第328話 また妙な行動を……
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重苦しい雰囲気が漂う中、俺達は鍋を突きながら話を続けていた。
「出来れば今回の探索で、キリ良く50階層まで行った方が次の探索に繋げられると思うんだけど……」
「確かに50階層まで行けたら、次の階層帯の環境が把握出来るから次の探索時の参考に出来て有利なんだよな。でも……」
「問題は時間よ。確かにこのまま進めば50階層に到達する事は出来ると思うわ。でも1階層攻略に1時間掛かるとしたら、行き道だけで8時間も掛かるのよ? 行きに8時間掛けてたら、帰りに4,5時間は掛かるわ。それも、30階層以上の階層に居る探索者が少なくスムーズに進んだ場合よ?」
俺の提案に裕二と柊さんは眉を顰めながら、提案に乗りたいと言った表情を浮かべつつも口では消極的な反対をしてくる。
やっぱり柊さんが言うように、問題は時間だよな。
「つまり50階層を目指したら、明日の探索は合計で12,3時間掛かるって事だよね」
「12,3時間……朝の7時頃に探索に出発するとしたら、地上に戻れるのは20時頃か」
「それも空いてた場合よ? 最悪、家に帰り着く頃には日付が変わるわ」
「流石に深夜帰りってのは拙いよな……」
今回の探索では事前に戻るのがそこまで遅くなると伝えていないので、下手をすれば探索に失敗し俺達が大怪我を負っているのでは?と、家族に心配をかけてしまう事になる。当然、ダンジョンの外に出れば連絡自体は可能なのだが、これまでの日帰り探索では大体20時前には帰宅しているのに、今回に限ってそれまで一切連絡が取れない状況となれば……うん、拙いよな。
「せめて帰りが遅くなるって連絡が出来れば、最悪深夜帰りになってもセーフ?なんだけどな……」
「セーフ……とも言い切れないけど、大怪我を負ったのかもと心配はさせないで済むわね」
「うん。でもそうなると、遅くとも17時18時頃までにはダンジョンから出ないといけないかな……」
と言う事は、明日の新階層の探索に充てられる時間は、やはり5,6時間が限界という事だろうな。それ以上はどう考えても、現状では無理だ。
裕二も柊さんも俺と同じ結論に至ったのか、互いに眉を顰めながら顔を見合わせる。
「……6、いや5時間でどうかな? 目標としては50階層到達だけど、5時間でいけるところまで進むって感じでさ?」
「5時間か。そうだな、5時間あれば……行けるか?」
「運が良ければいけるでしょうけど、たぶん46,7階層到達が現実的な所かしら?」
ギリギリ時間が足りず、50階層目前で引くことになりそうな気がするけど……その場合は素直に引くしかないか。俺は軽く溜息を吐きながら、結論を出す。
「やっぱり、5時間で行けるところまで行く。これで良いんじゃないかな?」
「そう、だな。それが一番マシか……」
「そうね……」
到達階層の更新と地上への帰還時間、その二つを天秤に掛けたらこの辺りが妥協点だろう。今回の探索で50階層に到達するのは難しいかもしれないが、偶々人が少なく順調に進んで来られただけなのだから無理をする必要はない……と考えるしかないな、残念だけど。
やっぱり50階層近くまで余裕をもって来ようと思ったら、1泊2日じゃ時間が足りない。2泊3日は要るだろうな……。
「御馳走さまでした」
「「ご馳走様でした」」
鍋を食べ終えた俺達は片付けをしながら、夜番の順番について話し合う。と言っても、俺と裕二のどちらが2番目の夜番をやるか決めるだけなんだけどな。柊さんはバリケード製作で魔法をたくさん使ってもらったので、回復時間を稼ぐ為に3番目確定だ。
と言う訳で、俺と裕二は手早く決める為にジャンケンをする。
「「ジャン、ケン、ポン!」」
「よっしゃ、俺の勝ち!」
「嗚呼、負けたっ!」
ジャンケンの結果は俺の勝ち、と言う訳で裕二が2番目を務める事になった。裕二は少し不機嫌そうな表情を浮かべながら、片付けを済ませてサッサとベッドの上に転がる。
そして俺は寝る準備を始めた柊さんに一言断った後、椅子を持ってバリケードとベースキャンプの間の位置に移動した。あまりバリケードに近付くと、視界が塞がれるからな。
「さて、それじゃ3時間の夜番頑張るとしますか……」
俺は“空間収納”から最近購入したラノベの新刊を取り出し、武器を手の届く範囲に置いて椅子に腰を下ろす。そして周辺警戒を続けながら、俺は視線を手元のラノベに落とした。
何事も無く、俺が担当する夜番の時間が終わる。幸いモンスターの襲撃も無く、静かにラノベを読み切る事が出来た。俺は読み終えたラノベを“空間収納”に仕舞い、椅子から立ち上がり裕二を起こそうとベッドへと近づく。
「裕二、交代の時間だよ」
「……ん? ああ、交代の時間か」
俺が声を掛けると、裕二はすぐに目を覚ましベッドの上で上体を起こした。幻夜さんの訓練のお陰で、寝てても警戒を続け即座に動き出せるようになった成果だな。探索者とは言え、高校生が身に付けるスキルなのかは首を傾げる限りだけど……。
「そっ。準備が出来たら声を掛けてよ、交代するから」
「おう。ちょっと待っててくれ、直ぐに準備するからさ」
「了解」
と言う訳で裕二が起きたのを確認し、俺は元の位置に戻り引継ぎ完了までの残り僅かな時間の警戒を続ける。賢い敵なら、今がチャンスと思って襲ってくる可能性があるからな。
そして3分程で準備を済ませた裕二が俺の所に来たので、夜番を引き継ぎ俺は就寝する事にした。
「じゃぁ、後は頼むな」
「おう、お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
「うん、お休み」
裕二に後を任せた俺は、ベッドに寝ころび目を閉じた。
さぁて、寝るか。
気持ちよく寝ていると、突然響いた裕二の大声で俺は目を覚ます。
「起きろ二人とも、モンスターの襲撃だ!」
「「っ!?」」
ベッドで寝ていた俺と柊さんは、裕二の警告を聞き反射的にベッドから飛び起きた。寝起きで1,2秒頭が混乱していたが、直ぐに状況を把握し近くに置いてあった武器を手にし、警戒と威圧を続ける裕二の元へ駆け寄る。
クソっ、ユックリ休ませてくれよ!
「裕二、敵は何処だ!?」
「左側の森の中だ。数はおそらく2体」
「……見つけた!」
裕二が指さす方向に視線を向けると、木の上から俺達に向かって敵意を向けてくる小さな影を見つけた。アレは……リス、か?
「なぁ裕二、あれってリス?だよな」
「ああ、多分な。あそこに姿を見せてから、何かする訳でもなくジッとこっちを見てくる」
「……動かないの?」
「ん? ああ、柊さん。そうなんだよ、あいつら姿を見せてから全然こっちに近付いてこないんだ」
俺に少し遅れやってきた柊さんに、裕二が簡単に状況を伝える。
しかし、姿を見せたのに問答無用で襲って来ないモンスターか……体の小ささを生かした待ち伏せ奇襲専門のモンスターって事か? って!?
「「「あっ!」」」
リス?は俺達が警戒しながら注視していると、素早く身を翻し森の中へとその姿を消した。そんなリス?の予想外の行動に、俺達は思わず呆気にとられた表情を浮かべながら見送る。
一当たりする事も無く撤退って……。
「逃げた、で良いんだよね? この場合……」
「ああ、確かに逃げたんだろうけど……逃げた理由によってはアレの厄介さが激しく増すな」
逃げた理由、それってつまり……。
「……敵わないと見て逃げたか、機を窺う為に逃げたのかって事よね?」
「ああ、柊さんの言うとおりだ。前者の理由なら問題ではあるけど、そこまでの問題ではない。だけど、後者の理由で逃げたのなら……」
機を窺う為に逃げた。つまり、確実に俺達に有効打を与えられる機会を窺っているという事だ。先程の様子から見て、リス?は木の上を主に移動していた。それは何時、頭上から攻撃が仕掛けてこられるか分からないという事だ。常に頭上から俺達が隙を見せる機をじっと待つモンスター……厄介過ぎる。
森の中で一瞬たりとも警戒を緩められない敵が潜んでいる、コレって精神的にかなり重い負担だよな。
「前者の理由であってほしいな……」
「ああ、完全に同意するよ」
「はぁ……」
俺達は思わず溜息を漏らした。これなら襲い掛かって来てくれた方が、厄介事を考えなくていい分マシだったな。
「……裕二、とりあえず敵はいなくなったみたいだから、俺達は寝直す事にするよ」
「……ああ、そうだな」
「……そうね、そうさせてもらうわ。正直この事が気になって、寝られるか分からないけど」
俺と柊さんは裕二に周辺警戒を任せ、再びベッドに横になる。だが目を瞑っても、これっぽっちも眠気が出てこない。その原因は明白で、先程のリス?の事が気になって仕方がないからだ。
あのリス?は彼我の戦力差を見極める能力を持っているのか? あのリス?はどれほど侵入者に対し執着心を持つのか? 一番気が抜けるタイミングとは何時なのか、等と言った考えが無数に湧き上がってくる。
「……眠れねぇ」
覚め切った目を見開きながら、思わず口から愚痴が漏れる。
寝ないと肉体的精神的疲労は取れないと言うのになぁ……。
結局俺は暫く眠れないまま、裕二と柊さんが夜番を交代するまでリス?への対応を悶々と考え続けた。だが流石にこのまま睡眠を取らないのは拙いと思い、出来るだけ何も考えない様にしながら目を閉じていると何時の間にか眠れていたようだ。
そして……。
「起きて九重君、広瀬君」
「「……ん?」」
「そろそろ起床時間よ。おはよう、二人とも」
「「お、おはよう……」」
起床時間を知らせに来た柊さんの声で、俺と裕二はベッドから起き上がった。頭の回転が鈍いのは単なる寝起きだからか、それともリス?の事を考え過ぎたからか……少なくともあまり良い寝覚めとは言えない。
まぁ、ダンジョン内できちんと睡眠時間を取れるだけマシと言えばマシなんだけどさ。
「起きて早々で悪いんだけど九重君、食材や調理器具を“空間収納”から出してもらえるかしら? 二人が身支度を整えている間に、朝食の準備を進めておくから」
「ああ、うん、お願いします」
俺は柊さんに促されるまま食品や調理器具など一式を“空間収納”から取り出した後、裕二と共に身支度を整える。まぁ柊さんが用意してくれた水で顔を洗うだけなので、3分と掛からないんだけどな。
洗顔し寝惚け眼を晴らした俺と裕二は、朝食の準備を進めてくれていた柊さんにお礼を言う。
「改めておはよう、柊さん。ありがとうね、朝食の準備も進めてくれて」
「おはよう、柊さん」
「おはよう、二人とも。準備と言っても食器を用意してお湯を沸かしているだけよ、大した事はしていないわ。それより、二人はどれを食べる?」
そう言って柊さんは、先程俺が取り出しておいたカップラーメンが入った袋を掲げた。まぁ手早く朝食を食べるのなら、カップラーメンが定番だよな。
柊さんから袋を受け取った俺と裕二は中身を漁り、それぞれ食べたいものを取り出す。因みにラインナップは俺がきつねうどん、裕二が味噌ラーメン、柊さんがチャンポンだった。
「おっ、丁度よくお湯が沸いたみたいだね」
ガスコンロに掛けられていた鍋のお湯が沸騰したので、各々が選んだカップラーメンにお湯を注いでいく。そしてカップラーメンが出来上がるのを待っている間に、裕二と柊さんにリス?が逃げ帰った後の夜番について質問していく。
「そう言えば二人とも、あの後はどうだった? 特にモンスターの襲撃を知らせる声は無かったけど……」
「まぁ、特に変化はなかったな。リス?の再襲撃があるかもと警戒してたけど、あの後は影も形も無かった」
「私の夜番の時も、広瀬君と同じよ。木の上を重点的に警戒して見ていたけど、私が把握している範囲でリス?は見掛けなかったわ」
「そっか……」
森の奥に誘い込んで仕掛ける算段なのか、はたまた本当に逃げただけなのか……真相は闇の中って事だな。様子見に再び姿を見せなかったって事を考えると、本当に逃げた可能性の方が高い様な気がするけど。
「じゃぁ実際にリス?が居たあたりの森の中に入って見ないと、真相は確かめようがないって事か……」
「自分から危険に近づくような真似はしたくないけど、今までにない行動をとるモンスターだからな。多少の危険は覚悟しても、早い内に確認しておいた方が良いかもしれないな」
「そうね。リス?の性質が不確定のまま進むと、精神的疲労が増えるばかりだもの」
リス?の性質が分かれば、通常警戒で良いのか重点警戒すれば良いのか判断出来るからな。遭遇したら逃げる前に倒せば良いのか、常に頭上からの奇襲を警戒し続けないといけないのかが。
とまぁ、そんな事を話していると、何時の間にか蒸らし時間を大分過ぎており、俺達は伸びきったカップラーメンを食べる羽目になってしまった。失敗したなぁ、タイマーをセットしときゃ良かったよ。




