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前編

「ねえねえいりちゃん、久埜猪(くのい)といりちゃんっていつから付き合ってるの?」

「入学の少し前からですよ」


 久埜猪とは俺のことだ。俺は久埜猪カマラ。高校一年生にして身長が二メートルを三センチほど超えている巨躯(きょく)の持ち主である。しかしこの体格を生かすようなスポーツをやっているわけではない。ただデカいだけで何の取り柄もない、体躯(たいく)以外はごく一般的な男子高校生だ。顔だってイケメンではないが強面(こわもて)でもなく、多分普通だと思う。力はそれなりに強いけどな。


 いりちゃんと呼ばれた女子生徒は十六夜(いざよい)梨依里(りいり)という、身長百四十センチに二センチほど届かない、俺とは対照的な小さな女の子である。ただし、この二センチのことを言うと梨依里は激しく抗議してくる。本人は自分の身長が百四十センチあると言って絶対に譲ろうとしない。そんな梨依里と俺は現在、付き合って半年ほどの仲だ。


 俺の彼女に話しかけているのは宮崎(みやざき)陽子(ようこ)、女子の間では(よう)ちゃんと呼ばれているクラスメイトだ。ショートヘアの活発な子で、身長はそれほど大きくないが確かバレーボール部に入っていると聞いた。もっとも俺にとってはどうでもいい情報である。


「久埜猪なんかのどこがいいわけ? アイツ大きいだけで何もやってないんでしょ? 成績だって普通みたいだし無口だし」


 おい、聞こえてるぞ。ちなみに梨依里の席は教壇の目の前で、窓際から数えると六列の三列目。一方俺の席は窓際の最後尾だ。うちのクラスは三十一人なので、俺の隣は空席になっている。それだけ離れていても宮崎の声が聞こえたのは俺の耳が鋭いからではない。宮崎の声が大きいのだ。


「ね、ねえ十六夜さん、すまないけど消しゴム貸してもらえないかな」


 ふと、梨依里の右隣に座っている横尾(よこお)健太(けんた)が女子同士の会話に割り込んだ。コイツはどうやら梨依里のことが好きらしい。だからこんな奴には消しゴムはおろか、折れたシャープペンの芯ですら梨依里の物に触れさせるわけにはいかない。


 俺は自分の消しゴムを小指の第一関節ほどの大きさにちぎって、横尾に向けて指で弾いた。小指の第一関節ほどとは言っても、俺の手は大きいのでもっともポピュラーな青、白、黒のパッケージの消しゴムくらいの大きさはある。消しゴムの欠片(かけら)は横尾のもみあげに命中し、そのまま見事に机の上に着地を決めた。


「横尾さん、かまくんがそれを下さるみたいですよ」


 クスクスと笑いながら言う梨依里に、横尾は真っ赤になりながら照れた表情を見せた後で、俺の方を睨みつけてきていた。


 梨依里は俺のことをかまくんと呼ぶ。どう呼ばれても構わないが、あまり人前ではその呼び名で呼んでほしくないというのが俺の本心だ。彼女は実は見た目の愛らしさもさることながら、誰にでも人当たりがいいので男女関係なくよくモテている。特に思春期の男子はあの人懐っこい顔で笑いかけられると、簡単に勘違いしてしまうようだ。


 俺と梨依里が付き合っているのは周知の事実だったが、それでも彼女に告白して玉砕する男子は後を絶たなかった。馬鹿な奴らだ。梨依里の正体も知らないくせに。


 昼休み、俺と梨依里は校庭の隅に広がる芝生で、彼女の手製の弁当を食べるのが日課だった。食べ終わると俺の頭は梨依里の太ももの上に横たわる。つまり膝枕で残りの時間を居眠りで過ごすというわけだ。梨依里に頭を撫でられると、俺はすぐに心地よい眠りに落ちる。そして昼休みが終わる五分前に、予鈴とほぼ同時に目を覚ますのだ。


「よく眠れましたか?」


 こういう時、俺はほとんど答えない。無言は肯定だし、宮崎が言っていたように基本的に無口なのだ。俺は空になった二人分の弁当箱を持って立ち上がった。


 そんな俺の人差し指を右手で、小指を左手で梨依里が握る。俺たちのサイズ感はそんな感じだった。

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