斎藤 宗田と魔法
斎藤宗田。それが俺の名前だ。
ただの一般人。それも本当にどこにもいる”量産型日本人”だ。
取り柄……あるとすればゲームを無限にできるくらい?
子供の頃から
勉強も普通。
運動神経も普通。
顔も……普通と願いたい。
そんな俺に、魔王は何をさせようと思っているのか。
ゾンビとの終末世界のサバイバルとか?
本当に勘弁して欲しい。
そんなことを考えながら、青黒い天井をなんとなく眺めていた。
昨日は泣いた。それもかなり。
お陰で目が熱くて腫れぼったい。
唯もいつの間にか腕の中で寝息を立てて、今も横で寝ている。
「はぁ~……起きるか」
自然と出たため息に吊られるように上体を起こす。
「時間は……あ、そうだった」
テーブルに置いてあった、時計の針は十二時を指している。
昨日は気づかなかったが、俺達の日常が壊れた日をずっと見せつけていた。
「んっ……はぁ~。男泣き、恥ずかしいね」
神崎さんの寝顔が見えると、つい昨日のことを思い出してしまう。
少しだけこそばゆい、そんな感じが俺の脇腹をくすぐっていた。
なんとなく彼女の寝顔を見ていると、心が安らぐ気がする。
閉じた瞼が痙攣するように動いて、ゆっくりと開かれた。
「あ、宗田さん……私、寝ちゃってました?」
不意に目があって、視線を逸らして上を見た。
なんとなく気まずい。
別に彼女のために何かできるかと言えば否。
励ます言葉をかけるのが精一杯くらい。
勢いに任せてあんなことを言ってしまったが、打つ手はないのだ。
少しだけ後悔する。
でも、なんとなくほっとけなかったんだよな。
愛くるしい顔に優しく微笑みかける。
自然と口が開いて、勝手に言葉が出て来た。
「うん。なんか寝言、言ってたよ」
「え? ――嘘」
「はい。嘘です」
神崎さんのほっぺがぷっくりと膨らむ。
それだけで、息ができた。
「もう! 嫌いです」
ことあるごとに嫌われる俺だったが、彼女がいつもの調子に戻っていたことに笑みがこぼれる。
「笑わないでくださいよっ!」
「だってさ。世界は変わったのに神崎さんが変わってなくて良かったなって」
それは本音だった。ただ、何となく今日は正直に言いたい。それだけ。
「どうしたんですか? 何か変なもの食べました?」
「いや、むしろ食べてないんだなこれが」
「つまり、頭に栄養が足りてないと。それは大変だ、ご飯を食べましょう。さぁ、早く」
ようやく起き上がったと思ったら、神崎さんが俺の手を引っ張る。
当たり前のようにしていたこのやり取りが、凄く懐かしく感じられた。
これだけは壊さなかった世界に――感謝したい。
「わかったよ。って、それにしては部屋、暗いよね。どうしよう?」
正確な時間は分からないが、明け方付近だろう。
夜更かしするとよく出会う、青い部屋に見覚えがある。
外から聞こえる鳥のさえずりもそれが証拠だ。
ただ、何かしようにも手探りなのはちょっとな。
そうこうしていると、神崎さんが自分の荷物を漁りだした。
「あった! ふふふ。これを見てください。ランタンとローソクです。前にお父さんにもらったんですよね」
でかしたぞ。
「ちなみに、ランタンのオイルも買ってあります。二個セットで安かったんだー。これは、ライターとマッチです」
「おお。良くやった。あまり、無駄に使えないけどかなり助かる」
百円のライターは問題なし。
マッチも問題なし。
懐中電灯はだめ。
電気を使う物が全てだめなのか? 恐らく車もだめなんだろう。後で確認しようと思うが。
「宗田さん。これ、どうぞ。朝はフルーツですよ」
桃の缶詰を渡された。神崎さんはパイナップルを選んだようだ。
「いただきます。あー、なんか子供の頃を思い出す懐かしい味がしますね」
「本当に。胃にやさしい」
「えー、おっさんじゃないですか」
うるさいわい。まだ、体が本調子じゃないのはある。
お互い、昨夜の話はしなかった。
今はゆったりとした時間を堪能させてもらっている。
「ランタンいいね」
テーブルの真ん中に置かれたそれをずっと眺めていると、体から力が抜けてしまいそうになる。
「いいですよね。私も好きなんですよ」
お腹いっぱいではないが、多少は腹を満たせて食後の談笑をしていた。
「それにしても……魔王はいったい何が目的なんでしょうか?」
「俺にもさっぱり。殺し合いに戦争なんて物騒なこと言うから、派手にドカーンってあるかと思ったのに……ゾンビだぜ」
起きてからずっと考えていたが結局は結論が出ないで終わってしまった。
それに想像とは違うことがおきすぎて、理解するだけで精一杯。
「本当ですよね……魔王って言うくらいだから"魔法"だって使えたりして」
まさかありえない。
魔法?
そんな御伽話の中だけでしょ。
でも、少しくらい人類に希望をくれてもいいんじゃないだろうか。
ちょっとくらい試して見てもいいかな。
「はは。まさかね。魔法使いらしく――イメージは”火”、てか」
それは突然だった。
「――え?」
同時に声が漏れた。
――ありえない。
そんなこと、ありえない。
冗談で神崎さんが言った一言が現実になった。
しかも適当な言葉で、指先に火が出ろと"願った"だけ。
それは、ランタンにも負けてしまうくらい小さ炎、それが指先に灯っていた。
しかも、まったく熱くない。
冗談でやったことが、とんでもないことを起こしてしまったようだ。
心臓が耳の奥を叩いてうるさい。
それくらい、俺達の間を静けさが漂っている。
次の言葉を出したいが、どうしてかそれに釘付けになる。
この暗い世界の希望。そう思えるくらい力強く感じていた。
「……本当に、使えちゃいましたね」
沈黙を破った神崎さんもずっと指先を見つめていた。
だが、そうしている間にも小さい希望の炎は燃え続け、体の内側から熱を吸い出しているように感じる。
「でもさ……どうやって止めるの? これ」
そう聞いたが、知るはずもなく首を傾げていた。
「あれ……なんか、力が」
「――え? ちょっ、宗田さん!」
最後に聞こえたのは彼女の叫びだった。
瞼が強制的に押し付けられると、視界が暗闇に包まれる。
やっと何か取り柄が見つかったと思ったらこれだよ。
なんで、かっこよく終わらせてくれないのだろうか。
こんな小さい炎でなにかできるわけでもない。
使えるにしてももっと他にあっただろうに。
相変わらず中途半端な俺。
そして、少しずつそれに意識が吸い込まれ意識が闇に落ちる。
最後に思ったのは。
――人類のアップデート。
全てが闇に沈む。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価していただけますと、励みになります。




