自称案内人カンナ の 調達
「……ということらしい」
昼過ぎ、ハルワタートは約束通り『星屑のかまど』亭に現れた。
無論、一文無しの彼は昼食を取っておらず、グレーテルにツケてもらっている。
一方、私は相席してちびちびとお冷を頂くだけ。
別に、グレーテルに遠慮しているわけではない。
朝が遅かったことも一因し、何も入りそうにないのである。
少女となったことでより一層細くなってしまった体躯だが、同様に胃袋のサイズも縮まっているらしい。
正直、見ているだけで胸やけがしそう。
そんな私を横目に、ハルワタートは手を止めることなくがつがつと食事を続ける。
朝食を抜いていることもあり恐るべきスピードだった。
黒パンの最後の一欠けらを口に放り込み、コルンのスープで流し込む。
そして、空になった器を机に置き、満腹とばかりに一息ついてから口を開いた。
「なるほど。当てにしてた財布も落としちゃったってわけか」
「ああ」
ハルワタートが食事を終えるまでの間、ただ待っているのも効率が悪いと考え現状報告を行っていた。
かなり深刻に伝えたつもりなのだが……まるで気にした様子は見られない。
「まあ、最悪素手でもなんとかするよ」
「……君は迷宮を舐めすぎている」
自分の掌を見つめ、ぐーぱーと開いたり閉めたりするハルワタート。
どうにも緊張感に欠け、ついつい苦言を呈したくなるのは致し方あるまい。
「聞き忘れていたが、魔道士ではないのだろう?」
「魔道師……魔法使いか。多分違うと思うけど」
元より期待はしていなかったが、想像通りの答えが返ってくる。
魔道士。
魔術を駆使する彼らなら――前衛がいないのは非常に不安だが――素手でも魔物と渡り合うことが可能だ。
とはいえ、それならそもそも武器など必要としないはず。
世の中には魔道剣士なる、魔術と剣術を組み合わせた一派も存在すると聞く。
だが、まず有り得ないだろう。
彼らは長い年月、修業を積み重ねてその境地に至る。
このような年若い少年が熟練した戦士だとは到底思えなかった。
――どうしたものか。
口元に手を当てて考え込んでしまう。
懐事情は大問題だ。
当然無一文では装備を整えられるはずもなく、丸腰で迷宮に向かうことになる。
一応、恵まれない孤児たちが戦う術を持たないまま、迷宮に入ることはあるが――。
それは食うに困り、わずかでも日銭を得ようとしてのこと。
魔物に遭遇せず戻ってくる方が珍しく、いわば消極的な自殺である。
このままでは私たちも大差がない。
私としても折角助かった命を無駄に散らす予定はなく、それだけはどうにかして避けたい事態だった。
すると、迷いが伝わってしまったらしい。
「――勿論、無理に一緒に来てくれとは言わないよ。でも、俺は一人でも迷宮に行く。それは決めたことだから」
ハルワタートが口にするのは固い決意。
先ほどのへらへらとした様子はどこかに消え失せ、真摯な表情へと変わっている。
「勘違いしないでほしいのだが、迷宮に入る理由があるのは君だけではない」
元に戻る方法を探す――。
だが、それまでに死んでしまっては元も子もないのだ。
ハイリスクローリターン。
なんとか武器の一振りでも手にしなければ。
どうしたものかと思考の袋小路に入りかけたタイミング。
私は背後から声をかけられた。
「……本気でお前ら、『カテドラル』に入るつもりなんだな」
「ゴードンか」
振り向けば、そこにいたのは険しい顔つきの壮年。
明らかに不機嫌さが滲み出ていた。
しかし、私は怯むことなく無言で視線を返す。
先ほどの口ぶりから察するに、隣の少年も同様だろう。
しばしの間、三人の視線が交錯する。
自分から視線を外すことはない。
次第に、緊張を孕んだ空気が膨れ上がり――
「……あー! 仕方ねえな。お前ら、ついてこい!」
――先に音を上げたのはゴードンの方だった。
◆
ゴードンに先導されて向かったのは、裏庭にある小屋だった。
物置なのだろうか。
随分とほこりっぽく、即座に私はローブで口元を抑える。
そんな私に構うことなく、彼は部屋の隅へと向かう。
不思議なことに、その一角だけは丁寧に掃除されていた。
「……ほらよ、これだ」
「これって」
ハルワタートに差し出されたのは一振りの片手剣。
長さは彼の体躯の半分ほどで、飾り気の殆どない古ぼけた鞘に包まれている。
だが、鞘に反して持ち手や柄の部分には手入れが行き届いており、緩みなどは見当たらない。
「まあ、俺もガキの頃に冒険者を志してな。結局、大した腕もなくて家の跡を継いだんだが……坊主、お前に貸してやるよ」
「いいんですか?」
少年の言葉にゴードンは肩を竦めた。
何を今更。そんな想いが込められた手振り。
「いくら止めたって聞くつもりはねえんだろ?」
「……はい」
「丸腰で入られるぐらいなら、こいつを使われる方がよっぽどマシだ」
それだけ言って、ゴードンは今度はこちらの方に向き直る。
私に与えられたのは撤退の呪符。
「こいつを使えば迷宮の外に出られる。もう一枚しかねえし使い捨てだが、危なくなったら躊躇わず使っとけ」
「それは知っている。だが――」
「……言っただろ。貸してやるだけだ。剣の方は、自力で稼げるようになってもっと良いのを買えたら返しに来い。呪符は別にいい。宿屋に呪符なんてあっても仕方ねえんだ」
――そこまでしてもらう義理はなく、受け取れない。
一宿一飯の出費とはわけが違うのだ。
そう言おうとしたところをゴードンは低い声で妨げる。
パッと見ではあるが、ハルワタートに手渡された刀剣は決して質は悪くない。
むしろ、かなり高品質な部類のはず。
推測を裏付けるように、軽く構えてみた彼は「手に馴染む」と感嘆を漏らしていた。
撤退の呪符も中々の高級品である。
こちらは市販品なので鑑定するまでもない。
様々なコストを抑える工夫が凝らされているものの、大よそ新米冒険者十日分の稼ぎに相当する。
彼は宿屋にあっても仕方がないと言い放ったが、質屋にでも売ってしまえばそこそこの儲けになるだろう。
ここまで考えて、私は彼の言わんとすることを推し量る。
そして、深々と頭を下げた。
「……ありがとう、ゴードン」
――必ず戻って来い。
彼は、それほどまでに私たちの身を案じてくれているようだった。




