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公爵令嬢のいじめの真実。生徒総会は粛々と進む  作者: 銀青猫
番外編2 天使という名のチビたち
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番外編 天使たちの羽ばたき(アデラ兄視点)

前話に続き、アデラマリスとデュドリックの学園入学までの話です。

アデラマリスの三歳上の兄視点です。


 斜面になっている木々の間を、僕は足をすべらせながら降りていった。

 目の前に、泥だらけで体を縮こませて横になっているアディがいる。どこか怪我をしたのか、顔が歪んで、唸り声をあげている。

 その右手には、桃色の花で覆われた枝が一本、握られていた。


 アディの横に膝をついた護衛は、アディの体をあちこち触って確認していた。

「アディ、大丈夫? 痛いところない?」

 僕も一緒にアディの体を確認しながら、必死に声をかける。アディからは唸り声だけがあがった。



 もう一人の護衛に手を引かれ、デュドがアディの所まで降りてきた。はやるデュドがさらに事故を起こさないように、あえてゆっくりと向かってくれたようだ。


 デュドがアディの頭の横に膝をついた。

「アディ、どこが痛いの?」


 デュドの言葉に反応して、アディはやっと言葉を発した。

「足、左足の上の方が熱い」


 アディの左足の腿には、折れた木の枝が刺さっていた。刺さったズボンの周りから、血が少しずつ滲み出ている。

 もしかして血管を傷つけていたら、この枝を抜いたら出血がひどくなるだろう。このまま運ぶしかない。


「あとは変なところは、ない?」

 デュドが続けて声をかけている。

「頭はどう? 右手は? 左手は? 右足は大丈夫?」


 焦っているだろうに、一ヶ所ずつ、アディが意識できるようにゆっくりと言っていく。デュドは、いつのまにこんなに冷静に対処できるようになったのだろう。

 デュドは、痛みで流れるアディの涙を優しく拭いながら、自分でもぽろぽろと涙を流していた。


「足だけ」

アディの絞り出すような声が応えた。




 アディは護衛に抱かれて裏山を降り、そのまま王宮の医師のもとに運ばれた。



 医務室のベッドに横にされたアディの服を、医師の助手が脱がしていく。

 そのままベッドに寄り添っていたデュドに向かって、僕は声をかけた。

「デュドは外へ」

「でも」

「アディは子どもだとはいえ女性だ。未婚の女性の素肌を家族以外の男性が見るものではない」


 デュドは目を見開き口を開け、僕を見て、アディを見て、また僕を見た。それから後ろ髪を引かれるように、無言で部屋から出ていった。


 医務室の外にはソファが置いてある。きっとそこで待っているだろう。

 だれか気づいて、せめて顔や手足の泥を落としてあげられるといいのだが。



 デュドはまだ気づいていなかったのか。アディが僕の妹だと。

 まさかという思いと、やっぱりという思いが交差する。


 僕もアディが妹であることを隠すように行動していた。

 アディに女性という枠に囚われて欲しくなかったから。

 デュドと楽しく遊んで欲しかったから。


 それもそろそろ限界だ。


 僕は、扉の外のデュドの気持ちを一瞬想像して、アディと医師に意識を戻した。




 アディの怪我は、左太腿の刺し傷と、全身の擦り傷。さいわい太い血管は傷つけていなかった。

 腿の怪我は跡が残るが、歩いたり走ったりは支障がないらしい。


 女性の体に傷痕は問題だが、ドレスで隠れる場所だったのが幸いだ。

 気にしない心の広い結婚相手を探せばいい。



 父も母も陛下も、アディが怪我をしたと聞いて心配したが、大怪我でなくて安堵したようだった。

 だが、もう裏山での遊びは禁止された。



 アディは熱が出て、二日間意識がはっきりしなかった。

 デュドは、アディの枕元から離れなかった。


 アディが気がついたとき、部屋にはデュドと僕がいた。一緒にいた侍女は、目覚めたのを確認して母を呼んだ。王宮に出仕していた父にも、すぐに連絡を出したらしい。



「兄さま、デュド」

 掠れた声をだしたアディの背中に手を当てて起こして、枕元に用意してあった水を飲ませた。


「よかった」

 デュドは泣き笑いだ。



「ありがとう。ごめんなさい」

 ありがとうは水に対して、ごめんなさいは怪我をしてしまったことだろう。


「事故だ。気にしなくていい。もうこりただろう。

 僕ももっと気をつけていなくてはならなかった」



 アディの治療が終わってから、事情聴取という名目で、陛下と父に散々叱られたのだ。

 無鉄砲な子ども二人を連れているのだ。もっと危険を察知できるようになれと。

 ついていた護衛は、もっと叱咤されたことだろう。何か罰則が課せられたかもしれない。



「わたくしが悪いの。今日は走ると危ないって言われていたのに。

 花がきれいだったから、つい」


 しゅんとしたアディに、枕元に置いてあった花瓶を見せた。そこにはアディが手に持っていた枝が満開の花をつけたまま飾られていた。


「アディがとったものを、デュドが拾っていてくれたよ」

「ありがとう、デュド」

 アディは満面の笑みで、近くにあったデュドの手を握った。その腕はまだ包帯が巻かれていた。


 デュドは赤くなって下を向いた。

「ボクにはこのくらいしかできなかったから」

 デュドはぼそぼそとつぶやいた。



 * * *



 アディは医師の診断通り刺し傷の跡が残ったが、それ以外はきれいに治った。


 その後もアディは王宮に通ったが、もう僕のお古は着ない。ドレスだ。

 弟のフランとデュドの妹のリアナが遊び友達に加わり、僕はその仲間から卒業した。

 父の話を聞くと、リアナと一緒に大人しくしているらしい。姉らしさも板についてきたとか。


 その反発なのか、僕の剣の授業をアディも一緒に受けることになった。

 父曰く、ストレスを溜めて大爆発されるよりは、こまめに発散しておいた方がいいらしい。

「それに、女性剣士なんて、かっこいいだろう」


 今は七歳で剣に遊ばれているが、十五歳になったアディを想像してみた。

 父も母も背が高くてすらりとしているから、アディもきっと背が高いだろう。今よりちょっとだけ大人びた顔。そんなアディに剣を持たせたら……。

 かっこいい!

 小さなアディは天使だが、少女から大人に向かうアディは、戦女神だ。


「そうですね」

 僕と父には、やはり同じ血が流れているようだった。



 * * *



 アディとデュドが十歳になり、僕が十三歳になったとき、また変化があった。


 まだ七歳のフランとリアナはそのまま二人で遊んでいる。


 僕はデュドと他の選ばれた男の子たちと一緒に、王宮での勉学の時間を取るようになった。

 僕が最年長。デュドの一つ上のバルトとストがデュドアルド殿下のいわゆる学友となる。



 アディは母に連れられてお茶会に顔を出すようになった。

 そこで紹介された女の子たちと、仲良くしているようだ。


「一緒に刺繍をすると、わたくしだけみんなよりも遅いの。

 この間なんか、やっと一つタンポポを刺せたと思ったら、『すてきなマリーゴールドですね』って言われたのよ」

 そんなぼやきも、女の子らしいこともするようになったのだと微笑ましい。


 もちろん

「タンポポでもマリーゴールドでもいいから、アディの刺繍が欲しいな」

とねだることも忘れない。兄の特権だ。



 アディとデュドは、月一回の割合で会っているらしい。

 王宮がほとんどだが、たまには街や郊外にも出ているようだ。


 いつのまにか、「マリス」「リック」と呼び名が変わったのは、二人の関係が変わったからだろう。

 アディをみつめるデュドの視線がときどき熱をもっているのは、兄として許していいのかどうなのか。


 他の子たちと一緒にいるとき、たまにアディが顔をだすが、そのときは必ずデュドが一番近くにいる。

 他の子を牽制するのはいいが、僕は兄だぞ。

「兄さま」

と言って僕に寄ってくるアディを止められなくて、デュドが悔しそうな顔をするのは、小気味いい。



 * * *



 アディとデュドは十五歳になった。これから学園に入学だ。私と入れ替わりになる。



 アディは表面上は上級貴族の女性らしくなった。学園の淑女会でも、一目置かれるだろう。


 それでも、毎朝の鍛錬は続いている。僕がいない間は、フランとやっているらしい。

 そのせいか、姿勢が良く凛として見える。


 学園は寮だ。

 女子が外で鍛錬は無理だろう。もしかしてアディなら部屋でするのか。


「アディ、木刀を女子寮に持ち込むのはどうかと思うよ」

とカマをかけたら、

「まさか。そんなことしませんわ」

と言いつつ、アディの視線が泳いだ。

 まったく、これだから僕の天使は面白い。



 デュドは、容姿も性格も、理想の王子さま風になった。

 慎重なのは昔のままだ。猫をかぶっていないと無鉄砲に飛び出してしまうアディと、いい組み合わせだろう。




 デュドは今やアディにベタ惚れだ。プライベートでアディと話しているときは、溶けてしまいそうな顔をしている。

 アディも、デュドのしっかりしているところを信頼している。最近はデュドを異性として意識している様子も見られる。



 今でも、王宮の図書館で寄り添ってうたた寝をしている。そんなところを見ると、やっぱり二人とも天使だ。



 私の天使たち。私の女神。

 どうか、学園で世界を広げて、その先にある大空を並び飛んで。


 私はずっと、見守っているよ。

 今度こそ天使たちの自由を損ねないように。



~ 終わり ~




これで本編、番外編ともに完結します。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。



以下、蛇足ですが出てきた子たちの正式名を書いておきます。

年齢はアデラマリスとデュドリックの主人公カップル中心です。



● エドガルド・クレメラ公爵令息

 アデラマリスの兄 三歳上


● フラナタン・クレメラ公爵令息

 アデラマリスの弟 三歳下


● リアナミーア・ルクミマス殿下

 デュドリックの妹姫 三歳下



● バルトサール・ナバルコ公爵令息

 本編生徒会長セルジナルド・ナバルコの兄。

 デュドリックの一歳上


● ストファス・グレイ

 デュドリックと同じ歳 平民

 王や王妃が親しくしている商会会長の息子



グレイはデュドリックの学園に上がる前からの友人(将来の側近候補)なので、アデラマリスもよく知っています。

なので、本編の地の文ではアデラマリスから呼び捨てにされています。



二人がどんな子だったか想像しながらお兄さん視点で書いたら、規格外の子どもたちになりました。

特にアデラマリスの本編との差が面白いです。


この二人がああなるかと、本編がさらに味わい深くなってもらえたら、嬉しいです。


最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 高貴な令嬢の断罪モノへの対処として、なろう系でも種々の手段(行動記録とか、魔道具とか、e.t.c.)が出てきますが、本話は、ある意味、非常に真っ当な、当たり前すぎる反証ストーリーで、最後まで…
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