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自称案内人カンナ の 準備

 私の覚醒を促したのは、窓の外から聞こえてくる小鳥たちの鳴き声だった。

 寝ぼけ眼を擦りつつ、大あくびをしながら身を起こす。


「――ん」


 淡い希望を込め、軽く咳払いをしてみるのだが、やはり漏れ出るのはか細い少女のそれ。

 目が覚めたら夢でした――なんて都合よくはないようだ。


 だとしても、まだ諦めたわけではない。

 私はそんな想いを込め、カーテンを勢いよく開け放つ。


 私が滞在している部屋があるのは三階。

 元々子供部屋だったこともあってか、日当たりなんかも悪くない。

 差し込む日光がなんとも心地良くて、ついつい伸びをしてしまう。


 ……若返った影響だろうか?

 いつもなら、軋むような音を立てる肩や腰は、むしろ柔らかくしなやかな反応を示していた。

 何はともあれ、久々に爽快な目覚めといえるだろう。


 窓から入ってきたそよ風に頬を撫でられ、目を細めると――


「あら、ようやく起きたんだね! おはよう、カンナちゃん!」

「おはよう、グレーテル」


 下の方から大声が聞こえてくる。

 視線をやれば、一面に白いシーツが広がっていた。


 中心にいるのはグレーテル。

 どうやら、裏庭で洗濯物を干していたらしい。


「今から着替えを持ってきてあげるよ。それから朝ごはんにしようかね」

「……恩に着る」


 私は小さく返事をすると、少女になってしまった身体におっかなびっくりで支度を整え始めた。





 鏡へと向き直り、凛とした表情で睨み付ける。

 決して笑顔ではない。

 恐らく、昨晩の一件もあり、私のことを舐めてかかる同業者は多いだろう。


 そんな彼らに負けないため、毅然とした態度で対応することが重要だと思えた。

 長い黒髪を一つに束ね、少女然とした服装を包み隠すように黒のローブを羽織る。


 今朝、グレーテルが用意してくれた衣服は、従業員の少女が来ている制服から上着を取り外したもの。

 その上着はフリルのついたエプロンに近い代物であり、かなりの少女趣味。

 ……着ている姿を想像し、昨晩の申し出を断っておいてよかったと心底ほっとしてしまう。


 それでも今の私の服装は白いブラウスと紺のスカートで、ローブなしでは少しだけ身なりのいい街娘にしか見えないのだが。


「悪いねえ……カンナちゃんのサイズだとズボンはあんまりなくて。昨日履いていたのは洗濯しちゃったしね。迷宮探索に行くならスカートはよくないってわかってるんだけど」

「いや……十分だ。ありがとう」


 つい眉をひそめそうになったところを、グレーテルに声をかけられた。

 確かに、丈の短いスカートでは足を傷つけかねない。

 だが、私が気にしているのはもっと別の点で――。


 とはいえ、衣食住全ての面倒見てくれた彼女に文句を言えるほど、私は厚顔無恥ではない。

 どうにも不安な足元の感覚を意識しないよう必死で務め、促されるまま酒場――この時間帯は食堂か?――へと向かう。


 見渡してみれば食堂は昨日とは打って変わって人が少ない。

 それもそのはず。


「ちょっとカンナちゃんはカミナギと違って寝坊助なところがあるねぇ。もう十時過ぎだよ?」


 まるで母親のように叱りつけるグレーテルに、しゅんとしてしまう。


 そう、朝食というには随分と時間が経ってしまっていた。

 殆どの滞在客はすでに仕事に向かっているのだろう。


 よほど快眠だったらしい。

 爆睡していたとなれば、あれだけの寝覚めの良さにも納得がいく。

 しかし、居候に近い立場を考えれば、いくらなんでも限度があるのも事実。


「……すまない」

「まあ、いいけどねえ。目覚めたばかりで身体が疲れてたのかもしれないし。そんなことより冷める前にお上がり」


 テーブルには、小さな黒パンと温かなコルンのスープが用意されていた。

 この街における基本的な組み合わせである。

 どうやら、昨晩のたべっぷりを前に、ちゃんとした食事を取っても問題ないと判断されたようだ。


 軽くうなずいて席に着く。

 早速、焼しめた黒パンを細かく千切ると、一つ一つスープに浸して口に放り込んだ。

 

 相変わらず、舌が麻痺するのではないかと不安になるほど甘ったるい。

 だが、何とも癪なことに、今の私はこの甘味が病み付きになってしまったらしい。

 つい頬が緩みそうになるのを必死で抑える。


 男だった頃より小さくなってしまった口でも、全て平らげるのにそう時間はかからなかった。





 食事を終えると、再びグレーテルの元へと向かう。


 四日前、私が迷宮から脱出した際の所持品や衣服。

 それらが今どこにあるのか、聞いておく必要があるからだ。


 背嚢に仕舞われた素材には、防腐処理が不十分なものも含まれていた。

 というか、安価なものは殆ど処理出来ていない。

 ズルゴたちに急かされ、時間がとれなかったのが原因である。


 だというのに四日も放置してしまっていては、まともな買い取り査定は期待できるはずもない。


 ただでさえ、はした金にしかならないだろうに、更なる減額は非常に手痛い。

 その点も考慮して、何を優先的に買うのか改めて見積もっておくべきだろう。


 残念ながら気づいたのは昨晩の寝る直前。

 わざわざそのために彼女たちを起こすのは躊躇われ、寝坊したこともありこの時間となってしまった。


「ごめんね。この宿に担ぎ込まれたとき、服はかなりずたぼろでさ。残念だけど、処分しちやったんだよ。……もしかして、大事なものだったのかい?」

「いや、そういうわけではない」


 衣服に関してはついでのようなもの。元より、期待はしていない。

 私は長身だったので、少女になってしまっては以前の衣服を着ることは出来ないはず。

 特に思い入れもないので、雑巾にしてもらってもいいぐらいだった。


「比較的無事だったのはそのローブぐらいだね。外はほつれてるぐらいで中はボロボロとは、随分器用な傷つけ方をしたもんだよ」

「……そうか」


 この黒衣を購入したのは十五年前。


 将来的な成長を見越し、かなり大きめのものをオーダーしたのだが、二十歳のころにはちょうどいいサイズとなっていた。

 しかし、今ではぶかぶかに逆戻り。


 若干の感傷が湧いてくるのを振り払う。

 あくまで、重要なのは所持品の方である。


「では、背嚢は?」

「背嚢……? そんなのあったかねえ? あのとき、ハルワタート君は何も持ってなかったし。……もしかして、全財産それに入ってたのかい?」


 数拍の間をおいて、こくり。


 背嚢に放り込んでおいたのは売却予定の素材と各種アイテム、そして僅かばかりの小遣い。


 合計しても大した金額にならないのは理解していた。

 だが、まさか全て失われてしまっているとは……。

 これでは短剣の一本すら買えないだろう。


 ――いや、想定してしかるべきだった。

 昨日、ゴードンは私のことを迷宮に入ったこともない初心者として扱っていた。

 もし背嚢を見つけていれば、その中に入っているのは素材であり、紛れもなく魔物を討伐した証拠。

 あれほどまでに侮るはずがない。


 ハルワタートが盗んだ可能性は――ありえないか。

 それなら馬小屋に泊まる意味はないし、わざわざ私に会いに来るのは不条理だ。


 つまり、今の私は――恐らくはハルワタートも含めて――完全に一文無しということらしい。

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