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王都コルヌアイユ1

 昨夜の嵐が嘘のように、翌朝はからりと晴れ渡っていた。


 今朝早くにオーウェンが王宮へ登城し、ぜひお会いして話がしたいというわたしから王妃への伝言を伝えてもらい、同時に王妃への謁見許可を取り付けてきてくれた。

 と言っても格式ばった王宮のことだ。オーウェンの登城にも王妃への謁見申請にもとにかくいちいち時間がかかり、重大な案件として急いでもらったにもかかわらず、謁見できるのは夜のこととなった。


 その間にわたしは、王都に出て服を調達することにした。ヘッレさんにもらった獣人の服はかわいいけど、さすがにこの服で王宮へ登城し、王妃さまに謁見することはできない。




 ローレンシア王国の南東に位置し、中心部の丘に燦然と輝く王宮を抱く王都コルヌアイユは、千年の歴史を持つ。

 そもそもの起源は大聖女エルベレスの旗上げからなんだけど、その千年の歴史を紐解いていたら数冊の歴史書が書けてしまう。とにかく、コルヌアイユは二十万の人口を擁するゆえ「二十万都市」とも謳われる、この世界でも有数の大都市なんだ。




 昼過ぎ、わたしたちは三人で宿を出た。

 ルーはあまりにも美男子過ぎて悪目立ちしてしまうので留守番をしてもらおうと思ったのだけど、頑として行くと言い張った。


「でも、すぐに見つかって捕まっちゃうんじゃない? ルーは聖騎士の礼服のままだし、わたしたちを捕まえろって、聖教会がお触れを出してるみたいだし」

「問題ない」


 ルーは宿の女将に会いに行き、何事か頼んだようだった。すぐに、二人分のフード付きのマントが用意される。旅人がよく身に纏うような、全身をすっぽりと覆う黒の長マントで、わたしとルーにそれぞれぴったりのサイズだった。

 確かにこれを纏えば、簡単には「大聖女と聖騎士」だとはわからないだろう。黒ずくめでちょっと怪しいけど、背に腹は代えられない。


 実際に街に出てみると、長身のオーウェンとルーは確かに目立つけれど、予想以上に人が多くて、あっさりとその波に紛れてしまえた。むしろ、二人とはぐれないかが心配な位だ。

 煉瓦造りの立派な商館が立ち並ぶ瀟洒な通りも、素敵なカフェやレストランがずらりと並んだ通りも、どこもかしこも休日の人気テーマパーク並みの混みっぷりだった。

 あまり混雑した場所を経験したことのないわたしは、奔流のような人の流れにもまれ、またたく間に二人からはぐれてしまった。


「あれ……おーい、ルー、オーウェン……ど、どこにいるの!?」


 すーっと顔から血の気が引いて行くのを感じる。

 周囲を見回せば、王都の大通りを埋め尽くす、人、人、人。

 ここには黒マントの人間など掃いて捨てるほどいて、もう誰がルーなのかまったくわからない。

 加えて、リネット(わたし)は小柄な方だったので、視界が利かず、この人混みでは遠くまで見渡すことは不可能だ。


 ―――まさか、迷子になった?


 わたしはルーに「すぐに見つかって捕まっちゃうんじゃない?」なんて能天気なことを言った自分を殴りたくなった。むしろすぐにわたしを見つけてほしい。二十万都市とはよく言ったものだ。この人混みから誰か一人を見つけ出すなんて、もうほとんど不可能に思える。


 まだ行き先も決めていなかったので、どこかで落ち合うこともできなかった。

 わたしは死ぬほど心細くなり、とにかく一度人の流れから抜け出そうと、通りの端に寄って立ち止まった。そこはパン屋の前で、軒先に並べられた焼き立てパンのいい香りがする。わたしはぼんやりとパンを眺めた。


 ―――あのパリパリの綺麗なクロワッサン、ルーが好きそうだな。あっちのカレーパンは超激辛って書いてあるけど、辛党だと言うオーウェンが食べたらどんな顔をするだろう。ああ、二人に教えてあげたい。


 なんて考えていたら、気がついた。


「…………あ、そうか。《感応術》を使って、ルーに話しかければいいんだ」


 法術の一、《感応術》は、理力を用いた術の中でも基本中の基本だ。

 これを使えば遠く離れた人とも思念で会話ができる。一度会ったことのある人なら使えるし、相手に理力がなくてもこちらにあれば使うことができる、便利な術だ。それに少しの理力があれば使えるから、聖教会の司祭クラスの人が、離れた場所の聖教会への伝達手段としてよく使っているし、国中の聖教会への一斉連絡にも使われる。


 なんだ、今すぐにだってルーたちと連絡が取れるじゃないか。


 わたしは脱力したあまり、もたれかかっていたパン屋の壁に頭をごちんとぶつけた。それを見ていた店の女の子が、驚いて目を丸くした。


「ちょっと、お客さん、大丈夫ですか!?」

「あ、あはは……すみません、大丈夫です」

「じっとしててください! 今、そっちに行きますから!」

「え? だ、大丈夫ですよー!?」


 女の子は店から飛び出してくると、わたしの腕をむんずと掴み、額に手を当てた。しばしそうしてから、ほっとしたように手を離す。


「……よかった。体調は悪くなさそうですね」

「はい、元気です!」


 学校の朝の体調観察のようにわたしが言うと、女の子はちょっと笑った。わたしと同い年ぐらいかな。笑うとえくぼができてかわいい。


「本当によかった。この頃、うちの店先で倒れる人が多くて……」

「えっ、倒れるって、なんで? 人ごみで疲れて?」


 女の子は逆に「えっ」という顔でわたしを見た。

 えっ、何? ここで倒れるのって常識なの?

 わたしが慌てて「旅の者なので、右も左もわからなくて」と言うと、彼女は同情したような顔をして、説明してくれた。




 なんでも、この国はあと数週間で滅びるらしい。

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