沙織ちゃんが満杯の荷物を持った状態でどれだけ闘う事が出来るのか?それを確認したいので避ける理由もない。
「それじゃぁ美佳、沙織ちゃん、予定通り頼む」
「うん」
「はい」
咆哮を上げるミノタウロスが動き出す前に、短く返事をした美佳と沙織ちゃんが一気に飛び出す。今回は帰還中にモンスターと不意遭遇した場面を想定し、敢えて荷物を背負った状態での戦闘。通常時より間合いを詰める動きは僅かに鈍く、敵対するミノタウロスに迎撃態勢を整える僅かばかりの時間的余裕を与える事になる。
その証拠に荷物を置いて戦闘を開始した場合と違い、ミノタウロスは棍棒を振りかぶりきった迎撃体勢で美佳と沙織ちゃんが間合いに入るのを待っており、無策に正面から突撃したら狙いすました強烈な反撃を受ける事になるだろう。
「「グモォォ!」」
美佳と沙織ちゃんが棍棒の間合いに入った瞬間、ミノタウロスは2人を叩き潰そうと素早い踏み込みと共に渾身の力を籠め一気に振り下ろした。
そして振り下ろされる棍棒の動きを観察し、今までの戦闘と同じ様にギリギリで回避しようとした時、美佳と沙織ちゃんの顔に緊張が走る。
「「っ⁉」」
今までと同じ感覚、力加減で回避しようと動いた瞬間、今までと同じように動けないと感じ取ったのだ。その原因は明白、持ったまま戦闘に入った中身が満載の保冷バッグである。ドロップしたミノ肉の重量によって回避機動の初期加速が鈍り、体の片方に重心が寄った事でバランス感覚がズレたのだ。
つまり美佳と沙織ちゃんは今までの戦闘と同じ様に、回避時の隙を減らす為に棍棒の軌道を読み切り最小限の力でギリギリ避けるといった動きが出来ない状態にあった。
「ひゃっ!?」
「きゃっ!?」
「「うわっ、危ないなぁ」」
「あらあら、保冷バッグの存在感を見誤ったのね」
美佳と沙織ちゃんは失敗を察した瞬間、小さく悲鳴を上げながら大慌てで棍棒の間合いから大きく飛び跳ねる様に避ける。俺達も2人の不格好な回避に眉を顰めながら、ついつい苦言が漏れる。
そして幸い棍棒こそ2人の体に当たりはしなかったが、大きく体勢は崩れ互いの距離も開き効果的な連携は困難な状況になっていた。
「「はぁはぁ……」」
「「グモォォ」」
棍棒を回避した美佳と沙織ちゃんは呼吸を乱しながら焦りの表情を浮かべ、棍棒を回避されたミノタウロスは警戒を強めながら美佳と沙織ちゃんの連携を分断し、1対1になる様に立ち位置を素早く変えた。
初手の攻防は満載保冷バッグの存在を甘く見積もった美佳と沙織ちゃんの失敗、迎撃及び連携の分断に成功したミノタウロスに軍配が上がった感じな。
「はぁ……保冷バッグが邪魔!」
「そうだね。満杯になっても大して重くなかったからって、保冷バッグの存在を甘く見ちゃったね。荷物の偏りによる重心のズレが、こうも戦闘に支障が出るなんて……」
美佳と沙織ちゃんはミノタウロスへの警戒を続けながら、忌々し気に己の肩に掛かった保冷バッグへ一瞬だけ視線を向ける。
「片紐掛けだから少し激しく動くと揺れて重心がズレるし、何か今までより加速が鈍い! これ、もうその辺に捨てたいなぁ……」
「駄目だよ美佳ちゃん、コレがいくら邪魔といっても今日の探索の成果なんだよ? 大丈夫だとは思うけど戦闘の最中に流れ弾が当たって爆散四散とか、撤退時に回収不能になってとかになったら大赤字確定。命優先といっても、大赤字は嫌だよ」
思い切りよく戦闘に不利になる要素を即座に破棄しようとする美佳に、沙織ちゃんが現実的な意見でそれを押し止める。満杯の保冷バッグ一つ分のミノ肉、捨てるには躊躇する値段になるだろうからね。
現に無意識だろうが保冷バッグの肩紐に手が伸びそうになっていた美佳も、沙織ちゃんの意見を聞き手の動きが止まったしな。
「ああ、もう! やっぱり戦闘前に安全地帯に置くか、戦闘中に動かない様にガチガチに固定しておくんだった!」
「そうだね、次にやる時は絶対にそうしよう!」
戦闘前の準備の大切さを改めて実感し、美佳と沙織ちゃんは改善の実行を決意していた。
まぁ大荷物は邪魔になるので固定は勿論だけど、どこか安全な場所を確保して置いておくというのが良いだろうね。一般的な探索者なら、高換金ドロップアイテムをバックパックに収まるだけ、ってのが理想的かな? 企業系探索者なら、専門のドロップアイテムの回収運搬要員を用意出来るかもしれないけど……少人数パートナーだとね?
「「グモォォ!」」
美佳と沙織ちゃんの連携分断に成功したミノタウロス達は、既に勝ったといいたげな表情を浮かべながら襲い掛かる。初撃で簡単に分断できたことで自信が付いたといった所かな?
しかしこれまでに何度もミノタウロスとの交戦経験を得ている美佳と沙織ちゃんにとって、1対1という状況は既に不利とはいえない状態であった。故に……。
「「うるさい!」」
「「グモッ!?」」
既に感覚の違いを修正した美佳と沙織ちゃんはミノタウロスの攻撃を最小限の動作で避け、槍を繰り出しカウンター気味に首を貫いた。
油断しているか余程の不意を突かれない限り、もう2人ともミノタウロスとの1対1で負ける事はなさそうだ。
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは攻撃を終えた後、ミノタウロスから素早く離れる。
その際の動きは保冷バッグによる重心のブレを感じさせず、キッチリと制御された動きだった。
「「……ふぅ」」
ミノタウロスの体が粒子化し始めたのを確認し、美佳と沙織ちゃんは小さく息をつく。
そしてすぐに気を取り直し、粒子化が終わる前に2人はミノタウロスの体に剝ぎ取りナイフを突き立てる。
「「……ん?」」
剝ぎ取りナイフを突き立てるとミノタウロスの体は一気に粒子化は進み、2つのブロック肉がドロップした。したのだが、そのブロック肉を目にした美佳と沙織ちゃんは小さく首を傾げた後、驚愕の表情を浮かべながら驚きの悲鳴を上げる。
ん、どうしたんだ?
「ええっ、これって!?」
「ええっ、本当に!?」
動揺激しい美佳と沙織ちゃんの様子に、俺達3人は怪訝な表情を浮かべながら近づいていく。
すると俺達の視界にも、今ドロップしたばかりのそれが飛び込んでくる。
「えっ、マジか?」
「おお!」
「こういう事ってあるのね……」
皆が驚愕の表情を浮かべるそれ、今まさにドロップした物は霜降りミノ肉だった。
悔しがる美佳と沙織ちゃんを慰める為に口から飛び出しただけの言葉だった筈なのに、まさかの大当たりを引いたのだ。
「「やったぁ!」」
美佳と沙織ちゃんは諸手を上げ大喜びし、俺達はその強運振りに感嘆の表情を浮かべていた。
ミノタウロス初挑戦のパーティーが数を熟したとはいえ、1度の探索で3つ手に入れているだけでも強運なのに、最後の最後で願い求めた後一つを手に入れるとは……凄いな。
「これで全員分揃ったね!」
「うん、全員で持って帰れるよ」
美佳と沙織ちゃんは満面の笑みを浮かべながら、ドロップした通常のミノ肉と霜降りミノ肉を素早く回収し柊さんの持つ保冷バッグへと詰め込んだ。
そして2人は満足げな笑みを浮かべながら、ハイタッチをして喜びを分かち合っていた。
「まぁ何だ、これで後顧の憂いなく地上に帰れるよな?」
「うん!」
「はい!」
「そうか、それは良かった」
輝くような笑みっていうのは、まさに今2人が浮かべているような笑みの事をいうんだな。
念願の最後の一つを手に入れたという事で美佳と沙織ちゃんの帰路につく足取りは軽くなり、当初予定していたペースよりかなり早く地上近くまで戻ってくる事が出来た。
まぁ浮かれているという感じではなく、気にしていた重荷が無くなった為という感じだったけどな。
「はぁ、やっと出入り口が見えた。帰りでも渋滞するのは勘弁してほしいよね」
「そうだね、ただでさえ疲れてるのに帰り道でこの渋滞行列は精神的にきついよ。行列にもメリットがあるのも分かるけど、帰り道位もう少しスムーズになると良いんだけどな」
行列の先に地上への出口が見えた事で、美佳と沙織ちゃんの口から渋滞行列への愚痴が漏れる。
探索者としてレベルアップ強化されているので肉体的には問題無いのだが、延々と続く行列って精神的に来るんだよな。特に探索活動を終え、色々と疲れている時は特にさ。
「まぁまぁ、もう出口は見えてるんだからそう焦るなって。一応予定より少し早く戻ってこれたんだから、今日の渋滞はマシな方だと思うぞ?」
「そうかもしれないけど……」
年末近くという事もあるのか、帰り道に移動行列を使用する多くの探索者達の気持ちが少し逸っていたらしく、普段より僅かに足取りが早くなっていた。お陰で全体の移動速度が上がり、予定より30分程早くここまで戻ってこれた。
まぁ渋滞自体は発生しているので、精神的つらさにさほどの変わりないんだけどね。
「まぁそれよりダンジョンを出たら着替えを済ませて査定窓口に行くから、保冷バッグの整理はそれまでに済ませておくんだぞ。提出する数が数だから、最初に分けておかないと査定終了時間が伸びるからな」
「あっ、うん分かった。持って帰るのはあれだけだから、仕分け自体は直ぐに終わると思う。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん、他は特にいらないかな」
美佳と沙織ちゃんは顔を見合わせた後、軽く頷きながら持ち帰り品の認識のすり合わせを行う。ちゃんと認識を共有しておかないと、提出時に揉める事になるからな。探索者パーティーが窓口で揉めてたら、かなり悪目立ちするんだよ。
流石に手が出る事例は少ないが、大声で怒鳴り合うといった揉め事はままあるしさ。
「そっか、それじゃぁ仕分けには大して時間は掛からなさそうだな」
「うん」
「はい」
そして美佳と沙織ちゃんが軽く頷き返事をすると、ちょうどダンジョンの出入り口を潜り地上へと戻って来た。俺達はそのまま流れに乗ったままチェックゲートを潜り、入り口ゲートがある建物の外へと出る。
そして軽く背伸びをし、体を解す。うん、やっぱり太陽の光を浴びるのは良いね。
「よし、それじゃぁ着替えを済ませたら査定窓口に行くとしよう」
俺達はそのまま更衣室に直行、荷物整理する必要も無いので手早く着替えを済ませ、査定窓口のある建物へと向かう。建物の中には大勢の探索者が犇めいており、査定窓口の待合番号札を発行すると30組待ちという事が判明した。複数の査定窓口が設置されているとはいえ、30組も待っていれば40~50分近くは待たされるかもしれないだろうな。
「どうする、結構待つ事になりそうな感じだぞ? 大人しくここで呼び出されるまで待つか、それとも併設されてる自販機コーナーにでも行くか? 結構色々揃ってると思うし……」
俺は思ったより長くなりそうな待ち時間を、どうやって潰すか提案する。ここの敷地内にも軽食が取れる自販機コーナーは設置されているので、小腹を満たしつつ時間を潰す事が可能なのだ。まぁ結構利用者が多いので、手の込んだレトルト系のヤツは時間的に厳しいだろうけどな。
そう思いつつ聞いてみると、4人から返って来た反応は少し微妙な物だった。
「まぁ待て待て。最近は査定も意外と早く終わるから、30組待ちといってもそれほど待つ事にはならないんじゃないか? 自販機コーナーに行っている間に呼ばれて、不在を理由に呼び飛しされたら2度手間になるぞ」
「そうね、大人しく待つ方が良いんじゃないかしら? 予定より早く戻ってこれたのに並びなおしなんて事になったら2度手間の上、全体スケジュールの大幅遅延に繋がるわ」
「お兄ちゃん、待ってても良いんじゃない? ここの窓口って、早い時は早いんだよね」
「今日は臨時の窓口も全部開いてますし、ここで待ちましょう。多分そんなに時間は掛かりませんよ」
「そっか、じゃぁ2度手間も面倒だしここで待つか」
皆の意見がここで待つという方向に向いたので、俺達は何時呼び出しを受けても良いように空いてる席を探しつつ雑談で時間を潰す事にした。確かに結構な短い間隔で待ち札番号が呼ばれているので、そんなに待たなくても良いかもしれなさそうだな。
しかしこんだけ混んでいたら、そう都合よく人数分の待合席が空く事なんて……あれ、空いた? ああ、そうだね、あそこに座らせてもらうか。




