〚第2夜〛 確信
頑張ります。
「お姉さん。」
少年はゆっくりともう一度口を開いた。
「ど…して…。」
掠れ声で少年を見つめる。
すると
少年は遠慮がちに
「えっと、お姉さんがお釣り忘れてったので走って追いかけたんですけど……で…そのまま帰ろうとしたら声が聞こえて…何かあったのかと思ったら鍵がかかってなかったんで…すいません。」
と頭を下げた。 今度こそ本当の羞恥心が菜々子を襲う。きっと彼は先程までの菜々子の恥ずかしい行動を理解しているだろう。このままじゃ本当に犯罪者になってしまうのでは…。という不安がよぎる。お互いほぼ初対面で、第一名前も知らないのだ。いくら未成年とはいえ最悪の場合だって―。
冷や汗をかきながら乱れた服を直し、グルグルとマイナス思考を働かせる。震えながら横目で見やると、慌ててその少年は自己紹介を始めた。
「あっ、すいません!僕は 山本智也 っていいます。高校1年で、砂野高です!」
そうだ、いざとなったらこちらも警察に届け出をすればいい。名前は嘘であったとしても学校は間違いない。伊達に社会人やってきた訳じゃない。強張らせた顔でそう決意したときだった。
「あの!」
菜々子の脳内を割って入る甘くて低い声。一切の思考が緩んでしまう。かろうじて残された理性が駄目だ、いけない、と自分を戒める。慌ててもう一度、少年に向き直ると
そこで彼はひどく顔を赤くしながら
「べ、別に、えっと、変な意味じゃなく、心配できたんです!ホントなんです…信じてくれないかもしれないけど…。あ、お釣り渡したので帰ります。迷惑ですよね!ほんとごめんなさい!」
としどろもどろに弁解していた。
あぁ。
ビデオや脅しの心配は無用かもしれない。
彼なら大丈夫だと安心するのはまだ早いか。それでもー。張り詰めていた心が解け、反動的に笑いが込み上げてきた。
「お姉さん…?」
今は、長い睫毛を震わせる目の前の貴方が愛おしい。
「お姉さんはやめて。新田 菜々子。」
そこまで一息で言うと もう抑えられなかった。クッと喉を鳴らし声を上げて笑ってしまう。
そんな菜々子が予想外だったのか
「おね、菜々子さん!お釣り!」
少年は敬語も忘れて数枚の硬貨を押し付けてきた。
「智也、ありがとう。」
わざわざ名前を呼んだ。一刻も早く唇を彼の形にしたかった。
馴れ馴れしかったかな、なんてそんな悠長な事を心配している自分がみっともなく、自嘲がこぼれる。
『あんな本能剥き出しの現場を見られておいて。貴方には自尊心ってもんがないわけ?』
山本 智也に出会う前の数時間前の自分の声がかすかによぎった。みっともない。そんなの分かってる。
なのに自分を客観視できない。
それにー。
この鼓動の音はなんだ。胸の締め付けはなんだ。
いまや、菜々子は物分りの良い大人ではない。呆気ないほどに欲しいものは欲しいと駄々こねるみっともないメスへと化していた。
「菜々子さんが笑ってくれて良かったです。」
はにかんだ智也を見てどうしようもなく全身が熱くなった。
もう30にもなる女が。
数時間前までは赤の他人だった"少年に恋をしてしまった"。




