第22話:【閑話】傷兵の終着駅と、誇りの再燃
それは、銀髪の少佐レティシアが「北方軍」から追放される数年前のこと。
吹雪が吹き荒れる北の最前線。そこには、軍から「消耗品」として扱われる歩兵たちの悲劇があった。宿屋『テオドール・イン』の現支配人、ハンスは当時、北方軍第4補給部隊の曹長として、泥を啜るような泥沼の防衛戦を戦っていた。
「……曹長! もう弾薬も、食糧も底を突きました! 本部からの補給はまだですか!?」 「……本部は、我々を見捨てた。この砦を『時間稼ぎの捨て駒』に決めたのさ」
ハンスは、片足を失い血に染まった部下を抱え、絶望に暮れていた。彼が得意としていたのは、限られたリソースで兵士に最大限の休息を与える「営舎管理」。だが、物資のない戦場では、その才能も無力だった。
敵の総攻撃が始まり、ハンスが自決を覚悟したその時。 猛吹雪を切り裂いて現れたのは、一隻の魔導舟と、返り血を浴びてもなお美しく冷徹な、当時少佐だったレティシアだった。
「――第4補給部隊。貴公らの『維持』はここまでです。これより、私の独断で全兵員を撤退させます」
「少佐……! しかし、撤退命令が出ていない。貴女まで軍法会議に……!」 「兵站を無視した死守命令など、軍事的にはただのノイズです。……ハンス曹長。貴公の『兵を休ませる才能』、ここで腐らせるには惜しい」
レティシアの強引な救出劇により、ハンスは一命を取り留めた。しかし、その後レティシアは軍を追われ、ハンスもまた、負傷と責任追及で軍を去ることになった。
――それから数年。 片田舎で隠居していた老いた元兵士のもとに、一羽の伝書鳥が届く。
『ハンス、次の戦場を用意しました。今度の場所は、泥も雪もありません。必要なリソースは全て供給します。……貴公にしかできない、完璧な「安らぎ(ロジスティクス)」を築きなさい。』
かつての少佐に導かれ、彼が辿り着いたのは、最弱の魔王が微笑む地下要塞だった。
「……テオ閣下。私は誓いましょう。この『テオドール・イン』の敷居を跨いだ者は、たとえ神であろうと、私の管理下にある限り最高の休息を約束します」
テオが少年の無垢な瞳で「ハンスさんの入れてくれるお茶、大好きだよ!」と笑った時、ハンスの中で死んでいた「軍人の誇り」が、宿泊施設のプロフェッショナルとしての「意地」へと昇華された。
彼は今、テオドールの玄関口で、完璧な礼装に身を包み、鋭い眼光で客を迎え入れる。 「いらっしゃいませ。当ホテルへお越しの方は、いかなる殺意もフロントにお預けください。……さもなくば、私が『強制チェックアウト』の手続きを行いますので」




