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自称案内人カンナ の 傍観

 有難くゴードンから剣を借り受けた私たちは、数十分後、迷宮『カテドラル』の入り口前に辿り着いた。


「入口自体には何度も来てるけど……やっぱ、デカいよな」


 ぼそりと呟くハルワタートに、私も無言で頷く。

 案内人として幾度となく足を運んだことはあるが、未だにその威容に慣れることはない。


 晴天の白雲を貫く『カテドラル』。

 言い表すのなら摩天楼という言葉が相応しい。

 翼人が空から頂上を目指そうとして太陽に焼かれた――そんな神話が残っているほどだ。


「カンナちゃんは何回か入ったことあるのか?」

「『ちゃん』は止めてくれ。……カンナでいい」


 ウォーミングアップということなのか、ハルワタートはこちらを向かぬまま奇妙な体操を始める。


 そんな彼にむっとなりつつ答えた。

 年上であるグレーテルならまだしも、年下に『ちゃん』付けで呼ばれるのは非常に不愉快だ。

 それならば呼び捨ての方が余程気分がいい。


「わかったよ。……カンナ」

「それでいい。質問の答えだが、少なくとも一度も入ったことのない人間よりは経験豊富なつもりだ。迷宮内部はただでさえ危険が多い。出来る限り私に従え」

「頼りにしてる」


 何故か照れながら人の名前を呼ぶハルワタート。

 しかし、どうでもいいことだと捨て置き、今のうちに所持品の確認を行う。


 ……まあ、確認と言っても、腰のポーチに入れた撤退の呪符が一枚と小さな解体用ナイフしかないのだが。

 全く重さを感じない背嚢が何とも物悲しい。


 ため息ひとつ。

 とりあえず、気を取り直して呪符の準備をしておこう。


「ハルワタート、指を出せ」

「え? 指?」

「ああ。これに強く押し付けろ」

「……これ、さっきゴードンさんから貰ったお札だよな?」


 私は無言でこくり。

 彼に続けて私も札に押し付け、小さく呪文を念じる。

 これで呪符の準備は万端である。

 万が一にも風で飛ばされることのないよう、ポーチに仕舞いこんでおく。


 すると、ハルワタートは興味深そうにこちらを見つめてくる。

 何かあったときのため説明しようと考え――すぐにやめた。


「おう、坊主。悪いがどいてくれ」

「あ、すみません」


 背後から別のパーティが現れたからだ。

 人数は五人。ちらっと見ただけだが前衛と後衛は二人ずつ。

 実に平均的なパーティ構成といえるだろう。


 背の低い眼鏡の女性が一枚の札を取り出すと、先ほどの私と同じように全員に指を押し付けさせていた。

 恐らく彼女がこのパーティの案内人。


「少年、今日こそは君も迷宮に入るのかい?」

「ええ。ようやく案内人も見つかったので」

「そうか。気を付けたまえよ。……若い命が失われるのは辛いものだ。今宵、共に祝杯をあげられることを祈っている」


 いつの間にやら、金髪の女性がハルワタートに話しかけてきていた。

 特徴的なのは、邪魔にならないよう左に寄せて結われた長髪。

 凛とした面立ちではあるが、迷宮の前だというのに気負いは感じられない。

 それどころか、柔らかい表情も見せていて、ついつい視線を誘われてしまいそうになる。


 職業は……軽戦士か。

 白で統一された鎧に身を包み、背中には盾と棍棒(メイス)を括り付けていた。


 真っ先に呪符へと手を伸ばした辺り、彼女があのパーティのリーダーらしい。

 ……どこか見覚えがある。

 確か、彼女は――。


「まだ年齢的に酒はちょっと……」

「そうかい? 残念だよ。とはいえ、今日は『再編』の日ということもあり、どこの酒場も混むだろうけどね」


 記憶に引っかかるものがあり、なんとか想い返そうとしたのだが、あまり時間は与えられなかった。


「レミリアー! 早くいこうよー!」

「薬草取ってくるだけの簡単な依頼だろ? とっとと終わらせて寝たいぜ、俺は」

「週の締めくくりの依頼がこれってのはつまらんが、まあレミリアの願いじゃなあ」


 痺れを切らしたらしく、他のメンバーが女性――レミリアを催促したのが原因である。


 ん? レミリア?

 その名前でようやく私はこの違和感の判別に成功した。


「……ああ、『サンライズ』か」

「名前を知ってもらえているとは光栄だね。だけど、仲間たちの言うとおり、立ち話している暇はないようだ。これで失礼するよ」

「そちらもお気をつけて」


 ハルワタートが軽く頭を下げると、手を振ってレミリアたちは去っていく。

 一応私も挨拶をそこそこに彼らを見送った。


「ハルワタート、君は彼らと知り合いだったのか?」

「ん、まあ。さっき言っただろ? 迷宮の様子を見に、三日間何度も入口までは来てたんだよ。それで、あの人たちと顔馴染みたいな感じになったんだ」

「……なるほど」


 容易に情景が浮かんで苦笑する。

 人懐っこい年下に慕われれば、嫌な顔をする人間はそういないだろう。

 よほどの人嫌いであれば話は別だが。


「もしかして、有名な人たちだったり?」

「中堅より上、ぐらいだな」


  ――『サンライズ』。

 先ほどの眼鏡の少女が専属の案内人なこともあり、私は一度も仕事を共にしたことはない。

 だが、その名声は聞き及んでいた。


 確か新鋭の冒険者であるにもかかわらず、飛ぶ鳥を落とす勢いで探索を進めているパーティだったはず。

 だというのにリーダーのレミリアに奢った様子もなく、むしろ積極的に恵まれない子供たちに施しを与えているという。


「へえ……凄いんだな」

「そんな彼らがわざわざ低階層に足を運ぶ理由はわからないが、気にしていられる立場ではない」


 私は改めて『カテドラル』を見据え、気合を入れなおす。


 この身体になって初めての探索だ。

 その上同行人は頼りない。

 せめて最後に残った命だけはどうにか守らなければと固く誓いつつ、私とハルワタートは『カテドラル』へと足を踏み入れる――。

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