第1話 お前はもう要らない
「アレン。今日限りでパーティを抜けてくれ」
王都ラグナ、冒険者ギルドの二階。
勇者レオンにそう告げられたとき、俺は彼の剣を磨いている最中だった。
「……え?」
砥石を持つ手が止まる。
聞き間違いだと思った。五年間毎晩のように手入れしてきたこの剣の持ち主が、そんなことを言うはずがない。
「聞こえなかったか。クビだと言ったんだ」
横から口を挟んだのは魔術師のガルドだった。整えた顎髭を撫でながら心底うんざりした顔をしている。
「お前のような付与術師はどこのパーティも雇わんよ。付与術師の仕事は剣に火をまとわせて見物人を沸かせることだ。それが、お前の付与は地味すぎる。レオンの剣が光ったところを俺は一度も見たことがない」
「光らないのは、その……派手な効果より長持ちするほうを優先してるからで」
「言い訳はいい」
ガルドはテーブルに羊皮紙を叩きつけた。
除名届。すでにレオンの署名が入っている。
「王都の見物人が笑っているんだ。『勇者様の剣はなぜ光らないのか』とな。王国の顔たる勇者パーティに地味な付与術師は要らん」
「……レオン」
俺は剣の持ち主を見た。
レオンは腕を組み、窓の外を見ていた。目を合わせようとしない。
「悪いな、アレン。ガルドの言う通りだ。お前が真面目にやってきたのは知ってる。だが結果がな」
「……」
「新しい付与術師はもう決まってる。炎と雷を派手に纏わせる、王都で評判の男だ。民衆も喜ぶ」
そうか。
もう、決まっていたのか。
三時間で切れる炎をその男は一日に何回掛け直すつもりだろう。……口には出さなかった。
俺は聖女ミリアを見た。
「……待って、ガルド。アレンは毎晩──」
「聖女様」
ガルドが穏やかな声で遮った。
「これはパーティの決定です。王国の、と言ってもいい。聖女様がお口添えなさる話ではありません」
ミリアは口を閉じた。
目を伏せ、膝の上で組んだ手が白くなるほど握りしめられている。
それだけだった。
──そうか。
俺はずっと足手まといだったのか。
思い返せば心当たりはいくらでもある。
魔王軍の四天王と戦ったときも俺は後ろで装備に付与を掛け直していただけだ。レオンが剣を振り、ガルドが炎を放ち、ミリアが傷を癒す。その間、俺は誰の目にも映っていなかった。
俺の付与はたしかに地味だ。
一般的な付与術師は剣に触れて「炎よ宿れ」と唱える。すると刀身が赤く燃え上がり、見た目も威力も派手になる。ただし効果は三時間で切れる。
俺にはそれができなかった。
何度やっても炎は小さく、すぐ消える。学院の教官には「才能がない」と言われた。だから代わりに「せめて切れないように」と、ひたすら持続を伸ばす練習だけをしてきた。
結果、レオンの剣は光らない。
光らないけれど、五年間一度も刃こぼれしていない。
ガルドのローブも燃えない。
燃えないけれど、四天王の呪詛を全部弾いた。
ミリアの杖も輝かない。
輝かないけれど、三日で尽きるはずの聖力が一か月使っても枯れなかった。
──それを誰も気づいていないだけで。
付与術師ギルドの教本にはこう書いてある。
『付与は必ず切れる。持続は最長で一日』。
切れない付与なんてこの国の誰も見たことがない。だから誰も剣が刃こぼれしない理由を付与に求めなかった。名剣だから。勇者だから。それで済んでいた。
いや。
俺自身、自分の付与が切れていないことにちゃんと気づいていなかった。
毎晩掛け直していたから、切れているかどうか確かめたことが一度もなかったのだ。
「……わかりました」
俺はペンを取った。
「今までお世話になりました」
震えないよう気をつけて名前を書く。
アレン・グレイ。
五年間誰よりも早く起きて装備を磨き、誰よりも遅く寝た男の最後の署名だった。
「ああ、それとな」
部屋を出ようとした俺の背中にガルドの声が掛かった。
「王国からお前に辞令が出ている。グレイス荒野の管理官だ」
「……グレイス、荒野?」
「喜べ。領主待遇だぞ。呪われた土地の、な」
ガルドが二枚目の羊皮紙を放って寄越した。床に落ちたそれを俺は拾った。
王家の印章入りの本物の辞令だった。
グレイス荒野。
二十年前の魔物の大侵攻で滅びた王国最北の領地。
飛ばされた役人は誰一人として王都に戻ってこないという。
要するに厄介払いだ。
追放するだけでは足りず、二度と王都に顔を出せない場所へ。
グレイス荒野の管理官は、二十年間誰も三か月と務めたことがない。失脚した貴族やしくじった役人を「領主待遇」の名目で送り込む、王国の体のいい流刑先だ。
ガルドは王宮に伝手がある。俺の除名が決まった時点で、この辞令はもう用意されていたのだろう。
「……承りました」
俺は辞令を懐にしまい、ドアを閉めた。
◇
ギルドの階段を下りながら俺は自分の両手を見つめた。
油と砥石の粉で黒ずんだ、傷だらけの手。
この手で俺はいったい何をしてきたんだろう。
五年間。
剣を磨いて、鎧を拭いて、杖を拭いて。
「切れませんように」とただそれだけを願って。
それが要らないと言われた。
「……アレン」
階段の上から小さな声がした。
振り返ると、ミリアが手すりを握って立っていた。
何かを言おうとして口を開いて、閉じた。もう一度開いて、また閉じた。
俺は待った。
「……元気で」
それだけ言って彼女は部屋に戻っていった。
扉が閉まる音がやけに大きく聞こえた。
俺は少しだけその場に立っていてから歩き出した。
外に出ると王都は昼下がりの賑わいだった。
露店の呼び声。子どもの笑い声。どこかで鳴る鐘の音。
誰も俺を見ない。追放された付与術師のことなんて誰も知らない。
それでいい。
俺は北門に向かって歩き出した。
荷物は宿にある。着替えが三枚と、砥石が二つ、油の小瓶、使い込んだ革の手袋。
付与術師の商売道具はそれで全部だ。
◇
歩きながら懐の辞令をもう一度開いた。
『グレイス荒野の管理および復興』
二十年誰も三か月もたなかった土地の、復興。
派手なことはできない。でも長持ちさせるのは得意なほうだ。




