一歩前進
もうすぐお昼時
という事でいつも来ているキャンプ場の端っこにある、キッチンを利用しようと歩いて向かった
ついた青空キッチンにリュックサックを背負った夏向が、持ってきた食材や食器をテーブルの上に並べる
「おばちゃんに頼んで、旅館にある食材を買ってきたんだ」
「な、なるほど…」
買えるんだ、旅館で…
そうとわかっていたら、ここでほとんどの時間過ごしてたのに…なんて前の自分ならそう思っていた事だろう
「食材見てわかる通り…キャンプの定番、カレーを作ろうと思います」
「い、いいと思います…!」
ナス、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉が並べられていてどれもカレーに入れる具材だ…具材はいいんだけど何かがおかしい
「か、カレーのルーは…?」
「ルーは流石に旅館には無かったから、この八種類のスパイスを使って作ろうと思います」
まさかの本格的なインドカレーだった
「これでもスパイスが何個か足りないけど、まぁ何とかなるかな」
「そうなんですか…?」
不安気に言った唯希に対し
「確かにグローブとかクミンとか、味の深みを出すのに必要だけど、美味しく食べる分にそこまで必要じゃないから…大丈夫」
それにグローブとかシナモンとか苦手な人多いし…と、唯希に言い聞かせる
「そうですか…」
初心者がカッコつけてスパイスから作る訳ではなくて、どうやら本格的に作ったことがあるんだろうか、とても詳しく手際も良かった
四白眼でじーっと夏向の下準備してる姿を見て…あ、手際いいですねとか綺麗な包丁さばきですねとか…心の中で言いつつある一つの疑問が思い浮かぶ
私いらないのでは…と
夏向はみじん切りにした玉ねぎをフライパンの上で休まずしゃもじでかき混ぜている
これなら私でもできるかなと声を掛ける
「…交代しましょ」
「え、あぁそうだね…お願いします」
「…もしかして私の存在を忘れてました?」
ギョロ目が夏向をギロリと睨み、四白眼の圧をこれでもかと出していた
「ち、違う違う、考え事しながら混ぜてただけ…」
「彼女さんが隣で見ていたのに考え事とは何事ですか?」
「言い返す言葉もございません…すみませんでした…」
彼の素直なとこも本当に好き…彼氏にベタ惚れの彼女だった
「…それに、かなたさんの…か、彼女さんの手が空いてるのに、ひとりで全部しないでください」
拗ね気味に訴えた
あの時言いましたよね、私たちは———
コンコン、ノックの音
さっきの出来事を思い浮かべ、ベッドの上で横になっていた夏向は、起き上がりノックされたドアの元へ行き、開けた
「…あ、あの」
「ゆ、唯希さん…」
「お邪魔しても、よろしいでしょうか…?」
基本旅館やホテルでは他の宿泊者でも、入室する事は禁止されているけど、おばちゃんからチェックインした時の説明で
(うちでは相手の承諾を得れば、他の宿泊客の部屋に入るのを許可します)
(あと今とは別な部屋に変えたい時はアタシに言ってくだされば許可しますからね)
「あーうん、入って…」
唯希を招き入れる
「好きなとこに座っていいよ」
そう言われて、唯希はあまり深く考えずに、夏向が寝ていたベッドの上に腰を下ろした
確かに他に座るとこと言えば、端っこにローテーブルにふかふかの椅子が二つ置いてあるとこしかないけど
…誰かが寝ていたベッドの上に座るのは不思議ではないのかな?俺がおかしいのかな?
などと心の疑問
ギョロ目四白眼の唯希が、上目遣いで夏向の目を見て言った
「…?かなたさんは座らないのですか」
「う、うん…隣座るね」
隣とはいえクイーンサイズのベッドなので座るスペースに余裕があり、適切な距離で座る
「私、前に彼氏さんがいたんです…」
「ふーん…え、か、彼氏ですか…?」
滅茶苦茶に動揺してしまった
「……ぷふ…ふふふっ」
それを見て堪えようとして結局笑ってしまった唯希
「唯希さんのせいで動揺したんですが…」
「ふふ、すみません…でも彼氏さんいたとはいえ名ばかりですよ…?」
「え、どういうこと…?」
「その相手の人とは強引に付き合わされたって話です」
「あーうん…」
夏向には全く理解出来ていなかった
「学校で、クラスで人気者の男の子がみんなの前で私にサプライズで告白したんです」
「あ…」
ここまで話されてようやく落ち着きを取り戻し、察する
「雰囲気的にオーケーを出さないと後々大変だなぁって思って…オーケーしてしまいました」
「………」
「すると翌日、私の席に人だかりが出来て、普段話さなかった人から沢山お話できて、あ、嬉しいなって最初は思いました」
夏向は少し顔が険しくなりつつ、唯希の話を聞いている
唯希は夏向の顔から真っ直ぐに顔を向き、話を続ける
「だけど、別に好きでもない彼氏さんと毎日過ごしてく中、一歩進もうとしたのかいきなり手を握ってきて…やめて!と叫んで拒絶してしました」
「………」
「すると彼は強引に手を握ってきて、強引に唇を奪おうと顔を手でクイッと真っ直ぐに向け…私は、私の顔に触れてる彼の指に思いきり噛みました」
「やり返したんだね」
「はい…彼は意気消沈してその隙に彼の家から逃げました」
「………」
ほっとしてる夏向を見て安心した唯希
「それで、手を握られるとさっきみたいな拒絶反応してしまうんです」
「ごめん、そんな事情があったなんて———」
そんな夏向の続く言葉を遮り
少し微笑みを浮かべ、ギョロっと視線を交わされる
「———かなたさん…そんなかなたさんに耳より情報ですよ」
「…え?」
唯希はふふっと笑い、夏向の耳元で———
「キスもまだですし…処女ですよ」
小声でそう告白された
「そ、そうなんだ…」
淡白に返したものの、よそよそしい態度で動揺しているのがバレバレである
「…かなたさん」
「な、なにかな?」
「手…握って貰っていいですか?」
「うん…けど大丈夫?」
「…多分もう大丈夫ですよ」
そう言って夏向をギョロ目四白眼が見つめ続ける
「…握るね」
「 は、はい」
両手をぎゅっと握った
「大丈夫…?」
「は、はい…大丈夫です…けど」
握られた両方の手を見て———
「恋人繋ぎ…ですか?」
「えぁ、いや、ほんとだ!」
慌てて手を離そうと試みる…が、今度は唯希の方から指を絡めてきて、離さない
「…少し、このままでいさせてください」
「うん…」
このままでいいらしい
お互い赤面しながらも、暫く恋人繋ぎでお互いの手をぎゅっと握った…恥ずかしさから、唯希は視線を両手に移す
「…そろそろ離しますね」
そう言って唯希から指を解き、手を離す
「………」
夏向は名残惜しそうにさっきまで絡めていた相手の手を見ている
「私、かなたさんといると安心するなって…そう感じること多いんです」
「あ、それは俺も…昨日から思ってた」
「…やっぱりそうなんですね」
夏向は思い切ってこう言った
「ゆ、唯希さんさえ良ければ…俺の友達になりませんか?」
唯希はギョッと夏向を凝視した後
「ふふ…はい、私で良ければ友達になりましょうか」
笑顔で応えた
唯希は余程嬉しかったのか
「…ずっと、ずっとかなたさんの隣にいますね」
また冗談か…とかそんな考えも無く返事をする
「はは…それは嬉しいな」
蟠りが解け、お互い気分が高揚していた
「約束しましょうか、私とかなたさんは一蓮托生ですって」
「いいよ、俺たちはずっと一蓮托生で生きていきます」
「はい、約束ですよ?」
「うん、約束…」
唯希は程なくして満足気にし部屋に戻った
お互い冷静にさっきのやり取りを思い出し、振り返ってみたが…重い約束をしてしまったなと思いつつも、満更でもないふたりだった———
「あの時言いましたよね、私たちは———」
「———…一蓮托生、でしょ?」
「覚えててくれてたんですね」
「当たり前だよ」
「…嬉しいです」
ここで使う言葉にしては大袈裟だけど
そんな野暮なツッコミはしないのが、この冴えない彼氏さん
「思えばあの時からさ…俺たちはお互いの事好きになってたんだと思う」
「そうですね…ただその想いに気付かなかっただけで」
「うん、気付かずに友達になろうだなんて…」
「ほんと…ふふ、気付いてれば恋人最短コースでしたね?」
「でも、好きかどうか確かめる時間も大事だよ」
「ん…確かにそうですね」
ふむふむ…と納得した様子で頷く彼女さん
「…ねぇ、唯希さん」
「はい…?」
フライパンからギョロっと夏向へ視線を移す
今やそのギョロっとした目と四白眼の瞳が愛おしく思える
「好きだよ」
シンプルに伝え、軽くキスをした
「ん…これだけ、ですか…?」
もっと欲しいとギョロっと上目遣い気味にねだる
底が見えない愛おしさに呑まれ、熱いキスを交わし合った
本当は後書きでキャラの辛い過去とか書こうと思ってたけど、そういう事情とかは将来の彼ピ的に知っておいた方が面白くなりそうだな本編で明かし、こういう展開にしてみました