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アルバ島のエルフ3

「あー、このネックレス、かわいいけど惜しい! ここにもうちょっとビーズをつけ足したら売れるんじゃない?」

「このゴテゴテした指輪はあまりにも前時代的だな。今は装飾の少ないものの方が貴族には好まれている。ほら、ぼくの指輪を見せてやるから、参考にするといい」


 食堂のテーブルにずらりと並べられた、指輪やネックレスやブレスレットの形をしたアミュレットを手に取りながら、ヘイディとイドリスが好き勝手なことを言う。

 ロータヤはそれを聞いて赤くなったり青くなったりしていた。……わかる。自分の作品に感想をもらうのって、落ち着かないよね。


「……でも、どれも素敵だよね。伝統的なデザインのもいいし、流行りに寄せたものもかわいいし、わたしも欲しくなっちゃう。どうして売れないんだろうね?」


 わたしが首を傾げると、ロータヤは寂しそうに言った。


「エルフの作ったもの、だからかしら……魔力の込められたものなんて、この頃ではもう、必要とされなくなっているのかもしれないわ」

「そんなことはないと思うがな? いつだって好きな相手には好かれたいし、何をするにもお守りがあった方が安心だろ」


 オーウェンがそう言った途端、ロータヤは別人のように無表情になり、口を閉ざした。

 オーウェンが肩をすくめる。


「……ま、お高く止まったエルフさまに何を言っても無駄か。俺はその辺をぶらぶらしてくる」


 オーウェンは食堂を出ていった。

 たぶん、オーウェンがロータヤに何か無神経なことを言ったのが悪いんだろうけど……少しかわいそうになってくる。

 気まずくなった空気を変えようと、わたしはイドリスの二人の従僕にも聞いてみた。


「ねえ、あなたたちはどう思う?」

「はあ……」

「アミュレット、ですか……」


 従僕たち、ジュストとヒューは、いかにも気のなさそうな顔でアミュレットを眺めた。

 そして、少し困ったように言った。


「いいと思いますが……」

「手が届かないというか……」


 あ……彼らが言いにくそうにしている理由がわかった。

 エルフのアミュレットは、効能は折り紙付きだが、とても高価だ。

 労働階級の人間には気軽に買えるものではなく、しかも彼らの雇用主はわたしとイドリスの親だ。給料が低いから買えない、とは言いにくいのも当然だ……。


「……そ、そう。ありがとう」


 わたしは誤魔化すように咳払いをした。イドリスが怖い目でこっちをにらんでいる。

 そのとき、食堂の扉が開いて、大公が入ってきた。

 わたしたちは慌ててお辞儀をした。


「こんなところで、何をしている?」


 咎めるような口調だった。

 ロータヤが青い顔で説明する。


「……ごめんなさい。アミュレットのことで、相談に乗ってもらっていたんです」

「先祖伝来のアミュレットのことで、人間と獣人に何をしてもらうだと? 我々エルフははそこまで落ちぶれたのか?」

「…………ごめんなさい」


 大公は冷たく娘をにらむと、そのまま何も言わずに去っていった。


 うーん、エルフのプライドが高いのはわかるけど、これじゃあロータヤもやりにくいだろうな……。


 なんとなくそのまま流れ解散になり、食堂にはわたしとロータヤだけが残った。

 わたしは彼女を慰めようと声をかけた。


「……あの、ロータヤ……」


 けれど、彼女は顔を上げ、先に言った。


「リネット、外へ出ない? 見せたい場所があるの」




 *****




 屋敷を出て森に入り、しばらく歩くと、澄んだ水を湛えた美しい湖が現れた。

 静謐な森の中で、波一つない水面が鏡のように木々の緑を映している。


「うわあ、すごく綺麗なところ……」


 思わず感動して呟くと、ロータヤは嬉しそうに言った。


「この湖はわたしたちエルフにとって大切な場所なの。月夜の晩にはみんなで集まって歌ったり、踊ったりするのよ……ほら、そこの岸辺で」


 指さした先には、開けた草地があった。

 それを目にした途端、ぞくっと奇妙な感覚をおぼえた。


 ロータヤが心配そうにわたしの顔をのぞき込んだ。


「ごめんなさい、気分が悪くなったかしら? ここの魔力はとても強いから……エルフにとっては心地いいものだけど、あなたには負担が大きかったかも……」

「ううん、大丈夫」わたしは笑顔を浮かべた。「それより、ありがとう。そんな大切な場所に連れてきてくれて」


 ロータヤははにかみながら笑った。


「いいえ、こちらこそ。あなたも大変なときなのに、わたしたちのために色々と考えてくれて、とても嬉しかったわ。それなのに……お父さまが失礼なことを言って、ごめんなさい……」

「いいよ、気にしてないから」


 わたしはぶんぶんと手を振った。

 ロータヤはいい子だけど、さっきから謝り過ぎだ。あのお父さんの威厳の半分でもあれば……ああ、でもオーウェンに対してはロータヤもあんな感じか……。

 そんなことを考えていたら、ロータヤが湖を見つめて言った。


「ルーも、よくここへ来ていたのよ」

「えっ!?」


 思わず勢いよく彼女を見る。


「い、一緒に、来てたの? ロータヤと?」

「いいえ、違うわ。彼は湖の向こう側の家に、母親のメルスタと二人で住んでいたの。時々、あちらの岸辺で一人で座っているのを見たわ。彼はこの島では異端だったから、表面上はみんな普通に接していたけど、本当は孤独だったんじゃないかと思うわ。

 でも、彼も溶け込もうと努力はしていたの。普通、エルフは二、三種類の魔法しか使えないんだけど、彼は一生懸命練習をして、七種類もの魔法を使いこなせるようになった。[魅了]、[忌避]、[浄化]、[結界]、[禁声]、[飛翔]、[招魂]…………これはすごいことなのよ。誰にでもできることじゃない。

 だけど、自然のままであることを是とするエルフから見たら、その一生懸命なところこそが異端に思えたのね。結局、そのことが裏目に出て、彼はますますエルフたちから避けられるようになったの」


 聞きながら、胸が苦しくなっていった。

 どうしてルーがそんな思いをしなければならなかったんだろう。彼は何も悪くないのに。ただ、人間とエルフの間に生まれたというだけなのに。

 ロータヤは悲しそうにわたしを見て、話を続けた。 


「わたしの父も、わたしがルーと接触することを嫌ったわ。彼とは話すなと何度も言われた。あれは半端なものだ、我々とは違う、と。ルーも自分がそんな風に言われていたことは知っていたと思う。でも、この湖でわたしと会ったときは、いつも、礼儀正しく会釈をしてくれた。だからわたしも会釈を返したの。本当は、もっと近くへ行って、話しかけたかった。でも、わたしには勇気がなくて……」

「……ううん。ルーも嬉しかったと思うよ。ロータヤが挨拶してくれて」


 この島にロータヤがいてくれてよかったと思う。

 だけど、もしわたしがここに生まれていたら、絶対に子どもの頃のルーと友達になるのに。リネットの健康な体なら、きっとたくさん一緒に遊べた。仮定の話をしても、意味はないけど……。


 ばちんっ、と自分で自分の頬を叩いたら、隣でロータヤがびくっと肩を震わせた。わたしはことさらに明るい声を出した。


「あはは! ごめんね、驚かせちゃって。さっ、これからどうすればいいか考えないと!」

「リネット……」

「わたし、絶対にルーを助けたい。そのためには大公の協力が必要。でも、大公にはもう断られてしまった」


 宙を見てぶつぶつ言っていたら、ロータヤも一緒に考えてくれた。


「……父はあなたたちに協力する理由がないと言っていたわ。でも裏返せば、相応の理由があれば協力する気はある、ということだと思うの」

「相応の理由か…………あっ、絵は? ペノイエの絵画! あれを欲しがっているんでしょう?」

「そうね……」ロータヤは考え込んだ。「可能性はあると思うけど、それだけじゃ……」


 そのとき、頭上の木から何かが落ちてきて、わたしたちの近くにコロンと転がった。

 わたしはそれを拾って眺めた。

 本物のマツボックリだ!


「わあ、かわいい!」


 顔を輝かせたわたしを、ロータヤはきょとんと見ていた。こんなもの、その辺にいくらでも転がっているのに、という風に。


「……これが気に入ったの? それなら……」


 ロータヤはわたしの手からマツボックリを取ると、両手でそれを包み込み、目を閉じた。

 唇が小さく動き、古い歌のような、不思議な声音を紡ぎだす。


「[わたしの持ち主に不幸と悲しみが訪れませんよう]」


 彼女の手の中が、ほのかな緑色に発光した。


 光が消えると、ロータヤは目を開けて、わたしにそのマツボックリを手渡した。


「[忌避]の魔法をかけたわ。お部屋に置いておけば、魔除けの効果を発揮するの。そんなに強いものではないけれど」

「えっ、くれるの?」

「ええ」

「嬉しい、ありがとう!」


 魔法のかかったマツボックリは、まだほんのわずかに薄緑色の光を宿しているように見えて、とても綺麗だった。

 それを色々な角度から眺めていると、閃いた。


 ―――これだ!!

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