61.再度城下町へ
「あっ……てて……」
「大丈夫? 賢ちゃん」
「ああ、まだまだ大丈夫さ」
夜のトレーニングを終えた賢吾は翌朝、美智子に替えの包帯を巻いて貰っていた。
クラリッサは次の日は非番だと言う事で結局朝までトレーニングに付き合ってくれたのだが、流石にバテてしまった。
向かって来るクラリッサに対抗しつつ、更にはあの鉄パイプを使って武器を扱う実践訓練も少ししてみたのもあってか、特に下半身を中心に朝から身体全体がダルいし色々な箇所がアザだらけである。
なので今日は美智子の基礎トレーニングをクラリッサに任せて、賢吾は部屋で休ませて貰う事にした。
本来であれば治癒魔術を身体全体にかけて貰う事である程度は疲れも取れるし傷も治ってしまうのだが、賢吾の場合は特異体質のせいで治癒魔術が攻撃魔術に変化してしまうのだ。
「この世界の人間が羨ましいよ。魔術って凄いんだな」
「そうね。でもこっちの人達から見たら私達のスマートフォンだってパソコンだって、それから色々な地球のテクノロジーだって凄いって見えるんじゃないかしらね」
「それもそうだな」
お互いの世界に良い所があり、そして悪い所もある。
その上で自分達が住み慣れた世界で暮らしたいと思うのは、元の世界に余程トラウマでも無い限りは当然の事だろうか。
そんな自問自答をする賢吾の包帯の交換が終わり、美智子はクラリッサがトレーニングをしてくれると言うので部屋を出て行く。
「それじゃ、私は行くから」
「ああ。もしかしたら城下町を散策に行くかも知れない」
「ちゃんと許可取ってから行くのよ」
「分かってるよ」
トレーニングの為に鍛錬場へと出る美智子を見送り、賢吾は賢吾で今の状況を口に出しながら部屋に備え付けの羽根ペンと紙でメモを取っておく。
何かあった時に見直せる様にする為だ。
「この世界に来て今日で丁度1週間か。もっと時間が経っているかと思ったけどそこまでじゃないみたいだな。考えてみればこの世界に来てから色々な事があったもんな……。それで今は美智子にトレーニングをさせつつ俺もトレーニングして、同時にあの女の盗賊団のアジトを突き止める為に動いている……と」
本当に色々な事があった。そして、これからも色々な事が無いとは限らない。
いや、地球に帰る手掛かりを探す為に行動するのならその色々な事が起こるのは簡単にイメージ出来てしまう。
出来ればこれ以上何事も無いまま、地球へ帰れるのが1番良いと言うのは賢吾自身も強く願っている。
その思いを胸に抱きつつ、朝食も包帯を替えて貰う前に済ませた城下町へと出た賢吾は早速その城下町で面倒な出来事に遭遇してしまうのだった。
城下町に出る前に城門で一言掛けた騎士団員の話によれば、王都を警備している騎士団の人間達には賢吾の事を伝えてあるらしい。
なのでもし賢吾が不審な動きをする、あるいは彼の身に何か危害が及ぶとなればすぐに騎士団の人間が駆けつけて来るのだと言われている。
(監視社会って奴とはまた違うんだろうが、息苦しい事には間違い無いな)
勿論、彼の身に魔力が無いと言う事は伏せた上でのレメディオス考案の監視体制だ。
最初のあの坑道へと出発する前にレメディオスが「城の中にばかり居ると退屈だろうから」との事で提案してくれたので、冷たい性格とばかり思っていたレメディオスへのイメージがこれで変わった。
ロルフは熱血漢でやや強引な性格である事しかまだ良く分からない。
クラリッサは気の強い部分があるものの、それでも元気な性格で面倒見が良い面があるし夜のトレーニングの後で包帯を巻いて貰ったので賢吾には好印象だ。
そのクラリッサのトレーニングは昼食を挟んで夕方までやってくれると言うので、賢吾は城下町を散策してみる。
レメディオスやクラリッサから言われているのは「王都シロッコからは出ない事」。
別に賢吾としても出る気は無いが、監視の目の届かない所へは行って欲しくないのだろう。
「さて、何処から回るかな……」
ポツリと呟く賢吾の手元には、城下町に出る事を伝えた騎士団員から貰ったその城下町のマップがある。
結構広い城下町の為、地球と同じく上流改装の区画からスラム街まで多種多様な面がある大都市となっているのだ。
スラム街は治安の面で入らないで欲しいと言う事、それから上流階級の区画も賢吾の様に身分が無い者は入場を制限されるエリアがあるとクラリッサが言うのでその区画には騎士団員から赤のインクで色を塗って貰っている。
まずはこの王都シロッコのメインストリートから回ってみようと考え、以前クラリッサに案内して貰ったルートを思い出しながら歩き始める。
その案内して貰った夕暮れ時と同じで、相変わらずの混雑振りが特徴のメインストリート。
しかし東京に出てきて渋谷や新宿等のラッシュで「色々な意味で」揉まれて来た賢吾にはそこまで苦とは思わない。
ラッシュで培った回避技術で器用に人混みをすり抜け、メインストリートを歩く賢吾。
だがその時、ドンッとやや強めに通行人の1人と肩と肩がぶつかる。
「ん……?」
振り向いた賢吾が見たのは、かなり見覚えのある横顔だった。