第1回:転生少佐と最弱の閣下
「……状況を報告せよ。ここは、どこの戦域だ」
銀髪を乱し、鋭い碧眼をしばたかせながら、レティシア・フォン・ベルシュタインは上体を起こした。 鼻腔を突くのは硝煙の匂いではなく、湿った土とカビの臭気。 北方軍第4師団少佐として、敵の猛攻の中で命を散らしたはずの彼女が目ににしたのは、泥を固めたような粗末な玉座と、その上で震える一人の少年だった。
「あ、あの……ボク、死んじゃうの……?」
金髪を揺らし、5歳児ほどの愛くるしい姿をした少年——このダンジョンの主であるテオが、涙を浮かべて彼女を見上げていた。 かつて「鉄の処女」と恐れられたレティシアの脳内に、異世界の神から授かった知識が流れ込む。 ここは魔力枯渇により崩壊寸前の廃ダンジョン。 そして目の前の少年は、魔物を一体出すことすらままならない「虚無のコア」として捨てられた欠陥品。
かつて、自らの感情的な判断により、部下100人を全滅させた凄惨な光景がレティシアの脳裏をよぎる。 「救える命」を優先した結果、全員を死なせたあの日。 彼女の心は、その時すでに冷徹な合理主義という鎧を纏っていた。
「泣くな」
レティシアは凛とした動作で立ち上がると、ドレスのように改造された軍服の裾を払い、少年の前に膝を突いた。 その所作には、一切の迷いがない。
「貴公は一国の王、この領域の最高司令官だろう。資質がないなら私が叩き込んでやる。……立ちなさい、閣下(司令官)」
「カ、カッカ……?」
きょとんとするテオの細い手を、レティシアは手袋越しに力強く握りしめた。 彼女にとって、この最弱の少年を生き残らせることは、かつての過ちに対する不器用で痛切な贖罪でもあった。
「ここは戦場だ。私が立て直す」 「これより、本拠地の防衛及び兵站改革を開始します。閣下、よろしいですね?」
テオは彼女の圧倒的な威風に呑まれながらも、生まれて初めて「価値がある存在」として認められた喜びを瞳に宿し、小さく、だが確かに頷いた。
その時、ダンジョンの入り口から下俗な笑い声が響いた。 迷い込んだのは、二人のナンパ冒険者。 「おいおい、こんなボロい洞窟に銀髪のネーチャンがいるじゃねえか。ガキをどかして俺たちと遊ぼうぜ」
レティシアの碧眼が、氷点下まで冷え切る。 彼女は虚空から、重厚な金属音を響かせて魔導拳銃を生成した。 それは彼女の固有スキル【総力戦の極意】の片鱗。
「兵士はリソースだ。だが、規律を乱す不純物はただの排泄物に過ぎない」
「は? 何言って——」
言い終わる前に、乾いた銃声が一度だけ響いた。 魔法弾は男の脚を正確に撃ち抜き、逃走を封じる。 レティシアは怯えるテオの耳を優しく塞ぎながら、事務的な口調で告げた。
「閣下、最初のリソース(DP)が確保できました。これを元手に、まずは防衛線の構築と、食料供給ラインの確保を行いましょう」
こうして、異世界の常識を根底から覆す、少佐によるダンジョン改革の火蓋が切って落とされた。
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