第283話 僅かな差が大きな差に
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会議室を出た俺達は、1階の受付で探索者カードの更新を行った。ランク更新を行う探索者は少ないらしく、更新作業自体はすぐに終わり俺達は晴れてCランクへと昇格。書き換えられた探索者カードには、一際目立つCの文字が刻まれていた。
返事……早まったかな?
「うーん。昇格はしたけど……一切喜びを感じないな」
「まぁ、押し付けられたって感じだからな。うれしくないって気持ちになるのは、仕方ない反応だろうさ」
Cの文字が刻まれた探索者カードを気だるげな眼差しで眺めながら、俺は望んでいなかった昇格への愚痴をこぼす。裕二もそんな俺の愚痴に慰め?の突っ込みを入れるが、顔は気疲れ感がありありと浮かんでいた。
正直、何のメリットも無い昇格だったからな。
「二人とも、終わった事でウダウダ愚痴を漏らしても仕方ないわよ。これからどうするかを話し合った方が、幾分かは建設的よ」
「「……ああ、うん。そうだね」」
鬱陶しげな表情を浮かべた柊さんの指摘に、俺と裕二はバツの悪い表情を浮かべた。確かに柊さんの言うように、終わった事に頭を悩ませる時間を使うより、これからの事について話し合った方が良いだろうな。
俺は持っていた探索者カードを懐に仕舞い、軽く頬を両手で叩き気持ちを切り替える。
「良し、じゃぁまずは……一服しながら休憩しよう。流石にこの後すぐにダンジョンへ突入、って訳にはいかないからさ」
「賛成だ。確かに少し時間をおいて、頭を冷やした方が良いだろうな。流石に、ダンジョンアタックをする前に色々とあり過ぎだ」
「安全にダンジョンへ挑む為にも、平常心を取り戻すまでは時間を置いた方が良いでしょうね」
と言う訳で、全員一致でダンジョンアタック前に休憩をとる事にした。
いきなり呼び出しを受けての、ランクアップ話だ。モンスター相手に大立ち回りをするのとは別の疲労、精神的に堪える時間だったからな。少しは休憩を入れないと……。
ジュース片手に休憩スペースで頭を冷やしていると、先程の交渉での不手際が次々に湧き出てくる。一番大きな失敗は、ランクアップ話を即日受けた事だろう。一旦話を持ち帰り検討すると言って、返事を遅らせる事も出来た筈だったのに……ついその場の雰囲気に飲まれ、ランクアップを承諾してしまった。
事前に心づもり出来ていなかった交渉だったので、事前の準備も冷静さも足りなかったな。やっぱりこういうのは場数を踏まないと、すぐにボロが出てしまう。
「一服すれば落ち着くと思ったけど落ち着いた分、考える時間が出来て交渉の粗さに目がいって落ち込むな……」
「終わった事だ……って、言いきれればいいんだけど、無理だよな流石に」
「“一旦話を持ち帰り、検討させてもらいます”……良く聞くフレーズだけど、突然仕掛けられた交渉では有効な返答なんだったって実感できたわ。玉虫色の優柔不断な返事だと今までは思ってたけど、相手に失礼な印象を与えず自身も不利益を被らないようにするには最適な返事よね……大抵は後でお断りの返事が返ってくるけど」
「まぁそうだね、知ってはいたけど咄嗟には出てこなかったよ。ヤッパリこの辺りの思考の余裕が持てるようになるには、沢山の交渉を経験して場数を踏むしか無いかな……」
一服したせいで変に冷静さを取り戻し、先を考えようと言っていたのに3人揃って表情を暗くし落ち込む反省会となった。よくよく考えてみれば、今回のランクアップ要請は別に受ける必要は無かった。俺達としても、協会側としてもランクアップの有無自体には大した意味が無い。対外的に探索者のランクは、その探索者がどの程度の換金収入を得ているかの目安でしか無いからな。確かにダンジョン関連会社がアイテム採取依頼を出す際には、探索者の実力を測る目安にはなるだろうが、スキルスクロールやマジックアイテムと言った一発高額換金物がある以上、運の要素が絡み純粋な実力とは言い切れない。あくまでも、目安でしか無いのだ。
故に、今回のランクアップ要請には別の目的があって行われたのでは無いか?と思えてくる。
「簡単な相手……そう思われた可能性があるな」
「本交渉前の成否を問わない予備交渉で、相手の人となりを見た……そう言う事かしら?」
「真壁さんも言ってたけど、対外的には俺達って優秀な探索者って区分だからね。交渉で容易に丸めこめる相手なら、協会の手駒……お抱えにしようって考えが浮かんでも可笑しくはないかな?」
今の所、大きな不利益こそ出ていないが、協会の要請に従って碌な交渉も行わないままに要請を受諾した高校生探索者……そういう事実は残ってしまったからな。優秀な探索者ではあるが所詮は高校生、話の持って行き方によっては丸め込むのも容易な相手。今回の交渉で協会側に、そう認識された可能性はある。これが口八丁で話の本筋を煙に巻きランクアップ要請を断れていれば、交渉難度が高く油断出来ない相手と思われ、有能な探索者の機嫌を損ねられるよりはと今後も過干渉してこない可能性は高かった。だが、俺達は今回の交渉の席で“はい”と答えてしまっている。今後、協会からの干渉が増える可能性は高いかもしれない。
そして、真壁さんから俺達の実績が読み上げられたと言う事は、協会側も最低限の調査は行っていた、とみて良いだろう。……心当たりもあるしな。体育祭とかヘッポコ3人組とか……まぁ色々。
「はぁ兎も角、コレからは協会側から干渉される機会が増えるかもしれない……そう心づもりはしておいた方が良いかもしれない」
「そうだな。心づもりが有るか無いかでは、結果も大分変わるからな」
「今日の交渉も、事前に想定はしていたけど心づもりが足りなかった結果だものね」
交渉1つの失敗?で、舞い込む厄介事が増える予感がし、思わず俺達の口から一斉に溜息が漏れた。単なる考えすぎの深読みで済めば良いが、想定が現実化すれば頭が痛む厄介事でしか無いからな。
協会からの呼び出し……本当に面倒でしか無いよ。
頭が冷えた俺達は、予定時間を大幅にオーバーしながらもダンジョンアタックの準備を始めた。利用者が多く窮屈さを感じる更衣室で着替えをすませ、隣の人とぶつからないか気を付けながら共同スペースで準備運動をし、装備の最終確認を終えて入場待ちの長蛇の列へと並ぶ。
ダンジョンアタックをする前にコレだ、心が挫けそうになるな。こうなりそうだから、早めの時間帯でダンジョンへ入ろうとしたのに……呼び出しのせいで完全に予定が狂った。
「コレは……時間が掛かりそうだな」
「そうだな……入場時間は勿論だろうけど、人口が密集する上層階を抜けるだけでも一苦労しそうだな」
「……今日は無理に潜らず、見知った場所で野営した方が良いでしょうね」
柊さんの呟きに、俺と裕二は無言で頷く。見知った場所……つまり30階層以前の適当な場所で野営をしようという事だ。残念だけど今回の探索は時間の制約上、新規階層の探索は止めておいた方が無難だろう。今回は探索目的を開拓した階層の調査にした方が、次回以降の探索で有益になる。
恐らくこの状況だと、上層を抜けるだけで普段の数倍の時間がかかるだろう。30階層まで数時間かかる普段でさえ、入場する人が少ない時間帯を狙ってそれだ。今日中に30階層まで降りるのは、難しいかな? 無論、人目を気にせず走れば2・3時間ほどで到着するんだろうけど……流石に、ね。
「はぁ、要請を受けたデメリットがこんな所でも発生か……」
「単なるとばっちりだけどな。まぁ、分かり易い明白なデメリットではあるけど」
「もう、踏んだり蹴ったりだな今日は」
協会からの呼び出しと言う名の拒否し辛い面倒事が起こり、煽りを受け楽しみにしていた探索も予定を変更せざるを得ず……厄日だ。
「ついてない時はホントついてないものよ。そう言う時は……諦めが肝心よ」
「「……柊さん」」
何処か達観した遠くを見る眼差しを浮かべる柊さんの反応に、俺と裕二は何かあったのかと思わず心配する。だが柊さんもそんな俺達の眼差しを察し直ぐに、何でも無いと軽く顔の前で手を小さく振り誤魔化した。ほんと、何があったんだ?
そして若干の気拙い空気と億劫さを感じる退屈な時間が流れ1時間……よりは少し短い時間待って漸く俺達に入場順が回ってきた。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとうございます」
入り口の係員に促され、俺達は探索者カードをゲートの機械に通す。すると一瞬、表情こそ変わりないが係員さんから驚愕の雰囲気が漏れ出した。どうやら俺達が、Cランク保有者だった事に気付き驚いたらしい。
成る程、いきなりCランクの威光が効果を発揮したわけだ。Cランクでコレだ、断固としてAやBランクを断って正解だったな。
「「「……」」」
若干驚愕の色が残る眼差しで見送る係員さんの視線を背中で感じつつ、俺達は入場ゲートの前を通り過ぎダンジョンの入り口を潜った。
予想通り、何時もより遅い時間に入ったダンジョンの上層部は人で溢れかえっており、曲がり角を曲がれば先を進む他の探索者パーティーの背中が目に入るといった状況だった。この様な人目があちらこちらにある状況では、とてもではないが一直線に下層まで走り抜けるなどといった行動は取れない。
人気が減る下の階層に行くまでに、かなり時間が掛かるな……。
「「「……」」」
「やっぱり……時間がかかるな」
「ああ。だけど、こんな状況で走り抜けたりしたら悪目立ちしまくるぞ」
「そうね。以前やったのも普段使いのダンジョンじゃ無い上、変装までしていたから誤魔化せただけだもの。何回も使える手じゃ無い上、ココでやったら直ぐに正体が特定されるわ」
「……だね。変装していたとしても、通い詰めてる人からすれば動きや雰囲気で正体が看破されるかもしれない。当たりを付けて探れば、俺達だって事は……直ぐに分かるだろうね」
焦れったくとも、悪目立ちを避ける為には出来て早歩きが精々だ。その上、先を急ごうにも下手に他のパーティーとの間を詰めると、最悪襲撃を仕掛けてくるのかと思われ無駄に緊張状態に発展する。一言声を掛け先に進むという方法もあるにはあるが、密集状態が続く上層階では上手くいかない。俺達からすると下の階層に早く進みたいと言う意図の行為でしか無いが、上層階を狩り場にしている探索者達には数少ないモンスターを横取りする気では?と受け取られかねないのだ。
何故なら、夏休み期間に入り学生の新規参入組が増えたせいで上層階の人口密度が上がった為、モンスターとの遭遇率は下がり、リポップしたモンスターも即座に狩られる状況……去年の年末辺りに起きた悪循環が再発生しているからな。全体の密度で言えばバラけているので入場規制こそ掛かっていないが、兎に角移動に時間が掛かる。
「ユックリ歩いて、人が減るのを待つしか無いかな」
「ああ、急がば回れって事だな。先を進む連中がモンスターと遭遇して、戦闘に成らない事を祈るしか無い」
「上級探索者のパーティーなら早く終わるでしょうけど、適正レベル帯の探索者パーティーだと時間が掛かって足止めされちゃうものね。ホント、少しの時間差で移動時間が天国と地獄よ」
「「全くだ」」
俺達の口からポロポロと愚痴が漏れる。アタック開始が少し遅れただけで、到着に数時間の差だ。当初予定していた今回の探索目標の達成は不可能になったし、この調子だと変更した目標も達成出来るかどうか……。夏休み期間中で無ければ多少遅れても、ここまで移動に時間も掛からなかっただろうな。
そんなことを思いつつ、俺達は移動する人の流れに乗って下へ下へとダンジョン内を移動していった。
ダンジョンアタックを開始してから8時間後、俺達はやっと29階層の階段前広場に到着した。視線の先にはオーガが待機する広間に続く扉が聳え立っており、幸い他のパーティーの姿は見受けられない。
今日はここで野営して、明日から前回の探索で開拓した階層の調査を行う予定だ。
「やっと着いたよ……普段の何倍掛かったんだ?」
「倍は掛かってるだろうな。今は泊まりだから良いけど、学校が始まっても同じ状況だったら途中で引き返さないといけなくなるぞ」
「流石に片道8時間近く掛かってたら、日帰りじゃ難しいものね」
深夜に帰宅し翌朝学校へ、か。絶対に親に止められるだろうな、そんな生活。遅刻したら、遅くまでダンジョンに行っていたから寝坊しました……って言えってか?
うん、駄目過ぎるだろうな流石に。
「うん。でも今回はアタックを開始する時間かズレただけだから、何時も通りの時間に始めれば次は大丈夫だよ、多分」
「……うん、そうだな。前回来た時も、混んではいたけどココまででは無かったからな。多分大丈夫だろう、多分」
「そうね、いつもの時間に入れば大丈夫よね。多分」
「「「……」」」
全員が全員、自信なさげに曖昧な表情を浮かべ合った。
少し遅れたせいで行列に並ぶ羽目に……ランチタイムなどでよくある現象ですよね。




