51.
エメリーネが宝物庫で宝飾類を確認することに、コンストは反対しなかった。ただ、どこか怯えているように見えるのは、彼の盗みが露呈するのを恐れているだけだろう。オディロンがどこまで宝飾類を回収し元に戻したかわからないし、それをコンストに伝えているかどうかもわからない。
「以前、クロック公爵夫人が、珍しい宝石を身につけていたの。お母様も同じような宝石を持っていて……目録のここ」
エメリーネが指で示せば、コンストはそれに心当たりがあるのか「ああ」と大きく頷く。
「これは私も覚えておりますよ。ジオグ国との友好の証にと、王妃様へ贈られたものですが……見当たりませんね」
コンストがここまで堂々と言い放つのであれば、彼はこの宝石は盗んでいないのだろう。
オディロンが言うには、コンストは小さくて目立たないようなものを少しずつ盗んで売りさばいていたらしい。小心者なのか、逆に賢いのかはわからないが、この世に二つとないものでない宝石類を狙ったのは、市場に出たときに露見するのを恐れていたからのようだ。
「エメリーネ様~。まったく見当たりません」
先ほどからわざとらしいくらいに、エリナがごそごそと首飾りを探している。
「つまり、泥棒が入ったのね?」
エメリーネの問いかけに、コンストとヨハンはどう答えたらいいのかとバツの悪そうな表情を浮かべる。
「これは大事件ですよ!」
腰を曲げて捜し物をしていたエリナは、すっと背筋を伸ばし、エメリーネの顔を真っすぐに見つめる。
「だけど泥棒が入ったとしても、彼らは宝飾類を金に換えるでしょう。だから、そういった店を調査するよう、指示を出せばいいのです」
エリナがエメリーネに力強く訴えれば訴えるほど、コンストは肩を丸め、身体を小さくしていく。
「エメリーネ様。いったい、何をされているのですか?」
いきなり宝物庫にアルマスが現れ、エリナが小さく舌打ちした姿に、エメリーネは苦笑する。
「お母様の宝飾類を確認していたのです。前にも言ったでしょう? クロック公爵夫人の首飾りが素敵だったのです。お母様も似たようなものをもっていたはずなのに……」
困ったように頬に手を当て、首を小さく傾げ、アルマスを見上げる。
「だけど、泥棒が入ったみたい」
「それは前代未聞ですな」
エメリーネを諭すような口調で語りかけるアルマスのオーラは、真っ黒である。父王が、エメリーネとオディロンの婚約を口にしたあの日以降、アルマスのオーラは日に日に黒さを増しているようにも見えた。これ以上、黒くならないのではと思うくらい、真っ黒なのだ。
「警備が行き届いているはずの王城で盗みがあったと、他の者に知られては舐められてしまいます。エメリーネ様、あなたは今、大事な時期でしょう? ベルジュ公爵との関係を議会で認めてもらいたいなら、騒ぎを大きくしないことです」
にやりと笑うアルマスに、心の中で怒りを覚えるエメリーネだが、それは決して表情には出さない。
(つまり、宝飾類がなくなったことを黙っておけと言いたいのよね)
アルマスに従順な振りをして、にっこり笑ってエメリーネは答えた。
「わかりました。アルマスの言葉に従います。あなたたちも今、見聞きしたことは決して口外しないように」
コンストとヨハンは怯えたように「はい」と返事をするが、それはこの場にアルマスがいるからだ。
エリナだけは堂々と返事をしたが、心の中ではきっとアルマスについて悪態を放っているにちがいない。そしてエメリーネを大女優だと言いながら、笑いを必死に堪えているのだ。
「では、わたくしは部屋に戻ります。ヨハン、コンスト、付き合ってくれてありがとう。あとはアルマスの指示に従ってちょうだい」
コンストとヨハンは恭しく礼をする。
エリナと共にアルマスの前を通り過ぎようとすれば、彼の視線は執拗なほどエメリーネを追ってくる。そこでエメリーネは彼の前で立ち止まる。
「アルマス。顔色が悪いけれど、お疲れではないの? たまにはゆっくり休んだらどうかしら。あなたが倒れたら、わたくしもお父様も困るもの……」
まるでエメリーネの指摘が意外だったとでも言いたげなアルマスだが「お気遣いいただき恐縮です」と頭を下げた。
緊張の糸が張り詰めたような空間から、気持ちも解放される執務室に戻ってきたところで、エメリーネはほぅと息をついた。
「まさか、あのタイミングでアルマスが来るとは、思ってもいなかったわ」
ソファにだらしなく身体を預けるエメリーネに「そうですね。誰かが告げ口したんでしょうね。宰相閣下の手先はたくさんいますから」とエリナはあっけらかんとしたものだ。
「でも、目的は達成されたわ」
エメリーネはシーラが淹れたお茶に口をつける。
「そうなんですか?」
「ええ。どの宝飾類がないのか、それを確認したかっただけだから」
カップを戻しながら、エメリーネは答えた。
国王が朝議の場でエメリーネの結婚を話題にしてから、何かと慌ただしい。その慌ただしい朝議の場で、アルマスはまるで演説でもするかのように、こう訴えた。
「国王陛下。他の者にも平等に機会をいただきたい。そのため、エメリーネ王女と交流を深めるパーティーを開きたいのです」
国王はぴくりとこめかみを震わせ、反応を見せるものの、まだ返事はない。
「半年ほど前に、エメリーネ王女の誕生日パーティーが開かれましたが、怪我をされたエメリーネ王女はすぐに退場されてしまいました」
アルマスの言葉に同調するように、黒いオーラの人間たちはうんうんと頷く。
父王はどうすべきかと顔をしかめ、エメリーネを気遣うように様子をうかがってくるが、それに笑顔で答える。
「さすが、タルボット宰相閣下。素敵な提案ですね。では……準備なども都合もありますから、二十日後に開くのはどうでしょう?」
堂々とした姿のエメリーネの提案に、アルマスも「エメリーネ王女がそうおっしゃるなら」と、パーティーの日程が決まった。
そこから、交流会という名のパーティーの準備で、城内は慌ただしくなる。
またこれを機に、エメリーネとお近づきになろうと考える者は、アルマスを出し抜けるのではと期待をもち始めた。




