第22話 エピローグ - SETSUKA
昔は自然と言葉があふれ、楽しく話せたはずだった。
今は、言葉の一つ一つを探しながら話しているようで、
でも不思議と居心地は悪くない気分だった。
当たり障りのないことを話して、いざ会話が途切れると、桜の花びらが一枚、ひらりと落ちる。
聞きたいことがあった。
ずっと、聞けなかったこと。
胸の奥にしまい込んで、
何度も思い出しては、そのたびに勝手に答えを決めてきたこと。
僕は、小春の方を向いた。
「小春」
「うん」
「……あの時のこと、聞いてもいい?」
小春は一瞬だけ目を伏せた。
何のことかは、それだけで伝わったようだった。
「うん、いいよ」
少し間を置いて、小春が頷いた。
「転校すること、あの時にはもう知ってたんだよね」
「……知ってたよ。お父さんから聞いてた。」
やっぱり、そうだった。
胸の奥が少しだけざわつく。
「じゃあ、どうして一緒にいるのをやめるって言ったの?
別にそのあとも、普通に話してくれてよかったじゃん。」
小春は、膝の上で手を握った。
しばらく言葉を探すように黙っていた。
「雪也くんが、私がいればいいって言ったから」
「……言ったな」
覚えている。
ほかの誰とも話せなくても、
小春さえいれば、それでいい。
あの頃の僕は、本気でそう思っていた。
だって、僕には小春のほかに友達なんでいなかったから。
「私、転校するって聞いた時、最初に雪也くんのことを考えたの」
小春は、ゆっくりと言葉を続けた。
「私がいなくなったら、雪也くん、本当に一人になっちゃうんじゃないかって」
風が吹いた。
小春の足元を、花びらが転がっていく。
「私はだから……、私がいなくても大丈夫になってほしかった」
小春は少しだけ困ったように笑った。
「もし私を嫌いさえなってくれたら、ほかの子とも話すようになるって。あの頃は本当にそう思ってた」
「……それは、逆効果だったよ」
「うん……」
小春も、小さく笑った。
けれど、その笑顔はすぐに消えた。
「私も、ずっと後悔してた」
小春は膝の上の手を見つめたまま、続けた。
「ちゃんと転校するって言えばよかった。寂しいって言えばよかった。さよならって言えばよかった」
「でも、言ったら……私も離れられなくなる気がして」
その言葉を聞いた瞬間。
あの日の光景が、鮮明によみがえった。
お母さんに手を引かれていた、小春。
僕が名前を呼ぶと、ゆっくり振り返った。
あの目。
見下しているような。
僕を嫌だと、強く訴えているように見えた目。
それから、ずっと。
僕は、あの目を小春からの拒絶だと思ってきた。
あの時はそれが本当だったんだ。
でも、その意味合いは変わってしまった。
「……じゃあ」
自分の声が、少し掠れた。
「あの時の顔は」
小春は顔を上げた。
しばらく僕を見つめてから、小さく頷いた。
「泣くのを我慢してた」
「……」
「泣いたら、離れられなくなると思ったから」
胸の奥で、何かがすうっとほどけていった。
あの日の光景が消えたわけではない。
小春の目も、
何も言えなかった自分も、
姿が見えなくなって立ち尽くしていた時間も。
全部、今でさえも覚えている。
でも、ずっとそう思い込んでいたあの記憶の意味に、
初めて別のものが重なった。
僕を嫌っているように見えた目。
今では少し違って感じる。
「……怖かったよ、あの顔」
「うん」
小春は、苦しそうに目を伏せた。
「雪也くんに、嫌いになってもらおうと思ってたから」
「やっぱり。逆効果だったよ、ほんと……」
「……うん」
小春が、小さく笑った。
僕も少し笑った。
でも、トラウマのような胸の奥のもやもやは、一緒に笑い飛ばすことができなかった。
小春が僕のためにしたことだったとしても。
僕は、ずっと傷ついていた。
その傷を抱えたまま、だれかを遠ざけて。
近づかれるたびに怖くなって。
何度も、自分から切ろうとした。
理由が分かったからといって、その時間までなかったことになるわけじゃない。
「寂しかった」
小春が顔を上げた。
「ずっと、小春に嫌われた思ってた」
「……うん」
小春の目が少し潤んだ。
「ごめんね」
昔と同じ言葉だった。
――ごめんね。
あの日は、それだけを残して、小春はいなくなった。
だから僕は、その言葉の続きを知らない。
でも今は、僕と小春は再会して、
そして、あの時には聞けなかったことを、ちゃんと聞くことができた。
すぐに「大丈夫」とは言えなかった。
寂しかった時間まで、簡単に許せるほど器用ではない。
「……会えてうれしい。聞けてよかった」
本当にそう思えた。
小春は少し目を伏せ、それから僕を見た。
「私も。話せてよかった」
しばらく、二人とも何も言わなかった。
風の音だけが聞こえていた。
昔もこうして、桜の木の下で二人で風の音を聴いていたっけな。
あの頃と同じようで、ありがたかった。
ーーー
僕は、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「連絡先、交換しない?」
小春が少し驚いた顔をした。
「いいの?」
「うん」
一度だけ考えてから、続けた。
「また、話したいから」
小春は少し目を潤ませて笑った。
「うん!」
連絡先を交換すると、スマートフォンが震えた。
『もう着いてる?』
僕を待っている人からだった。
画面を見ていると、小春が尋ねた。
「友達?」
「多分。」
そう答えてから、少し考えた。
友達じゃない。
ただ同じ学科なだけ。
そうやって、自分から線を引いていたと思う。
「これから仲いい友達になるかもしれない人かな」
「そっか」
小春は少し目を丸くして、
それから、嬉しそうに笑った。
『ごめん、知り合いに会った。先に入ってて』
返事を送ると、すぐにスマートフォンが震えた。
『おっけー』
その短い返事を見て、僕は笑った。
ベンチから立ち上がる。
僕の顔を見て小春も立ち上がり、服についた花びらを手で払った。
「私、講堂近くの講義棟なんだ」
「おお、じゃあ今度正門近くのクレープでも食べに行こうよ!」
少しだけ、間が空いた。
「うん!あのお店気になってたんだ!雪也くんもスイーツとか好きなんだね!」
あたたかい時間が流れる。この先の楽しい出来事に心が弾んだ。
「またね、雪也くん」
小春は笑った。
もう、あの日のような怖い顔ではなかった。
「うん。また!」
小春は手を振って、桜並木の向こうへ歩いていった。
僕は、その背中見送った。
そして、
僕も待っている人のところへ歩き出した。
===
桜並木の道では、
春の風が吹き、淡い花びらが空へ舞い上がる。
それは一瞬だけ、
雪花村で感じた雪のように見えた。
いつも僕を迎えてくれた、明るい声。
背中を押してくれた、ぶっきらぼうな言葉。
雪の静けさに溶けていく、鈴の音。
あの三人は忘れてやらない。
もう、戻ることのできない冬。
それでも、あの村で灯ったものは、
今も胸の奥で次の一歩をじっくり温めている。
季節が巡り、
たとえそのすべてが遠い記憶になったとしても。
あの冬に、あの村で、たしかにもらったぬくもりだけは、
ーーー僕は、忘れなかった。
全22話。SETSUKAをお読みいただきまして、ありがとうございました!
雪也、真白、あかり、美琴。4人でのぬくもりの思い出はいかがだったでしょうか?
一緒に創りあげてくださったクリエイターの皆様、共同執筆者の方、本当にありがとうございました。
ぬくもりは雪とともに。




