7
斎藤宗田。それが俺の名前だ。
ただの一般人。それも本当にどこにもいる”量産型日本人”だ。
そんな俺に、魔王は何をさせようと思っているのか。
ゾンビとの終末世界のサバイバルとか?
本当に勘弁して欲しい。
そんなことを考えながら、青黒い天井をなんとなく眺めていた。
昨日は泣いた。それもかなり。
お陰で目が熱くて腫れぼったい。
唯もいつの間にか腕の中で寝息を立てて、今も横で寝ている。
「はぁ~……起きるか」
自然と出たため息に吊られるように上体を起こす。
「時間は……あ、そうだった」
テーブルに置いてあった、時計の針は十二時を指している。
昨日は気づかなかったが、俺達の日常が壊れた日をずっと見せつけていた。
「んっ……はぁ~。男泣き、恥ずかしいね」
唯の寝顔が見えると、つい昨日のことを思い出してしまう。
少しだけこそばゆい、そんな感じが俺の脇腹をくすぐっていた。
「あ、宗田さん……私、寝ちゃってました?」
なんとなく、唯の顔を見ていたら、不意に目が合った。
つい、目線を逸らして上を見た。
「うん。なんか寝言、言ってたよ」
「え? ――嘘」
「はい。嘘です」
唯のほっぺがぷっくりと膨らむ。それだけで、息ができた。
「もう! 嫌いです」
ことあるごとに嫌われる俺だったが、彼女がいつもの調子に戻っていたことに笑みがこぼれる。
「笑わないでくださいよっ!」
「だってさ。世界は変わったのに神崎さんが変わってなくて良かったなって」
それは本音だった。ただ、何となく今日は正直に言いたい。それだけ。
「どうしたんですか? 何か変なもの食べました?」
「いや、むしろ食べてないんだなこれが」
「つまり、頭に栄養が足りてないと。それは大変だ、ご飯を食べましょう。さぁ、早く」
ようやく起き上がったと思ったら、唯が俺の手を引っ張る。
当たり前のようにしていたこのやり取りが、凄く懐かしく感じられた。
これだけは壊さなかった――世界に感謝したい。
「わかったよ。って、それにしては部屋、暗いよね。どうしよう?」
正確な時間は分からないが、明け方付近だろう。
夜更かしするとよく出会う、青い部屋に見覚えがある。
外から聞こえる鳥のさえずりもそれが証拠だ。
ただ、何かしようにも手探りなのはちょっとな。
そうこうしていると、唯が自分の荷物を漁りだした。
「あった! ふふふ。これを見てください。ランタンとローソクです。前にお父さんにもらったんですよね」
でかしたぞ。
「ちなみに、ランタンのオイルも買ってあります。二個セットで安かったんだー。これは、ライターとマッチです」
「おお。良くやった。あまり、無駄に使えないけどかなり助かる」
百円のライターは問題なし。
マッチも問題なし。
懐中電灯はだめ。
電気を使う物が全てだめなのか? 恐らく車もだめなんだろう。後で確認しようと思うが。
「宗田さん。これどうぞ。朝はフルーツですよ」
桃の缶詰を渡された。唯はパイナップルを選んだようだ。
「いただきます。あー、なんか子供の頃を思い出す懐かしい味がしますね」
「本当に。胃にやさしい」
「えー、おっさんじゃないですか」
うるさいわい。まだ、体が本調子じゃないのはある。
お互い、昨夜の話はしなかった。
今はゆったりとした時間を堪能させてもらっている。
「ランタンいいね」
テーブルの真ん中に置かれたそれをずっと眺めていると、体から力が抜けてしまいそうになる。
「いいですよね。私も好きなんですよ」
お腹いっぱいではないが、多少は腹を満たせて食後の談笑をしていた。
「それにしても……魔王はいったい何が目的なんでしょうか?」
「俺にもさっぱり。殺し合いに戦争なんて物騒なこと言うから、派手にドカーンってあるかと思ったのに……ゾンビだぜ」
起きてからずっと考えていたが結局は結論が出ないで終わってしまった。
それに想像とは違うことがおきすぎて、理解するだけで精一杯。
「本当ですよね……魔王って言うくらいだから魔法だって使えたりして」
「はは。まさかね。魔法使いらしく――イメージは”火”、てか」
それは突然だった。
「――え?」
同時に声が漏れた。
ランタンにも負けてしまうくらい小さ炎、それが指先に灯っていた。
しかも、まったく熱くない。
冗談でやったことが、とんでもないことを起こしてしまったようだ。
心臓が耳の奥を叩いてうるさい。
それくらい、俺達の間を静けさが漂っている。
次の言葉を出したいが、どうしてかそれに釘付けになる。
この暗い世界の希望。そう思えるくらい力強く感じていた。
「……本当に、使えちゃいましたね」
沈黙を破った唯もずっと指先を見つめていた。
だが、そうしている間にも小さい希望の炎は燃え続け、体の内側から熱を吸い出しているように感じる。
「でもさ……どうやって止めるの? これ」
そう聞いたが、唯は知るはずもなく首を傾げていた。
「あれ……なんか、力が」
「――え? ちょっ、宗田さん!」
最後に聞こえたのは唯の叫びだった。
瞼が強制的に押し付けられると、視界が暗闇に包まれる。
すこしずつそれに意識が吸い込まれた。
薄れゆく意識の中で、俺が最後に思ったのは。
――人類のアップデート。
それを最後に、全てが闇に沈んでしまう。
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