王都コルヌアイユ2
千年に一度の聖祭で、聖教会は、大聖女を降臨させる儀式に失敗した。
そのため大地は揺らぎ、天は荒れた。
この国ではこれまで滅多に起こらなかった地震の頻発も、季節外れの大嵐も、そのせいだ。
それだけではない。
ローレンシア各地で預言者が乱立した。
その誰もが口を揃えて言っているらしい。
「大聖女さまが、お怒りである」と。
聖教会ルートの噂によると、聖祭において大聖女の憑代をつとめた公爵令嬢が生贄の聖騎士に一目ぼれをした挙句、儀式を遂行できずに遁走したのだという。
あろうことか、大聖女のための生贄と、大聖女の膨大な理力を掠め取って。
だから、大聖女は怒っているのだ。
その怒りは間もなくこの国を滅ぼすだろう。
預言者たちは皆、そう告げている。
大聖女によって興った国が、大聖女によって滅びる。
よくできた物語のようでもあるけど、そこに住む人々にとっては死活問題だ。
「……だから、少しでもお金に余裕のある人は物資を買い占めて、大陸へ渡ろうとしているの。この国はもう終わりだからって。現に、各地で暴動が起こったり、聖教会も焼き討ちされたりして、国全体がひどい状況らしいわ。それで、王都で手に入る食料も急激に少なくなって、貧乏な人は食べるのにも困っている有様で、うちのパンの匂いを嗅いだら空腹で倒れる人が続出して…………」
わたしも倒れそうだった。
それ―――全部、わたしのせいじゃないか!!
女の子は真っ青になったわたしを見ると、慌てて背中をさすってくれた。
「あ、やっぱり気分が悪いの? よかったら、うちのパン、食べる? 焦げてたり端っこだったりで、売り物にならないパンだけど……」
「……どうもありがとう。でもそれは、他の困っている人に渡してあげて……」
わたしは強張った顔に笑みを浮かべ、よろよろと女の子から離れた。
再び人波に押し流されて本当に気分が悪くなったので、わたしは別の店の壁に寄りかかって休憩しながら、行き交う人々を眺めた。
この人たちも、わたしがルーを連れて逃げたせいで国が荒れ、困っているのかもしれない。
―――だけど、どうしてだろう。
どうして大聖女は怒っているの?
だって、わたしがイニス神殿で共振した大聖女エルベレスは、聖典に生贄のことなんて書いていなかったよね!?
わたしは壁にもたれながら、さっきパン屋の女の子に聞いたことを思い返してみた。
聖祭で大聖女の憑代が、生贄の聖騎士と大聖女の理力を奪って逃げたから、大聖女は怒り、国は乱れだした。
―――ん?
大聖女の理力を奪った?
確かにわたしは大聖女のように理力を使える。それはたぶんエルベレス本人に較べたら、微々たるものなんだろう。イニス神殿で彼女の膨大な理力に当てられ、呪いにかかったのと似たような状態になったことがその証拠だ。既に千年前に死んでいるというのに、本当に大聖女エルベレスという存在は途方もない。
だけど、わたしが大聖女の理力を使えるというのは、どういうことなんだろう?
わたしは前世の記憶を持ったまま「リネット」の体に転生した。わたしはもちろん大聖女エルベレスじゃない。だからエルベレスを「リネット」の体に降ろす儀式は失敗している。
それなら、どうしてわたしは大聖女でもないのに、理力が使えるんだろう? イドリスも言っていたように、以前の「リネット」は理力をまったく持っていなかったというのに。
それに、「リネット」の体に降りられなかったエルベレスは、今どこにいて、どうやって怒っているんだろう? 幽霊として? イタコのように預言者の口を借りて怒りを表明し、この国を滅ぼすと脅しているの?
そもそも、わたしはどうしてエルベレスを差し置いて、よりによって大聖女の憑代の体なんかに転生してしまったんだろう?
わからないことだらけだ。
わたしはそれ以上考えるのを諦め、目を閉じて、《感応術》でルーに呼びかけた。
ルーはすぐに答えてくれた。
わたしの近くにある店の名前を伝えると〈今行く〉と返事がきて、この人混みの中、本当に五分もしない内に駆けつけてくれた。
「リネット……大丈夫だったか?」
「うん。ごめん。はぐれちゃって」
「いや、私も悪かった。君は目を離すとすぐにいなくなるということを、もっと肝に銘じておくべきだった」
……なんだか引っ掛かることを言われたような気もするけど、そんなことはすぐに吹っ飛んだ。
ルーが、五本の指を全部絡めて、わたしの手をしっかりと握ったからだ。
ぱっと見上げると、至極当たり前のような顔をしてルーが言う。
「私から離れないで」
「は(なれようとしても、これじゃ離れられないよ!!??)、はい……」
遅れてやってきたオーウェンとも合流して、繋いだ手のことをさんざんからかわれたけど、ルーは一向に気にせずにわたしの手をがっちりと掴んでいた。
わたしは聖騎士二人にエスコートされ―――というか、迷子防止のため厳重に両脇を固められながら―――、どうにか王妃に謁見できるような服を調達した。
そして、ついに登城の夜を迎えた。




