茅の輪くぐり
茅の輪くぐりの茅の輪には、身に付けるものもあるようです。日本の風習に興味があり、そこからヒントを貰ってます。
突然、子犬が飛び出してきた。俺は、慌てて自転車のブレーキを握り締めた。知り合いからほぼただ当然で譲って貰った手入れの悪い自転車だ。ブレーキが金切り声を上げる。前方に溜まっている中学生っぽい女子たちが一斉に振り向いた。思わず俺は、舌打ちをした。案の定、互いに顔を見合わせ笑い出す女子、子犬と彼女たちの無意味な笑い声から逃げ出すように思い切りペダルを踏もうとした。その時、
「三島君。三島君だよね。」
不意に名前を呼ばれて、俺は眉をしかめたまま振り返った。白いシャツの女性が立っていた。「誰」一瞬自問したが、彼女の瞳には見覚えがあった。人間の記憶は点が面積を持ち広がるようなものである。その瞳の印象は、彼女の記憶をすぐに鮮明にした。
「梧鐙さんか。」
彼女の足元には子犬が擦り寄っている。
バスの窓に雨の水滴が、白い軌跡を残している。中3の初夏、3泊4日の修学旅行最終日、回復した天候に、はしゃぐ連れに疲れて、体調不良を理由に一人バスに戻ったものの集合出発までには、30分以上あった。寝るかと思った途端、人の声。
「じゃあ。出発までバスで休んでみて。」
バスのステップを上がってきた人影は、二、三歩進んで、「あっ」と声にならない声を漏らした。脅かすつもりは無くてもまあこうなるか。大声でなくて良かったと思いながら
「ごめん。脅かすつもりは。」
精一杯明る目に言ってはみたものの、返事はなく。
「どうかしたの。」
陳腐な問いかけに、
「三島君。」
存在の認知は、してもらえた。
二人の位置関係は、通路を挟んだ。窓側。
「少し気分が悪くて。」
と言われて、声を掛けるわけにもいかず。窓の外に視線を移すもどうも落ち着かない。目をつぶってみた。ふと、視線を感じて、彼女の方を見た。彼女の顔は、こちらを向いてはいなかった。でも、バスの窓に映る彼女の瞳は、確かに此方に向けられていた。その瞳には、暗い碧い物が映っていた。
「大ばあちゃん。誰、来てたの。」
「行き倒れの人。ずっと昔の。」
「ふーん。」
テーブルの上には、茶碗が2つ。
「颯太にしか。話さんし、颯太にしか分からんよ。」
その後、父親の転勤で、大ばあちゃんちに行かなくなり、次に会ったのは、中学1年の夏、通夜の晩。
「颯太にって。」
叔母から貰った物は、片手に乗るぐらいの立方体の組み木細工の木箱。
「中にお宝が入ってたりして。」
父親の場を考えない言葉に、
「御守りだよ。多分、お札。」
叔母の一言。どうやら、叔母も同じ物を貰ったらしい。箱も同じで、違いは、叔母のは簡単に開いたことだけ。
その日の晩、大おばあちゃんに遭った。親族の控え室から、自販機のある誰もいない待合室へ、その自販機の前、立ってた。何も言わない。笑って2本の指を左から右に4回、3本の指を上から下に1回、1本の指を上から下に1回、再び2本の指を今度は、右から左に1回動かした。何を言いたいのかは、すぐに分かった。頷くと、消えた。
大ばあちゃんが死んで、8日後、箱を開けた。中には、指輪のような物が入っていた。細い針金のような物で作られた輪。知っている。これは、茅の輪だ。ただ材料が違う。大祓の茅の輪くぐりは、茅萱菅薄等で作られ、「祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ奏」と唱え、輪を潜って穢れを祓う神事で色々なところで行われている。これは小さくて潜れない。
でも、どうすればいいのかが何故か分かる。指にはめればいい。ささくれだった部分は、きっと指に刺さるけど。暫く見つめ、俺は、そっと箱に戻した。
「放課後、チャーリーゲームやるよ。当然、やるよね。」幼なじみの島田。「はっ。チャーリーゲーム何で、だいたい」こちらが言う前に、もう隣のクラス前を走り去っている。人の話聞けというか。返事ぐらい聞け・・・
中学校の2学期、9月ともなると、体育祭も終わり、弱い部活は、毎日練習をするわけでもなく、とりわけ、3年生は進路があるので、先生方もそちらにウエートを置くという感じ。したがって、委員会は担当の仕事が終わったら、後は自由、部活に熱心な奴は去り、1年生も今日は学年行事の打合せとかで、そうそうに切り上げ、3年生も模試だかで、顔だけ出す感じ。後は、よろしくと担当の教員が図書室を出た。
暇なメンバーが4人も残った。女子が3人。男は、俺一人。島田は中2になっても同じクラス。さらに同じ
委員会。ちなみに島田が委員長、俺はなぜか書記、字うまくないのに。
「はい。ではスタート。」
手提げからいきなり、紙をとりだし、島田が仕切る。やり方は簡単、x軸とy軸を描き、第一、第三章限にNO、第二、第四章限にYESを書いて、後は、2本の鉛筆を原点で重ねて、x軸y軸上に置く。机を4人で囲んで、呪文は、何故か、英語で、
「charlie charlie,are you here?」
たわいも無い遊び。窓から、真っ赤な夕日が差し込む。もう夕焼けか。日が短くなっているのを感じた。
違和感を感じたのはその直後、うん。その紙。白くない。夕日が当たって朱く見える。いや、そうじゃない。澱み。「島田、やめたら」と言おうとしたとき、鉛筆が動いた。
似たような占いは、昔からある。西洋の「テーブル・ターニング(Table-turning)、こっくりさん、机に乗せた人の手がひとりでに動く現象は心霊現象だと古くから信じられていたが、科学的な見方では意識に関係なく体が動くオートマティスムの一種と見られている。科学的解釈は、「自己暗示」「自己催眠」。ただ、このチャーリーゲーム、鉛筆に人は触れていない。何故、動く。他の3人は「動いた」ことに興奮、島田は、
「今度家で動画撮ろうね。」
だと。一人ずつたわいのない質問を仕方ないので、俺は、明日土曜日の天気を。回答は「曇り」でYES、うーん、こんな事なら、俺でも答えることができる。完全な晴天・雨天以外は「曇り」に該当する。かなりの高確率だ。10分ぐらい経った。島田の
「もう終わろ。Charlie Charlie, can we stop?」
これで、鉛筆は、YESに動いて、「Good-by」のはずだった。ざわっとする感覚が、静かに俺の体の中から這い出そうとしている。鉛筆がさしたのは、NO
「帰りたくないの。」
ほんの数センチ、動き、止まる。そして、また、ゆっくりとYESをさす。帰らないと呪われる。いろいろな噂が、頭をよぎったんだろう。一人が泣きそうになる。
「何してる。」
突然の声、3組担任大島先生
「中2で、今どき、コックリさん?もう、下校時刻
だ。はい、終わり終わり。」
言うなり、紙を取り上げ、破り、ゴミ箱へ。2人は救われた顔をしてたが、島田の無表情さと捨てられたゴミ箱の上の澱みは何だ。
翌朝、母に無理やり起こされた。
「さっちゃんちから、電話。さっちゃんのお母さん
が、聞きたいことがあるって。あんた何かした。」
時計は、9時早すぎる。電話の内容は、昨日、家に帰って来てから、様子が変で食事も取らず、部屋に篭りっきり、声をかけても生返事で、父親は先週から出張で不在だし、そうちゃんなら何か知ってるかもと思ってと言うところだ。おばさんは、今だに俺をちゃん付けで呼ぶ。ちなみにさっちゃんは、島田幸のことだ。チャーリーゲームの話はせずに、10時頃行きますと答えて受話器を切った。それは、話さない方がいいと頭の中の誰かが言った。
母親同士、同じ職場で、まだ記憶が曖昧な頃から一緒に育って来た。両親も仲が良く、小学校の頃は、週末には一緒にバーベキューをするほど、姉弟か兄妹と見られることも多かった。
「一緒に」と言うおばさんに「まず聞いてきます」と答えて、2階に上がった。右側のドア、ノックしてみる。返事がない。「入るか」鍵は無いのは知っている。
「入るよ。」
女の子の部屋に入るのだから、多少はドキドキする場面なんだろうが、心配が先に立つ。部屋に入る。カーテンが閉められており、明るくはないが、部屋の様子は分かる。島田は。「いた」ベッドの上、座って下を向いている。さっきから感じていた違和感。寒い。今何月だ。島田も部屋着の上にダウンを羽織っている。本人は、寒かったのだろう。
「さっちゃん。」
学校では、絶対呼ばない呼び方で声をかけた。返事がない。再度、呼びかけた。
「クク ココ ココココココ。」
笑っているのか。下を向いたまま。泣いているのか。いや、もう分かっていた。昨日、彼女の瞳を見たときから、でも、誰も信じるはずも無い。荒唐無稽のイメージ。頭の中の誰かが、言う。
「泣いてるな。いや、鳴いてるな。」
俺が、答える。
「分かってた。だから、これを持って来た。」
そっと、ズボンのポケットに手を入れる。
気温がさらに下がる。キーンという音が走る。さらにキーィという音、本当に音か。
「無駄だが、聞けば良い。」
分かっている。
「名前は。」
待っていたかのように、幸が顔を上げた。音の周波数が上がる。20000hzを越えたか。無音。
「お・ま・え・に・は・お・し・え・な・い。」
言葉が終わるまで待つつもりは無い。
「オンバサラボキシャボク。」
人差し指の付け根の輪を親指で弾くように回す。音は出ない。代わりに激痛が、走った。
何も見えない。でも、澱みが確かに消えたのは感じた。
「何で、そうちゃん、おるん。」
顔を上げたら、いつもの島田がいて、俺はと言えば
右手をポケットに入れて、半笑いするしか無かった。
「早く、おばさん、来ないかな。」
島田とは、高校まで同じで、下手すると大学までと言われていたが、島田の父の転勤で、高校2年の今は、やっと開放されている。
「やっと、遭えた。三島君。」
梧鐙が、笑って近づいてきた。
「バイトしない。」
「えっ。」
「バイトと言うか。私の助手。」
質問が挟めない。
「あなたは、見えない。私は、見せれる。でも、多分
あなたは、祓える。」
「分かってたんだけど、私が訪ねたら、どちらかが、物忌みしなければならなくなるし。」
「何、言ってる。」
やっと、これだけ言えた。
「えー。さっき、見たでしょう。私のペット。」
「子犬のことか。」
「子犬じゃないよ。」
また、頭の中から、声が聞こえてきた。
「そういえば、あの子犬、笑っていたな。」
乱筆乱文すみません。
昔から、長いのは書かない、書けないくせに、作品仕上げたいと思っていました。所詮、自己満足ですが、読んでくれる人が一人でもいれば幸いです。
一応、2話まであります。