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ふるまえに  作者: 柊らし
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 施錠されていたはずの用具倉庫の扉は、ぎんせが複雑なリズムで数回揺らすとあっけなくひらいた。

「すごいでしょ? 生徒会に代々伝わる技なの。先生には内緒ね」

 そう言って、ぎんせは唇を縫い合わせる仕草をした。

(まるで魔法の鍵みたい)

 りつかは胸中で感嘆の息をついた。こうやって、将来に待ち受けるどんな扉も、彼女は軽やかにひらくのだろうか。

「誤解しないで。生徒会が夜な夜なここに集まって悪だくみしているわけじゃないよ。大事なのは、教師が知らない自分たちだけの聖域を守ってるっていう事実ね。そのために、壊れた鍵の開け方を何代も前から受け継いでいるの」

 ぎんせが慣れた手つきで照明のスイッチを探ると、天井から吊るされた裸電球が明滅し、埃の粒子が銀河のようにきらめいた。校庭の隅にすすけた石造りの倉庫があることはりつかも知っていたけれど、中に入るのは初めてだった。ワンルームほどの広さの庫内は、足の踏み場もないくらい大小様々なガラクタでいっぱいだった。絵の具でよごれた学園祭の立て看板、派手な仮装がひしめく衣装掛け……。見覚えのあるもの、ないものが、感心するほど無秩序に押しこまれている。

「ようこそ。散らかっててごめんね」

 出番を終えた道具たちは、いま寄宿舎で大半の生徒がそうしているように、夢すら入りこむ余地のない深い眠りについていた。かれらの安眠を妨げないよう、そしてうかつな物音で宿直の教師を呼びよせてしまわないよう、ふたりは慎重にガラクタの隙間をぬった。紙箱が山と積まれた一角にちょうどいい空間をみつけて、雪の子たちは腰をおろした。

 ぎんせがスカートのポケットから取りだしたものを見て、りつかはえっと声をあげた。文庫本ほどの大きさの、小ぶりな銀色の水筒。蓋を開けると、飲み口から甘い香りの湯気があがった。

「それって温かい飲み物?」

「そう。あまざけ」

 こともなげにそう言うと、ぎんせは中身をぐいとあおった。りつかは目を丸くした。温めた飲料は校則で厳しく禁止されている。ばれたら卒業取り消しは免れないだろう。退学処分になるかもしれない。

「体が溶けちゃうこともあるって」

「そんなのでたらめ。大人のつきそうな嘘よ」

 笑い飛ばして、ぎんせは唇から水筒を離し、りつかの手に押しこんだ。

「どうぞ」

 りつかは濡れたぎんせの口元をしばらくぼうっと眺めていたが、おそるおそる水筒を持ちあげ、すすった。やわらかく刺激的な波が喉元を通過し、胃の中にすべりこむ。夢中で二口、三口と飲んだあと、彼女はほう、と息をついた。

「おいしい」

「熱くなかった?」

「へいき」

「足、溶けてない?」

 ぎんせはおどけた口ぶりで、つま先を指さした。

「溶けたかも」

 りつかは足をばたつかせた。全身がポカポカと温かい。体の芯にこびりついていた緊張が、今日いちにちの疲れとともに、ゆっくりほどけていくのがわかった。

 両足を床に投げだして、りつかは言った。

「あなたはこういう遊び、しない人だと思ってた」

「どうして?」

「生徒会だし。優等生だし……。訊いてもいい? どうすればあんなふうに飛び降りられるの? あなたの落下はだれよりもきれい。あなたみたいにふれたらどんなに気持ちがいいだろうって、いつも想像していたの」

「そんなにきれい? 嬉しいなあ」

 ぎんせは長い赤毛をかきあげた。いくつもの雪雲学校スクールを渡り歩いてきた老教師でさえ、こんな髪色は見たことがないと驚いたという。りつかは自分の後ろ髪に触れ、ひそかにため息を漏らした。

 学校生活最後の夜、思いがけず訪れた秘密の時間は、古い倉庫特有のかび臭さと、心地よい親密さに満ちていた。代わる代わるあまざけをすすりながら、ふたりは収納されたパズルのように窮屈な隙間におさまって、とりとめのない話に花を咲かせた。雷に打たれて焼けた旧校舎の廃墟には溶けた雪の子の霊が出るらしいとか、偏屈な体育教師には人に言えない趣味があるとか。金曜日の寮母は学長とできているとか、いないとか。益体もないおしゃべりが、とめどなく生まれては消えていく。

 りつかがピーコートを脱いだとき、内ポケットから固い何かが転がり落ちた。拾い上げてみると、それはてのひらサイズの箱に入った、ひと揃いのタロットだった。

「タロットカード?」

 ぎんせが横から身を乗りだして、りつかの手元をのぞきこんだ。

「うん。きっと結晶占いに使ったやつだね」

 と、りつかは言ったが、ぎんせはよくわからないという顔で首をかしげた。

(知らないんだ、結晶占い)

 ぎんせが知らないなんて意外だった。一時期はタロットが争奪戦になるくらい大流行した遊びだったから。流行りに疎いりつかでさえも、クラスメイトに誘われるがまま付き合ううちに、ひと通りのやり方を身につけていた。

「結晶占いっていうのはね」

 まわりの箱を押しのけてスペースをつくり、カードを広げて説明をする。

「順番にカードを引いて、決まった場所に並べていくの。そうして絵柄のメッセージを読み解くと、〈おつとめ〉のときに自分がどんな雪の結晶になるかがわかるんだよ」

「へえ、おもしろそう」

 ぎんせの気を引けたのが嬉しくて、りつかは思わず早口になった。

「じゃあ、まずはこうやってシャッフルして、上下を決めて……。並べ方? だいじょうぶ、わたしが教えてあげる」

 ぎんせがぎこちなく動かしたカードを、正しい位置に置き直す。りつかはささやかな優越感に酔いしれた。

 ふたりはしばらくかがみこんで占いに没頭し、自分たちの未来の姿が埃っぽい床の上に暗示されるのを見守った。タロットによると、りつかは六枚の花びらをもつ梅花の形に、ぎんせは繊細な枝先に無数のこまかな葉をつけた羊歯シダ状の結晶になるらしい。

 ひとしきり空想を楽しんでから、りつかは言った。

「現実には、落下中の風と湿気で、ほとんどの子がいびつな形になっちゃうらしいけどね」

「ま、そんなものだよねえ」

 ぎんせは大あくびをして、あまざけの最後の一滴を飲み干した。

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