後編
放課後、昇降口から出たところで俺と梨依里は五人の上級生に囲まれた。制服のネクタイが緑ということは、この五人は三年生である。俺たち一年生は赤、二年生は青という色で学年を見分けることが出来るのだ。
余談ではあるが男女ともボトムはライトグレーで、女子のスカートは裾の近くに白いラインが二本入っているプリーツである。
「やあ、十六夜さん、こんにちは」
上級生の一人がニヤニヤしながら梨依里の顔を覗き込んだ。
「こんにちは、先輩。何かご用でしょうか?」
どう見ても健全なご用とは思えなかったが、それでも梨依里スマイルは健在である。
「よかったらこれから僕たちとカラオケでもどうかな。もちろん、そこのお友達は抜きでね」
「んー、かまくんがいないならせっかくのお誘いですけど無理かなあ。ごめんなさい」
梨依里はカバンを前に持ったまま、上級生たちに頭を下げた。
「そんなこと言わずにさあ。なあ、かまくん、君からも言ってくれよ」
「先輩」
俺のことをかまくんと呼んだ上級生は、言葉とは裏腹に俺を虫けらでも見るような目つきだ。
「ああん?」
そして不良がよくやる首ごと下から上に動かす仕草で、俺を見上げてきた。
「先輩にかまくんと呼ばれたくないんですが」
「んだと、こるぁ!」
俺とその先輩の身長差はだいたい三十センチくらいだ。つまり俺の方が先輩より頭一つ分ほど大きい。だから先輩が拳を突き出せば、ほぼ俺の鳩尾にめり込むことになる。それを見越してのことだろう、先輩は俺を一撃で沈めるべく、渾身の力でストレートを放ってきた。
しかし、俺の腹筋は先輩の拳を骨の擦れる音とともに跳ね返していた。手首がぐいっと曲がっていたので、骨折はしていないと思うが捻挫は免れないはずである。
「いってぇ!」
案の定先輩は跳ね返された手首を押さえてのたうち回っている。格好悪いよ、先輩。
「おい一年、調子に乗るなよ」
言ってきたのは一番後ろにいた先輩だ。多分この人が五人のリーダーなのだろう。
「やめて下さい! 大声出しますよ!」
梨依里が俺の前に立って先輩たちを威嚇する。
「出せよ、どうせ誰も来ねえぜ」
リーダー先輩はチェーンのようなものをグルグルと回転させていた。今どきチェーンって何かのギャグかよ、パイセン。
別の先輩が俺に蹴りを食らわせようとした時、ちょうど目の前をハエが通りかかったので、それを指で弾いてやった。哀れなハエ氏は己の意思に関係なく、先輩の眼球に向かって一直線に突き進んで行く。ハエ氏の命をかけさせられた突撃は先輩の蹴りを止めただけでなく、その戦意さえ奪い取ったようだった。
要するに、目をやられた先輩も床でのたうち回っていたのだ。まあ失明することはないだろう、多分。
残ったのは三人。最初の五人のうち一人は自爆で一人はわけも分からず目を押さえて痛がっている。傍目には俺から何かしたようには見えていないはずだったが、三人の顔には殺意さえ窺えるほどだった。
「私が何とかしましょうか?」
言葉と同時に梨依里の瞳孔が金色に輝いて縦に割れる。彼女の腰まで届くピンクの長い髪が、先輩の殺意を感じ取った瞬間に怒りで震えたように見えた。なるほど、殺意は見過ごさないということか。
「いや、やめておけ。お前が本気を出すと死人が出る」
梨依里の正体、それは凄まじい魔力を持ち、軽く一撫でするだけで人の体を四つに切り裂く妖猫だったのである。




