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2話 花を読む者

この世界では、花はただの植物ではない。


人の願いに触れ、

記憶に寄り添い、

言葉にならなかった想いを代わりに咲かせる存在。


だから人は花を贈る。


再会を願うとき。

別れを受け入れるとき。

届かない気持ちを、そっと託すために。


花は、想いがある限り咲き続ける。


――それが、この世界の当たり前だった。


けれど近頃、奇妙な噂が広がっていた。


色を失う花。

枯れていないのに、死んだように静まる花。

まるで“意味”だけを奪われたような花々。


誰かが、花から想いを消している。


そしてその異変は、静かに世界を蝕み始めていた。


まだ誰も知らない。


咲かない花を抱えて旅する少女が、

その中心へと歩き出していることを。

リリアの腕の中で、花がわずかに震えた。


風が止む。


青年の視線は、まるで確かめるように蕾へ向けられていた。


「……やっぱりな」


小さく呟く。


「その反応。“未開花”で間違いない」


リリアは鉢を抱き寄せる。


「未開花って、さっきも言ってたけど……何?」


青年は少し考えるように空を見上げた。


「簡単に言うと――まだ意味を持っていない花だ」


「意味?」


「この世界の花には、全部“花言葉”があるだろ」


リリアは頷く。


再会、希望、約束、別れ。


人は花に想いを託し、その意味を信じて生きている。


青年は続けた。


「普通の花は、人の想いを受けて咲く。

 でも未開花は逆だ」


彼はリリアをまっすぐ見た。


「咲いてから、意味が決まる」


リリアの呼吸が止まった。


「……そんな花、あるの?」


「ほとんど存在しない」


即答だった。


風が二人の間を抜ける。


遠くで祭りの音がまだかすかに響いている。


青年はゆっくり近づき、しゃがみ込む。


「それ、いつから持ってる?」


「……覚えてない」


言った瞬間、自分でも驚いた。


青年の眉がわずかに動く。


「覚えてない?」


「気づいたら、持ってたの。旅に出る前……だったと思う」


記憶を探ろうとすると、また霧がかかったように曖昧になる。


青年はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「なるほどな」


そして、少し笑う。


「じゃあ、自己紹介からだな」


彼は立ち上がり、軽く手を差し出した。


「俺はレイン。花を読む者だ」


「……花を、読む?」


「花に宿った想いを調べる仕事ってとこ」


リリアは少し迷いながら、その手を見る。


「リリア。……ただの旅人」


レインは首を横に振った。


「未開花を持ってる時点で、“ただ”じゃない」


その瞬間――


広場の奥でざわめきが広がった。

「裏通りで何かあったらしいぞ」という声が、人波を伝って届く。


レインとリリアは同時に顔を上げた。


レインの表情が変わる。


「……来たか」


「何が?」


彼は短く答えた。


「想いを失った花だ」


リリアはレインの後ろを歩いていた。


祭りの喧騒は少しずつ遠ざかり、石畳の道は静かな裏通りへと変わっていく。


さっきまで聞こえていた音楽も、笑い声も、もう届かない。


代わりに――妙な静けさがあった。


「……ここ?」


リリアが小さく尋ねる。


レインは頷いた。


「最近、この辺りの花が急に枯れるんだ」


角を曲がった瞬間、リリアは息を止めた。


道の脇に並ぶ花壇。

そこに咲いていたはずの花々は――


すべて、色を失っていた。


枯れている。


けれど、不思議だった。


萎れてはいない。

形はそのままなのに、まるで“意味”だけが抜け落ちたように灰色だった。


「……なに、これ」


無意識に抱えた鉢を強く握る。


腕の中の咲かない花が、かすかに震えた。


レインが低く呟く。


「想いを失った花だ」


「想いを……?」


「普通、花は人の感情と結びついてる。喜びでも、願いでも、後悔でもいい。何かがある限り、花は生きてる」


彼はしゃがみ込み、灰色の花に触れた。


ぱき、と乾いた音がした。


触れた部分が砂のように崩れる。


「でもこれは違う」


レインの表情がわずかに曇る。


「誰かの想いが、“消えた”」


風が吹いた。


灰色の花びらが、静かに空へ舞い上がる。


その瞬間――


リリアの胸に、微かな違和感が走った。


……寒い。


いや、違う。


空気が、空っぽ。


「……ここ、苦しい」


思わず口に出していた。


レインが驚いたように振り返る。


「感じるのか?」


リリアは戸惑いながら頷く。


「悲しいとかじゃないのに……何もない感じがする」


言葉にした瞬間。


腕の中の花が、淡く光った。


ほんの一瞬だけ。


灰色の花壇の奥――

路地の影が、わずかに揺れた。


「……誰かいる」


リリアがそう言った瞬間。


影が動いた。


黒い外套の人物が、静かに後ずさる。


「待って!」


リリアが一歩踏み出す。


だが次の瞬間、突風が吹き抜け、花びらの灰が舞い上がった。


視界が白く霞む。


気づいたときには、もう誰もいなかった。


静寂だけが残る。


レインが舌打ちする。


「……やっぱりか」


「知ってるの?」


「最近、“花を空にする奴”がいるって噂だ」


リリアは自分の花を見下ろす。


光はもう消えていた。


けれど――


さっきより、少しだけ温かい気がした。


「……ねえ」


「ん?」


「私の花、この場所で反応した」


レインはゆっくり頷く。


「未開花は、変化の兆しに反応する」


そして静かに言った。


「たぶん君は――巻き込まれてるんじゃない」


一拍置いて。


「中心に近づいてる」


風が止む。


灰色の花びらが地面に落ちた。


その中で、リリアの花だけが、小さく息づいていた

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