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『巫女姉妹と始まる、僕の恋物語』  作者: Hafizuki Rei
第1部 : 夕暮れの神社で、偶然の出会い
2/2

今まで訪れたことのない神社

第1部 ― 何気ない朝


朝六時。


枕元の目覚まし時計が、いつもと変わらない音で鳴り響いた。


ゆっくりと目を開ける。


まだ半分眠ったままの頭で、ぼんやりと天井を見つめた。


五秒。


十秒。


十五秒。


「……もう少し寝たい」


心の底からそう思った。


けれど、あと少しだけ眠りたいという願いを聞き入れてくれるほど、時間は優しくない。


仕方なくため息をつき、手を伸ばしてアラームを止める。


そして、重たい身体を起こした。


今日も、いつもと変わらない学校の一日が始まる。


大きな試験があるわけでもない。

特別な行事があるわけでもない。

ましてや、緊張するような予定なんて何ひとつなかった。


――そのはずだった。


シャワーを浴びて制服に着替えたあと、僕は鞄を手に取って階段を下りた。


「おはよう、蓮」


食卓では、母さんが朝食の準備をしていた。


「おはよう」


席に着き、トーストを一枚手に取る。


そんな僕を見ながら、母さんが尋ねてきた。


「学校はどう? 少しは慣れてきた?」


「まあ、それなりに」


「友達はできた?」


「できたよ」


「それならよかった。休み時間まで本ばかり読んでいるんじゃないかって、ちょっと心配していたのよ」


僕はトーストを持ったまま顔を上げた。


「別に、本を読んでいたっていいだろ」


「もちろん悪いことじゃないわ。ただ、たまにはクラスの子たちとも話したほうがいいんじゃないかなって」


「……分かってるよ」


それ以上、何かを言い返す気にはなれなかった。


母さんは、そんな僕の反応を予想していたかのように、小さく笑った。


朝食を済ませ、鞄を持って玄関へ向かう。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


外に出ると、春の朝らしい少しひんやりとした空気が頬に触れた。


空は澄んだ青色に染まり、近所の庭先では色とりどりの花が咲き始めている。


吹き抜ける風からは、春特有の柔らかな匂いがした。


僕はバス停へ向かいながら、今日の時間割を頭の中で確認する。


数学。


国語。


歴史。


授業が終わったら、たぶん家に帰って課題を片づけることになるだろう。


いつもと何も変わらない一日。


……そう思っていたのに。


角にある小さな店の前を通りかかったとき、ふと昨日の出来事が頭をよぎった。


赤い鳥居。


静かな神社の境内。


そして、天塚雪菜という女の子。


「……何でまた思い出してるんだ、僕は」


思わず小さく呟き、首を振る。


別に、わざわざ思い返すようなことでもない。


困っている人を見かけて、少し手伝った。


ただ、それだけだ。


……少なくとも、僕はそう自分に言い聞かせていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第2部 ― 質問の多い親友


「蓮!」


校門をくぐった直後だった。


背後から肩を叩かれ、僕は振り返る。


そこにいたのは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた黒沢海斗だった。


「おはよう」


「おはよう。何だか、何日も寝てないような顔してるぞ?」


「ちゃんと寝たよ」


「じゃあ何だ? 世界の行く末でも考えてたのか?」


僕は冷めた目で海斗を見た。


「朝からお前の話を聞かずに済む方法を考えてた」


「おい! ひどくないか!?」


海斗は大げさに声を上げると、すぐに笑いながら僕の隣に並んだ。


中学時代からの付き合いということもあって、こいつは僕に対して遠慮というものがほとんどない。


思いついたことを、そのまま口にする。


それが助かることもあるけれど、正直、面倒に感じることのほうが多い気もする。


「ところでさ」


海斗が思い出したように口を開いた。


「今週末、何か予定ある?」


「特にないけど」


「じゃあ、久しぶりにショッピングモールでも行かないか?」


「何で?」


「飯でも食べて、適当に店を見て回ってさ。たまには遊ぼうぜ」


「何だか疲れそうだな」


その瞬間、海斗は胸を押さえた。


まるで、今にも倒れそうなほどの衝撃を受けたような顔だった。


「お前……青春ってものを分かってないな!」


「青春って、別にショッピングモールに行くことだけじゃないだろ」


「じゃあ、青春って何だよ?」


少しだけ考えてみる。


「……昼寝?」


「真顔で言うな!」


思わず笑ってしまった。


まったく、海斗というやつは。


何でもない会話を、どうしてここまで大げさにできるのだろう。


そんなことを考えながら、僕たちは教室へ向かって歩き続けた。


ところが、校舎の中庭が見える廊下に差しかかったとき、海斗が突然こちらをじっと見つめてきた。


「……おい」


「何だよ?」


「お前、今笑ってただろ」


僕はすぐに表情を戻した。


「別に」


「いや、笑ってたって」


「気のせいだろ」


「いやいや、確かに笑ってた」


海斗は僕の顔をしばらく観察したあと、何かに気づいたように口元を緩めた。


「……あれ?」


嫌な予感がした。


「もしかしてさ」


「何だよ」


「好きな子でもできた?」


僕は思わず足を止めた。


海斗も隣で立ち止まる。


しばらく、僕たちは無言で見つめ合った。


やがて、僕は深いため息をつく。


「……海斗」


「ん?」


「そんなくだらないことばかり言ってると、置いていくぞ」


「ははっ! 図星かよ!」


僕は返事をせず、再び歩き始めた。


けれど、海斗は当然のようについてくる。


こいつには、引き際というものがない。


どうやら今日は、教室に着くまでずっと付き合わされることになりそうだった。


朝から海斗と一緒に登校したことを、少しだけ後悔した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第3部 ― 天塚雪菜という女の子


一時間目の授業が始まった。


教壇に立つ先生の説明を聞きながら、僕はノートを取っていた。


いつもと変わらない授業。


いつもと変わらない教室。


けれど、ふとした瞬間に、意識が別のところへ向いてしまう。


思い出すのは、昨日のことだった。


お礼を言いながら、丁寧に頭を下げた雪菜さん。


そして、僕が手伝いを申し出たときに見せてくれた、あの柔らかな笑顔。


別に、特別な出来事があったわけじゃない。


それなのに、どうしてこんなにも頭から離れないのだろう。


「天宮」


突然、名前を呼ばれた。


「は、はい!」


反射的に顔を上げる。


何人かのクラスメイトが、こちらを振り返っていた。


教壇の前では、数学の先生が呆れたような顔で僕を見ている。


「今、黒板に書いた問題。答えてもらおうか」


僕は慌てて黒板に目を向けた。


そこには、見覚えのある数式が書かれていた。


……が、先生が何を説明していたのか、肝心なところを聞き逃していた。


数秒ほど沈黙したあと、僕は小さく答えた。


「……すみません、先生。もう一度、問題を言ってもらえますか?」


教室のあちこちから、くすくすと笑い声が聞こえる。


先生は呆れたように息をついた。


「天宮。授業に集中しなさい」


「はい。すみません」


僕は気まずさを感じながら、ノートへ視線を戻した。


……今日は、どうにも調子が狂う。


ようやく昼休みになると、僕は教科書を閉じて背伸びをした。


「なあ、蓮」


少し離れた席にいた海斗が、椅子を引きずるようにして近づいてくる。


「何だよ?」


「ちょっと考えてたんだけどさ」


「何を?」


「お前が今日ずっと上の空だった理由」


僕は怪訝そうに海斗を見る。


「別に、上の空じゃない」


「じゃあ、あの子の名前は?」


危うく飲んでいたものを吹き出しそうになった。


「……何でまたその話になるんだよ」


「親友として、お前の恋愛事情を把握しておく義務があるからな!」


「そんな義務はない」


海斗は満足そうに笑っている。


僕は小さくため息をつき、観念した。


「……昨日、神社に行ったんだ」


「神社?」


「ああ。天塚神社っていうところ」


海斗が片眉を上げる。


「それで?」


「そこで誰かの忘れ物を見つけて、神社の人に届けたんだよ」


「その神社の人って、女の子?」


「……まあ、そうだけど」


次の瞬間、海斗が机を叩いた。


「やっぱりな!」


「声が大きい」


「つまり、神社で女の子と出会って、忘れ物を届けて、そのうえ仕事まで手伝ったってことか?」


「まあ、そんな感じ」


海斗は一度黙り込んだ。


そして、妙に真剣な顔で頷く。


「蓮」


「何だよ」


「それ、恋愛小説の始まりじゃないか」


僕は片手で顔を覆った。


「……頼むから、そういうことを言わないでくれ」


けれど、海斗の興味はすでに別の方向へ向かっていた。


「で、どんな子だった? 可愛かった? 優しかった? 連絡先は交換したのか?」


「違う。違う。それも違う」


「じゃあ、もう一回行ってこいよ!」


僕は顔を上げた。


「何でそうなるんだ?」


「だって、まだ話が終わってないだろ!」


「海斗。僕はお前が読んでる小説の主人公じゃないんだぞ」


そう言うと、海斗は楽しそうに笑った。


「だから面白いんじゃないか」


……本当に、こいつには敵わない。


何と返せばいいのか分からず、僕は黙り込んだ。


そのとき、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


今日ほど、この音をありがたいと思ったことはない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第4部 ― いつもとは違う帰り道


放課後。


海斗と別れた僕は、いつものようにバス停へ向かっていた。


朝に比べて、空気はずいぶん暖かくなっている。


周囲では、週末の予定や終わっていない課題について話す生徒たちの声が聞こえていた。


僕は上着のポケットに手を入れ、ゆっくりと歩く。


「……天塚神社、か」


気がつけば、またあの場所のことを考えていた。


広々とした境内。

桜の木々。

風が吹くたびに、かすかに鳴る小さな鈴の音。


昨日見た景色が、妙にはっきりと思い浮かぶ。


それから、別れ際に雪菜さんが言っていた言葉も。


『もし時間があったら、また遊びに来てくださいね』


正直なところ、もう一度神社へ行く理由なんてなかった。


忘れ物は、きちんと持ち主のところへ戻った。


残っていた仕事も、手伝って終わらせた。


僕がもう一度訪れたところで、特に何かがあるわけでもない。


だから、今日はそのまま家に帰ればいい。


そう思っていた。


やがて、いつものバスが停留所へ滑り込んでくる。


僕は何となく行き先表示を眺めた。


そして――。


結局、乗らなかった。


バスは何事もなかったかのように発車し、僕の前から遠ざかっていく。


しばらく、その場に立ち尽くした。


それから、ゆっくりと振り返る。


向かう先は、昨日と同じ細い道。


天塚神社へと続く道だった。


「……ちょっとだけだからな」


誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。


たぶん、自分自身にだろう。


もう一度神社へ行く理由を、何とかして作ろうとしているのかもしれない。


けれど、そんなことを考えている間にも、足はすでに動き始めていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第5部 ― 二度目の訪問


天塚神社に着いた頃、太陽はまだ高い位置にあった。


僕は鳥居の前に立ち、境内を見渡した。


昨日と、ほとんど変わらない景色。


静かで、穏やかで、少しだけ街の喧騒から離れた場所。


けれど、ふと我に返る。


……本当に来てしまった。


雪菜さんが今日も当番だとは限らない。


仕事の邪魔をしてしまうかもしれない。


それに、特に用事もないのに何度も顔を出すなんて、相手からすれば不思議に思われても仕方がないだろう。


「……やっぱり帰ろうかな」


そう呟いて、踵を返した。


その瞬間だった。


「……天宮くん?」


聞き覚えのある声が、背後から僕を呼んだ。


思わず足が止まる。


振り返ると、石段の近くに雪菜さんが立っていた。


昨日と同じ巫女装束。


きれいに整えられた髪と、片手に持った箒。


どうやら、ちょうど境内の掃除を終えたところらしい。


僕を見つけた彼女は、最初こそ少し驚いた様子だった。


けれど、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべた。


「また来てくれたんですね」


「あ、はい。たまたま近くを通ったので」


……少しだけ嘘をついた。


確かに、あの道を通ったのは事実だ。


ただ、わざわざ遠回りをしてきただけで。


そんな僕の言葉を、雪菜さんは特に疑うこともなかった。


「そうだったんですね。またお会いできて嬉しいです」


彼女は箒を持ったまま、こちらへ歩いてくる。


「今日は時間がありますか?」


「まあ、少しなら」


「それなら、お願いしてもいいでしょうか?」


彼女の視線が、手に持った箒へと向けられる。


「境内の掃除ですか?」


「はい。もしよければ、少しだけ手伝っていただけませんか? もちろん、無理にとは言いませんけど」


僕は少し考えたあと、頷いた。


「大丈夫です。手伝いますよ」


その瞬間、雪菜さんの表情がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます、天宮くん」


彼女は壁際に置いてあったもう一本の箒を手に取り、僕へ差し出す。


僕はそれを受け取った。


「では、お願いしますね」


「はい」


そうして僕たちは、境内に散らばった落ち葉を掃き始めた。


しばらくの間、会話はほとんどなかった。


けれど、不思議と沈黙が気になることはなかった。


僕は少しずつ、この場所の居心地のよさを理解し始めていた。


無理に話題を探さなくてもいい。


気の利いたことを言おうとしなくてもいい。


誰かに合わせて、普段とは違う自分を演じる必要もない。


ただ、目の前の作業をしながら、最近知り合ったばかりの人と同じ時間を過ごす。


それだけでよかった。


今は、それで十分だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第6部 ― 小さな誘い


境内の掃除を終えると、雪菜さんが桜の木の下にある木製のベンチへと案内してくれた。


「少し休憩にしましょうか」


彼女はそう言って、建物の脇に置かれていた小さなクーラーボックスから、二本のお茶を取り出して戻ってきた。


「はい。手伝っていただいたお礼です」


「ありがとうございます」


差し出された一本を受け取り、蓋を開ける。


一口飲むと、冷たいお茶が喉を通っていった。


思っていた以上に、心地よい味だった。


雪菜さんは僕の隣に腰を下ろし、静かな境内を眺めている。


「学校生活はどうですか?」


「順調ですよ。まだ慣れないことも多いですけど」


「新しい環境ですからね。慣れるまでは、少し時間がかかると思います」


「そうですね」


僕は頷き、それから何となく気になっていたことを尋ねてみた。


「雪菜さんはどうなんですか? 学校と神社のお手伝いを両立するのって、大変じゃないですか?」


彼女は少し意外そうに僕のほうを向いた。


けれど、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「もう慣れていますから。それに、妹たちも手伝ってくれますし」


「妹さんたち?」


「はい。私には三人の妹がいるんです」


そういえば、昨日届けた巾着袋も妹さんのものだった。


「みんな神社のお手伝いをしているんですか?」


「基本的にはそうですね。それぞれ担当していることが少しずつ違うんですけど」


雪菜さんは、少し楽しそうに話し始めた。


「陽菜はいつも元気いっぱいで、紫苑は細かい作業が得意なんです。瑠璃も、必要なことがあれば進んで手伝ってくれますよ」


「へえ。何だか賑やかそうですね」


「ふふっ。そうですね。忙しいこともありますけど」


彼女はそこで一度言葉を切り、境内を見渡した。


「みんなで協力することには、もう慣れていますから」


その表情は、とても穏やかだった。


僕も本殿のほうへ目を向ける。


「それなら、今日少しでも役に立ててよかったです」


そう言うと、雪菜さんがこちらを見た。


そして、少しだけ間を置いてから口を開く。


「天宮くん」


「はい?」


「もし今週末、予定がなければ、また神社に来てみませんか?」


「今週末ですか?」


「はい。近いうちに神社の行事があるので、その準備を始める予定なんです。たぶん、いつもより忙しくなると思います」


そう言ってから、彼女は慌てたように付け加えた。


「あっ、もちろん無理にとは言いませんよ? ただ、もし興味があればと思って」


僕はしばらく考えた。


今週末に、特別な予定があるわけではない。


けれど、これまで神社の行事に関わったこともなければ、知り合ったばかりの人たちと一緒に過ごした経験もほとんどない。


どうしようかと考えながら、隣に座る雪菜さんへ視線を向けた。


彼女は無理に返事を求めることもなく、ただ静かに待っていた。


やがて、僕は小さく頷いた。


「分かりました。時間があれば、顔を出します」


雪菜さんの表情が、また柔らかくなる。


「本当ですか? 楽しみにしていますね」


たったそれだけの言葉だった。


それなのに、なぜだろう。


僕はその約束を、きちんと守りたいと思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第7部 ― 帰る前に


太陽が少しずつ西へ傾き始めた頃、僕はそろそろ帰ることにした。


雪菜さんは、入口近くの石段まで見送りに来てくれた。


「今日は本当にありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」


少しだけ間を置いてから、僕はふと思ったことを口にした。


「そういえば、僕……特に用事もないのに来ちゃいましたね」


雪菜さんは不思議そうに首を傾げる。


「用事がないと、神社に来てはいけませんか?」


「え?」


「ここは、いつでも誰でも訪れていい場所ですよ」


彼女は穏やかな笑顔を浮かべた。


「それに、こうしてまたお話しできたんですから、私は嬉しいです」


僕はすぐには返事ができなかった。


その言葉が、思っていた以上に心に残ったからだ。


どこかへ行くのに、立派な理由なんて必要ない。


誰かに会いに行くのにも、特別な用事なんてなくていい。


ただ、そこへ行きたいと思ったから。


それだけでも、十分なのかもしれない。


「……ありがとうございます、天塚さん」


「どういたしまして、天宮くん」


僕は軽く頭を下げ、鳥居のほうへ歩き出した。


鳥居をくぐる前に、一度だけ境内を振り返る。


今度は、初めて訪れたときとは少し違って見えた。


倉庫の場所も知っている。


桜の木の下にあるベンチも覚えている。


そして、ここに来れば自分を迎えてくれる人がいることも。


そんなことを考えていると、不思議と足取りが軽くなった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


第8部 ― 少しだけ変わった帰り道


帰り道は、昨日よりも短く感じられた。


細い道を歩きながら、僕は雪菜さんに誘われた週末のことを考えていた。


今週末。


神社の行事の準備を手伝うことになるらしい。


特別な予定というほどのものでもない。


それなのに、神社に着いたら何をするのだろう、と考えてしまう。


どんな作業を手伝うことになるのか。


雪菜さんは、また当番をしているのだろうか。


それから、三人の妹たちはどんな人たちなのだろう。


まだ、まともに会ったことすらない。


「……本当にまた行くことになりそうだな」


思わず小さく笑った。


交差点に差しかかったところで、ポケットの中のスマートフォンが振動した。


取り出して画面を見ると、海斗からメッセージが届いていた。


黒沢海斗:

なあ、蓮! 今週末のショッピングモール、どうする?


僕は少し考えてから返信する。


天宮蓮:

悪い。ちょっと別の予定ができた。


すぐに既読がつき、返信が返ってきた。


黒沢海斗:

別の予定って何だよ?


僕は立ち止まり、画面に文字を打ち込む。


天宮蓮:

神社の手伝い。


数秒後。


黒沢海斗:

神社!?


黒沢海斗:

ちょっと待て。昨日の女の子もいるのか!?


画面を見つめたまま、僕は無表情になった。


「……やっぱり言わなきゃよかった」


そう呟いた直後、またスマートフォンが震える。


黒沢海斗:

蓮!! 明日、詳しく聞かせてもらうからな!!


僕は返信せず、そのままスマートフォンをポケットにしまった。


明日になれば、きっと海斗から根掘り葉掘り聞かれることになるだろう。


それはそれで面倒だけれど、今はもう少しだけ静かに帰りたかった。


頭上では、夕空がゆっくりと色を変えていく。


そして、ふと気づく。


高校に入学してから、週末をこんなに楽しみに思ったことは、まだ一度もなかった。


友達と遊びに行くからでもない。


学校が休みになるからでもない。


天原市の片隅にある、小さな神社。


そして、天塚雪菜という女の子。


それが、今の僕にとっての楽しみになっていた。


もちろん、次に何が起こるのかなんて分からない。


雪菜さんとの関係がどうなっていくのかも、三人の妹たちとどんなふうに知り合うことになるのかも。


まだ何も知らない。


ただ、ひとつだけ確かなことがある。


今週末、僕はもう一度、天塚神社へ行く。


それだけは、間違いなかった。


そして、このときの僕はまだ知らなかった。


あの小さな神社で過ごす時間が、これから先、どれほど大切なものになっていくのかを。


いつもの帰り道が、少しだけ違って見えた。


それはきっと、僕の日常に、小さな変化が生まれ始めていたからなのだろう。

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