教室の戦い④
教室のざわめきは収まらなかった。
「全国大会準優勝って本当なのか?」
「六年生だろ?」
「予備戦に出る意味あるのかよ……」
誰もが同じ話題を口にしていた。
直斗も気になっていた。
レンも窓際に立ちながら静かに耳を傾けている。
すると教室の扉が開いた。
ガラッ。
一瞬で視線が集まる。
入ってきたのは、一人の少年だった。
背は高め。
整った黒髪。
肩には学校指定ではない黒いケースを提げている。
その目は不思議なほど落ち着いていた。
「来た……」
誰かが小さくつぶやく。
少年は教室を見回した。
そして。
「ここが五年二組か」
静かな声で言った。
美咲が前に出る。
「あなたが代表選抜の参加者?」
「ああ」
少年は頷いた。
「名前は?」
「神崎翔」
その瞬間。
教室がざわつく。
「神崎ってあの神崎!?」
「大会常連の!?」
「本物だ……」
直斗は聞いたことがなかったが、周りの反応だけでどれほど有名なのか分かった。
神崎は淡々としていた。
騒がれていることにも慣れているらしい。
「先生に頼まれて様子を見に来た」
そう言いながらケースを机の上に置く。
カチャッ。
蓋が開く。
中には一本の定規。
ただの定規に見えた。
だが。
レンの表情が変わった。
「特注品か」
神崎は少し驚いた顔をする。
「分かるのか」
「普通より厚い」
直斗も目を凝らす。
確かに少し違う。
透明な定規だが、中央部分だけ微妙に重くなっていた。
重心を調整してあるのだ。
「すごい……」
美月が思わず声を漏らした。
神崎は定規を手に取る。
「誰か相手をしてくれる?」
静かな一言。
だが教室の空気が凍る。
誰も名乗り出ない。
全国大会準優勝者。
そんな相手に挑む勇気は簡単には出ない。
その時だった。
椅子が引かれる音。
ガタッ。
立ち上がったのはレンだった。
「俺がやる」
教室がどよめく。
神崎は少しだけ笑った。
「君か」
「断る理由はない」
レンは白い定規を取り出した。
静かな闘志。
直斗には分かった。
レンは本気だ。
美咲が即席の試合場を作る。
数分後。
二人は机を挟んで向かい合った。
観客たちは机を囲む。
直斗も最前列にいた。
試合開始。
パチン!
最初に動いたのは神崎だった。
透明な定規が滑る。
だが速さは普通だった。
「案外普通?」
雄太が言う。
次の瞬間。
カツン。
レンの定規が弾き返された。
「え?」
異変はそこからだった。
神崎の定規は衝突したあと、あり得ない方向へ曲がるように動いたのだ。
回転。
停止。
そして有利な位置へ収まる。
まるで最初から計算されていたかのように。
レンの目が細くなる。
二手目。
三手目。
神崎はほとんど力を使わない。
なのに配置だけで試合を支配していく。
気付けばレンが追い込まれていた。
直斗は息をのむ。
強い。
今まで見た誰より強い。
そして五手目。
カッ!
神崎の定規が走る。
白い定規に命中。
レンの定規は大きく滑り――
机の端から落下した。
カタン。
勝負あり。
教室は静まり返る。
わずか数分。
それだけで決着してしまった。
レンは落ちた定規を拾う。
悔しそうではあったが、目はまだ死んでいない。
「なるほど」
神崎を見る。
「桁違いだな」
神崎は肩をすくめた。
「まだまだ上はいるよ」
その言葉に誰も返せなかった。
全国大会準優勝。
その実力は本物だった。
神崎は帰ろうとして――
ふと直斗を見た。
「君」
突然呼ばれ、直斗は驚く。
「え?」
「さっきレンに勝ったんだろ」
「まあ……」
神崎は直斗の青い定規を見る。
そして微かに笑った。
「面白そうだ」
教室がざわつく。
まさか。
そんな空気が広がる。
神崎は扉へ向かいながら言った。
「代表選抜で待ってる」
そうして教室を去った。
残された直斗は唖然とする。
だが胸の奥は熱かった。怖い。
けれど。
戦ってみたい。
次の戦いはもう始まっている




