一緒にいたい彼女
「ふぅ。危うく……剛くんの頭がその辺に転がりそうでしたよ」
斧を担ぎ直した唯がそう言うと、しゃがんでいた宗田が立ち上がった。
剛がガタガタと震えるのを横目に、首元に当てた斧に宗田は手を置いた。
彼女を刺激しないように、できる限り優しい口調で話しかけることにする。
「それは本当に危なかったね。でも、剛君とはいろいろ話して仲良くなったから、意地悪あんまりしないようにね」
唯の発言に苦笑いを浮かべると、腰がじんわりと熱を持ち、それを大きく伸ばす。
「腰、いたたたっ! こう言うのもレベルアップで解消してくれないかな」
「ふふふっ。宗田さんおじさんですもんね。でも、仲良しさんができて良かったです」
唯が楽しそうに微笑むと、宗田は「おじさんは余計だ」と言葉を返す。
「宗田さんと仲良しなら、殺すのは諦めることにしますねっ!」
「お、おぅ。でも、あんまり殺すとか言わないんだよ?」
「あ、すいません。つい……嫌いに……なります?」
唯の視線が下に落ちると、包丁を喉元に突き立てた彼女の姿を宗田は思い出す。
それに慌てるように反応した。
「ならない! ならない! だから大丈夫だよ!」
「本当に?」
「本当に、本当だよ」
そう弁明を繰り返すとようやく目を上げる。
唯の瞳には膜を張るように涙が滲み、白目が赤くなっていた。
潤んだ瞳を手で擦り、彼女の口元が緩む。
「えへへっ! 良かったです。今度から……半殺しくらいで」
物騒な意見は引っ込めることはないらしい。
「ところで、なにかあったんですか?」
唯がそう言うと、宗田が剛と話した内容について、説明することにした。
「それがさ、コミュニティに来ないって誘われたんだよ。それと、ちょっと気になることがあって……」
「気になること……ですか?」
"誘われた"と言った時、一瞬だけ唯の表情が曇ったように見えた。
「その……なんか、自分のステータスを見る水晶があるらしいよ。それが、どうしても気になるんだよね……」
ステータスと言う言葉に唯の眉がわずかに跳ねる。
「それは……ゲーマーとしての血が騒ぎます。でも……」
「でも?」
なにかに葛藤する彼女の瞳が泳いでいる。
少しだけ唯が落ち着くのを待っていると、忙しなく動いていた瞳が下を向く。
「その……そこに私達も住むんでしょうか?」
そう言った唯の声のトーンはわずかに低い。
「ん? どうしたの? 気にしないでなんでも話していいんだよ」
唯に優しく問いかけると、手の平を合わせるように組んだ指先が落ち着かない様子。
下唇を前歯で何度も撫でてから、一度強く噛むと、振り絞るように唯が声を出す。
「……もし、みんなと住んだら、アパートで一緒に過ごせなくなるかもって、不安で……」
甘えた声色に、不安が混じった震えた声だった。
宗田からの返事を待っている唯は、顔色を伺うように、何度も宗田を見ては、下を向いたりと繰り返している。
「それなら、剛達のコミュニティに合流しても、あのアパートに住もうよ。俺も、今と同じがいいしさ」
宗田の言葉を聞いて、強張ってた唯の顔が安心するように綻んだ。
「その……いいんですか?」
「もちろん! 俺も唯と一緒がいいね」
宗田にとっても彼女と離れるのは嫌だった。
だから、唯の提案を素直に受けることにしたが、心のどこかで自分の言葉が妙に引っかかる。
自分が自分でいるために……唯が必要。
もちろん、傍にいて欲しいし、今のままがいいと思ってるのは事実だが、心のどこかで唯の気持ちを利用しようとしてしまう。
そのことが腹の奥底へと沈むように貼り付いて離れない。
宗田の気持ちに気づかないで振る舞う唯の笑顔に、心が軋み、無意識に胸に手を当ててしまう。
「えへへへっ! 嬉しいです! 宗田さんとずっと一緒!」
純粋な彼女の感情を目の当たりにすると、余計に痛みが広がったような気がして、自分の笑顔がぎこちなく感じてしまう。
それでも、悟られないように宗田は冷静に言葉を返した。
「なら決まりで。ステータス……気になるね!」
「はいっ! 早く行きましょう! さぁ、行きましょう! 宗田さんより凄いステータス出すんだ!」
安心しきったように唯がはしゃぐと、そのやり取りを見ていた剛が反応した。
「おっ! アニキに姉御も来てくれるんですか? それはめっちゃ心強いっす!」
嬉しそうに歓喜の声を上げると、夜の空気に剛の声が遠くまで響く。
「あの〜姉御はちょっとさ、辞めようね?」
「え? 姉御、嫌なんっすか?」
「嫌とかじゃなくてー……なんかね」
剛と唯が呼び名について話していると、少し怒気こもった高い声が聞こえた。
「剛! うるさいよっ! もう、安全領域の時間なんてとっくに経ってるんだからねっ!」
アリスに叱責を受けた剛が、慌てて口元を手で隠す。
「――あ、あぁぁあっ……がぁっ」
ゾンビの声がした。
剛は申し訳なさそうに眉をひそめ頭を下げる。
「すまねぇっ……」
謝罪の言葉を述べるが、唯が「大丈夫だよ。ちょっと行ってきますね」と言って弾むように走っていく。
姿が見えなくなると、ゾンビの声がした方から鈍い音がして、次に唯が現れると体を染める色に"赤"が増えていた。




