第334話 やっと帰って来れたよ
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提出するアイテムの内容など今後の対応を検討しつつ休憩を取っていると、近くに敵が接近してきている気配を感じ俺達は椅子から腰を浮かせた。
接近してくる速度からすると、恐らくコレはイタチだな。
「やれやれ、ゆっくり休憩も取れないな」
「まぁダンジョンの中なんだし、それは言ってもしかたないさ」
「そうね。それより迎撃準備よ、ココを片付ける時間は無いでしょうから防壁の外で迎え撃ちましょう」
「だね」
と言うわけで、俺達は防壁の外へ出て接近してくるモンスターの迎撃に取りかかった。リスの狙撃攻撃なら防壁でも防げると思うが、イタチだと飛び越え中に侵入してくるからな。半閉鎖空間でイタチと高速戦闘……負けはしないがテーブルや椅子が壊れるのは嫌だ。
「音からすると……単独かな?」
「……そうみたいだな、伏兵の気配もないみたいだ」
「単独で正面からか……相手の方が数が多いのなら待ち伏せした方が良いのにね」
「そうだね……」
モンスターの攻撃方法にダメ出しをしながら、音と気配がする方に注意しつつ周囲への警戒も怠らないでおく。上に居なくても、下に隠れている可能性もあるからな。
そして待つこと十数秒後、森の奥からイタチが姿を現した。
「うーん、イタチだったね」
「だな。しかも……やっぱり単独だな」
「せめて数で勝てるように、同種で徒党を組んでこないと……」
単独で姿を見せたイタチを若干残念気な眼差しで見つつ、俺達はイタチが動き出す前に始末しようと動き始めた。と言っても、逃げ道を塞ぐようにしつつ攻撃を仕掛けるだけだけどな。
先ずは柊さんが牽制として風魔法を打ち込みイタチに回避を強制させ、柊さんの左右に分かれ待機していた俺と裕二が回避先を読んで咄嗟の回避行動で身動き出来ない所を攻撃した。結果……。
「よし、終わった」
俺の振るった一太刀でイタチの頭は斬り飛ばされ、戦闘らしい戦闘が起きる事無く仕留められた。他に伏兵は……うん、やっぱり居ないな。
そしてイタチは暫く間を置いた後に粒子化を始め、跡に一本のスクロールがポツンと転がった。うーんスクロールか、何のスクロールだ?
「大樹、中身は何だ?」
「ちょっと待って、“鑑定解析”っと……。うん、中身は“俊敏性向上”だね」
「“俊敏性向上”……速さが上がるのか」
「うん。どちらかと言うと、瞬発力が上がるって感じだね」
イタチから出たからなのか、素早さが上がる系のスクロールだった。パッシブ系のスクロールなので、使う人を選びそうだけどな。ナイフなんかの近接武器を使う人には重宝されそうなスキルだ。
まぁ俺達には……うん、換金に回すかな? スキルで俊敏性を上げる前に、自分の素の素早さに慣れないといけないしな。
「……換金に回して大丈夫そうなヤツだな」
「そうだね……俺も換金に回して良いと思うよ。柊さんは?」
「私も良いわよ。今の所必要なスキルって訳でもないしね」
「じゃぁ換金行きだな」
今回は“空間収納”で死蔵するドロップ品が多いので、こういった素直に換金に回せる系のアイテムは助かる。嵩張らず高額換金出来る品で言えば、先ずスクロールかマジックアイテムだからな。企業系探索者が増え、低階層帯で得られるアイテムは市場に多く流れ値崩れしているので量を集めてもそれほど利益は稼げない。
しかし、スクロールやマジックアイテムは供給量が増えているもののそこまで値崩れはしてないからな。探索者が持ち帰れる量が限られている以上、換金物としてはやはりスクロールやマジックアイテム系が有益だ。
「良し。じゃぁココを片付けて、そろそろ先に進もうか? あまり長居していると、また別のモンスターが来るかもしれないしね」
「まぁ休憩として、十分休めたしな」
「そうね、次はもう少し警戒が楽な場所で休みましょう」
と言うわけで、俺達は防壁の木や椅子などを片付け、再び地上を目指しダンジョンを歩き出した。
この調子だと、次に休憩するのは20階層帯ぐらいかな?
出来るだけ敵との交戦を避けて最短距離を進みながら30階層帯を抜けた俺達は、一時間ほど掛け20階層帯へ入った。ココまでは他の探索者達と遭遇することも無かったのでスムーズに移動出来たが、ココからは企業所属探索者チームがいるだろうから移動するだけでも時間が掛かるだろうな。
とか言ってる間に無人の広場を通り抜け扉を開けると、29階層だってのに来る時は無かった企業所属探索者チームのキャンプが設営中だった。なので、とりあえず……。
「どうも、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様……」
と、軽く挨拶をして何事も無かったかのようにキャンプの横を通り抜け様としたのだが……。
「えっ、あっ、ちょっ? えっ? ま、待ってくれ!」
チッ、そのまま流してくれれば良かったモノを! 俺は内心舌打ちしながら、表情には出さないまま戸惑い動揺している見張り番をしている男性に視線を向ける。
呼び止められてしまったせいで、他の作業している人にも気付かれたじゃないか。こうなってしまうと、無視して立ち去るというのは少し具合が悪い。なので……。
「はい、何です?」
「い、いや、君達……今アソコから?」
と、オーガが控える広場に通じる扉を指差しながら、男性は動揺を抑えきれないと言った口調で尋ねてきた。
「はい、そうですけど……何か?」
「えっ、あぁ、その……」
「無いのでしたら失礼させて頂きますね?」
「あっ、ああ、気を付けて……」
俺が淡々とした口調で何でも無いかのように返事を返すと、男性は次の言葉を紡げず視線を右往左往させていた。と言うより、あまり相手の内情を追求するような深い質問はマナー違反だからな。俺達のような高校生探索者の少人数パーティーが扉の向こうから現れたので、驚きでついつい尋ねてしまったのだろう。
とはいえ、一度冷静になり自分がマナー違反をしていると自覚すれば、バツが悪くなって何も言えなくなるよな。
「ふぅっ……何とか誤魔化せたかな?」
「誤魔化せた……のか? まぁ俺達が30階層超えをしているのは一部では知られてるだろうしな、あの人達が気になって調べたら直ぐに足は付くだろうけどな」
「まぁ、そうね。でも、あの人達なら変に絡んでくることは無いんじゃないかしら? あっても、スカウトくらいでしょうから問題ないわ」
まぁ、そうだろうね。こんな所まで潜れる探索者に喧嘩を売るような事をしても、向こうには何のメリットも無いだろうからな。
あっ、いや、でも……喧嘩を売ることでメリットを得られるって考える所もある、かも?
「それにしても、来る時に無かったベースキャンプがアソコに有ったって事は、盆休み明けの企業も本格的に活動しだしたって事かな?」
「だろうな。盆休み明けってのは、区切りとしては丁度良いタイミングだったんだろう。もしかしたら他の企業も、少しずつベースキャンプの位置を移動させてるかもしれないぞ」
「そうなると、上に帰るのにも時間が掛かるかもしれないわね。企業が動いてるって事は、移動ルートも何時ものように混雑しているって事だもの」
ああ、確かに。帰還予定時間は多少多めに見積もってたけど、予想以上に時間が掛かる可能性が出て来たな……。
「人目が有る以上、あまり無茶な移動は出来ないからね……」
「多少の早足程度なら問題ないだろうけど……全力移動は流石に拙いだろうからな」
「その早歩きも、人の流れが有る所じゃ出来ないモノね」
恐らく20階層帯までなら、そこそこスムーズに移動出来るだろうが、10階層帯に入れば一気に人の数が増えるからな。最短距離で階層移動するにも、人の移動の流れに乗って移動しなければならないので時間が掛かる。
うん、やっぱり来る時が特別に人が少なかったって事だな。でなければ、予定を変えて50階層を目指すなんて無茶は出来なかったんだし。
「まぁ結局出口は一つしか無いんだから、人が多かろうが少なかろうが行くしか無いんだけどね」
「そうだな。じゃあ悩んでいても仕方ない、行くか?」
「ええ、行きましょう」
と言うわけで俺達は早歩き気味でダンジョンを移動する。
23階層辺りから段々と企業系探索者以外の探索者パーティーの数も増え始め、一階層を移動するのにも時間が掛かるようになり始めてきた。
予定時間は多めに取っているので大丈夫だが、混み具合によっては地上への帰還が予定ギリギリになるかもしれない。
「流石にこの辺になってくると、混んで来たね」
「ああ。それに、学生系探索者パーティーの姿もチラホラ見えはじめて来たな。夏休みを利用して到達階層を伸ばしてきたパーティーだろう」
「学生には、夏休みみたいな長期休みが一番探索に集中出来るものね。普段だと学校が有るからちょっとしか潜れないし、人が多いから深く潜ることも難しいから中々レベルも上げられないもの」
「まぁ、そうだよね……それで分散が進めば良いんだけど」
学生探索者パーティーもレベルが上がれば、今までより深い階層に挑戦してくるのは当然と言えば当然だ。その恩恵として、レベルなどの事情で10階層帯に留まっていた学生探索者パーティーの活動階層が分散して移動ルートの混雑も少しは解消されると良いんだけど……恩恵が受けられるのはもう暫く時間が掛かるだろうな。
なので多分、今回はその恩恵は受けられないだろう。
「この先は混むと想定して……20階層辺りで一度休憩してから一気に出ようか?」
「ええ、その方が良いかもしれないわ。一度移動の流れに乗ると、途中で出入りするのは時間のロスになるものね」
「確かに流れの途中で抜けるのは簡単だけど、入るのはちょっと気を使うからね」
移動の流れの列は、モンスターが襲ってきた時に前後のパーティーを巻き込まずに戦えるようにと、ある程度の間が空いている。なので流れに入ること自体は簡単なのだが、一度に大量のパーティーが横入りをしないとか、合図を貰って入るとか色々と気を使う事が多い。
そんなわけで、出来れば一度流れに乗ったら地上に出るまで移動を続けるというのが一番気が楽なのである。
「じゃぁ先ずは、20階層に行くって事で」
「おう」
「ええ」
すれ違う探索者達を上手く避けつつ、早歩きで20階層を目指し駆け抜ける。すれ違う時に多少驚かれたが、まぁ、大丈夫だろう。
そして30分ほど掛け、俺達は20階層へと到達した。
「思ってたより多いね……ここ」
「ああ。でもここが多いって事は、他の階層にいる探索者が少ないって事……だと思う」
「そうであって欲しいわね。まぁ只単純に、人が増えたって可能性もあるけど……」
柊さんの想定は、一番最悪なパターンである。そうなると、これまで以上に階層移動に時間が掛かるようになるってことだからな。日帰りで30階層に到達するのも難しくなるか?
夏休みが終われば少しは落ち着く、そう思っていよう。
「まぁまぁ、一先ず休憩を取ろうか? 空いてる場所は……」
「……ダンジョンへの入り口側だな。階段側には空きスペースは無さそうだぞ」
「まぁ無理も無いわ。皆休憩中は出来るだけ安全に、って思うものね」
「ハハッ、そうだね。じゃぁ……アソコにしようか?」
入口側で程良くスペースが空いていた場所に腰を下ろし、俺達は最後の休憩を取る。
ふぅ……さて、どれくらいで地上に出られるかな?
20階層での休憩を終え2時間後、俺達は漸く1階層まで上がって来られた。まさか行き道と同様に2時間程で1階層まで登って来られるとは思っても見なかった。学生探索者パーティーの分散効果が早くも出ているのか、たまたまタイミングが良かったのだろうか?
まぁ予定より少し早く戻って来られたので、今はどっちでも良いか。
「ああ、ここまで長かった……」
「そうだな。でも、コレでも予定より大分順調に進んで来れた方だぞ?」
「ええ、予定ならもう1時間は多く掛かっていたはずだものね」
「それを思えば、順調にも順調な道程だったね」
愚痴のような軽口を叩きつつ、俺は軽く背伸びをし体を解す。裕二と柊さんは予定より早く戻って来られたのだから文句を言うのは贅沢と注意してくるが、丸一日以上ダンジョンに潜っていたのだから愚痴の一つ位許して欲しいな。
だけどまぁ、もうすぐ地上なので気が抜けそうになるが、最後の最後で気を抜いて怪我をしたくないので警戒は緩めていない。
「あっ、もう直ぐ外だね」
通路の角を曲がると、俺達の視線の先には外の光が目に飛び込んできた。どうやら予定外に予定外を重ねた長い探索も、もう直ぐ終わりである。
いやぁ、本当に長かった。後は換金作業だけだけど……何事も無く終わって欲しいな、ホント。




